【 全ては全ての為に 】
◆InwGZIAUcs




13 :No.05 全ては全ての為に 1/4 ◇InwGZIAUcs:07/08/05 16:42:30 ID:RE6et5yE
――世界の何が本当に狂っているのか? 
――その時俺は何も知らなかった。知る由さえなかった。


 人類が夢見ていた光輝く未来はとうとうやってこなかった。
 俺達は太陽の恩恵を受けることのできない地下に押し込められ、細々と生活を営んでいる。
 急変した地球環境に人間は耐えることができなかったらしい。
 学校の教科書に書かれているのはそんなところだ。
「とは言っても、これが普通なんだよなあ……」
 人口の照明で彩られた青い空を窓越しに見上げた。そう、ここで生まれて育った俺には、この環境こそが普通なんだ。
 今俺がいる学校にしろ、四階の校舎からは見える町並みにしろ、それらは教科書に載っている昔の日本とあまり変わりはない。
 コンビニがあって、ビルがあって。つまるとこ、文明に大きな相違点は無いんだ。
 だけど……。
「ん……圭くん、どうしたの?」
 隣の机に突っ伏していた俺の彼女、夕子がが目を覚ました。
「いや、なんでもないよ」
 俺は夕子の頭を撫でてやる。
 夕子は猫のように目を細めると、隣に椅子を近づけ甘えるようにその頭を俺の胸に預けた。
 懐で丸くなる夕子の長い髪から良い匂いがする。俺の大好きな匂い。
 放課後の教室には俺たちしかいない。
 俺と夕子にとって幸せな時間だ。

 夕子は一つ下の彼女だ。俺が高校三年で十八歳、彼女が二年で十七歳。
 黒髪のよく似合う俺の自慢の彼女……今は俺に体を預けて寝息を立てている。
 幼いときから共に過ごしていきた。その彼女とも、もうすぐ離れなければならない時が近づいていることに、
少なからず陰鬱な気分になる。
「……やっぱり何か考え事してる?」
 いつの間にか目を覚ました夕子が俺を心配そうに見上げていた。
「ああ……俺ももうすぐ卒業だから……ね」
「そうだね、『上』に行っちゃうもんね」

14 :No.05 全ては全ての為に 2/4 ◇InwGZIAUcs:07/08/05 16:42:46 ID:RE6et5yE
「こればっかりは仕様が無いよ」
「うん。でもたった一年だよ。そうしたらまた会えるよ」
 ニコッと微笑む夕子を思わず抱きしめた。そのまま唇を重ねる。彼女はなされるがまま、
その口づけを受け入れ、俺の腰に手を回した。
「ふふ、私たちの赤ちゃんのためにも頑張らないとね」
 そう、俺たちは子供がいる。その子供は今施設で育てられており、俺たちはその子供の成長を見ることは無い。
逆に、俺たちも親の顔は知らない。各自の家に配備されている全自動のコンピューターが、メンタル面を含め、生活のほぼ
全てをサポートしてくれているのだ。
 マンションの一室が用意され、料理だって美味い、服も無償で自分の好みな物が配布される。 
 だから、この地下にいわゆる大人は存在しない。ロボットが親代わりだった。
 文明はともかく、文化は大きく違っているだろう。
 十五歳を迎えた俺たちは成人とされ、結婚と子作りが義務付けられている。意中の相手がいなければ、役所で相手を選ばされたりする。
一人身という人もいなくは無いが、高い税金を払わされるためとりあえず結婚するなんて人は少なくない。
 当然俺は昔からずっと好き同士だった夕子と結婚をしたんだけど……。
「だけど俺……」
「もしかして……私と離れたくない?」
 黙ってうなずく。
 高校を卒業したら、『上』つまりは地上で働かなければいけないのだ。大人が居ないのはそのため。
 学校の授業ですらコンピューターロボットが行っている。
 そう、全ては今度こそ輝ける未来の為に、地上の環境を人に適応できる世界に戻すために……だけど俺はそんなことより、
今夕子と一緒にいる時間が永遠であればいい思っている。
「たった一年だよ。私もすぐに『上』に行くから! 元気だそ?」
 今度は夕子が俺の頭を撫でてくれる。
 そう、一年。そうすれば高校を卒業した夕子も地上に来て、一緒に働いて、一緒に暮らすことができる。
 でも、俺は今の時間を大切にしたいと思っていた。

