【 花言葉 】
◆NODOKAiFx2




128 名前:花言葉1 ◆NODOKAiFx2 :2006/05/07(日) 18:31:54.83 ID:+SHvCEqh0


『自己愛・神秘・報われぬ恋・あなたを待つ』 −ラッパスイセンの花言葉


 彼女は、花が好きだった。
 白い病室の窓辺に置かれた水仙は、彼女を看取るかの様に佇んでいる。
その日は本当にいい天気で、外では子供達が無邪気に走り回っている。
彼女は、その症状からは想像が出来ないほど穏やかに永久の眠りにつこうとしている。
「ねえ」
彼女が、消え入りそうな声で囁く。
「もうすぐ、お別れだね」
嫌だ。考えたくない。でも、死は余りにも残酷に僕と彼女の間に横たわっていた。
「ごめんね、こんな彼女で」
違う。違うんだ。俺のせいだ。俺が。俺が。
「ありがとう…」
 気がつくと、彼女は空へ還っていた。そこに彼女が居るのが信じられないぐらい、箱は小さく軽かった。

129 名前:花言葉2 ◆NODOKAiFx2 :2006/05/07(日) 18:32:12.02 ID:+SHvCEqh0
 あの日から三年。僕は、彼女から貰った黄色のニホンスイセンを大切に育てている。
恋には恐怖心しか抱かないようになった。いや、それは自分に対する戒めのつもりなのかもしれない。
 僕は彼女に何をしてやったのだろうか。恋人である筈の彼女に、あまりにも酷い仕打ちをした。
「なあ、アヤ。どんな気持ちだったんだい」
あの日の病室の様な部屋で、一人呟く。窓辺には彼女から貰った黄色のニホンスイセンが咲いている。
彼女の写真で一杯のアルバムを床に広げ、慈しむ様にそれを眺めていく。
 スイセンが好きな彼女の為に行った兵庫。幾つかの遊園地。
そこに立つ彼女は、本当に可愛い。一つ一つの瞬間が蘇ってくる。
 本当は、苦しかったはずだ。でも、僕の為に。この罪深き人間の為に。彼女は笑ってくれている。
でも、彼女は泣いている。何故そんな事を思うのだろう。でも、彼女は泣いている。
「ごめん、こんな彼氏で」
 もう思い残すことはない。これがせめてもの彼女に対する償いだ。
 窓を開けて、下に通行人が居ないか確認する。大通りにしては人が少ない。まず当たる事は無いだろう。
今日は、いい天気だ。雲が邪魔しない分、彼女からもよく見