――そして俺は、使い捨ての歯車に抵抗するすべなど無いと知る。

 地上への旅立ちの日。
 壁にめり込んだ巨大なタワー(地上と地下をつなぐ唯一のエレベーター)の前では、

15 :No.05 全ては全ての為に 3/4 ◇InwGZIAUcs:07/08/05 16:43:02 ID:RE6et5yE
各々が分かれの挨拶、悲しみなどを交し合っていた。当然俺もその例外ではない。
「はい、これ」
 俺は一つの携帯電話を夕子に渡された。
「これでこっそり連絡とれないかなと思って」
 悪戯を企んだ夕子の笑顔に俺は苦い笑みを浮かべた。
 外界との連絡は禁則されているのだ。
「隠せるところまで隠し通してみるよ」
 受け取るとき、夕子はそのまま俺に抱きついてきた。
 思いっきり、これから抱きつくことができないであろう一年分を今味わうように俺を抱きしめている。
 俺もそれに応えた。苦しいくらい……力の限り。
「浮気なんかしたらだめだからね?」
「お前こそな」
 お互い声が震えているが、そんなことを気にしている人など居ない。
 周りには似たように抱き合っている人もたくさんいる。すると、
「それでは新社会人の皆さん。巨大エレベーターの準備ができましたので移動してください」
 無機質なナビゲーターの声が響き渡った。
「じゃあ、いかないとね……いってらっしゃい圭くん!」
「うん。行ってくる」
 最後は涙に濡れた笑顔で見送ってくれる夕子に俺も笑顔で応えた。


 広い部屋のようなエレベーターに乗せられた俺を含める新社会人。
 皆不安や期待、人によって様々な表情をしている。
 すると、モニターに映像と声が流れ始めた。
「皆さんコンニチワ。私は地上の人間です。地上に出るまでの間、私の話をお聞きください」
 俺はモニターに映る映像を見た。
 それは恐らく地上だろう場所における人々の営みや風景が映し出されていた。
 ……だけどおかしい。
 現在地上で住むことのできる場所は球状のドームの中とだけの筈、
しかしその映像は限りなく広大な地平、そこで平然と生活している人々、写真でしか見たことの無いような緑を映し出している。

16 :No.05 全ては全ての為に 4/4 ◇InwGZIAUcs:07/08/05 16:43:17 ID:RE6et5yE
「この映像を見て疑問に思う方が大半でしょう。そうです。地上は今なお自然と共に繁栄しています」
 唖然とした。誰も何も発することのできないほどの衝撃だった。
 それは今まで教えられていたことの全てが矛盾してしまう事実だったからだ。
「しかし、人々の健康を脅かす病は消えることがありませんでした……そこで皆さんの出番なのです」
 意味がわからない。
 俺たちが一体病に対して何ができるというんだ?
「あなたたちの体には、ありとあらゆる病原体に対抗する抗体が出来上がっているのです。そのためにあなたたちの生活は全て
管理されていました。料理に、空気に、混ぜられた微量な菌に対する抗体は、世界の人々を健康を救うのです」
 その時ようやく俺は気づいた。
 ボールから空気の漏れるような音がしていることに……。
「あなたたちの先輩、お母さんお父さんたちは立派に地上の人間の中で息づいています。あなたたちもその命の役目を果たす時が
訪れたのです。では、サヨウナラ」
 一気に噴出されるガス。
 身動きしたくても思うように体が動かせない。
 倒れていく同期の友人。
 鈍い痛みと共に下がる視線。
 ポケットに入れていた携帯の振動。
 俺は力を振り絞ってメールを見た。
 
『外の世界はどう? お仕事は大変そう? それともまだ着いていないかな? 早く一年たたないかなあ……会いたいよ』

 夕子……世界は、いや、人間は狂っている――

 意識は闇へと。無へと。
 バラバラになる自分という意識の中で俺は必死に夕子の笑顔を紡ぐことに専念した。

 終わり



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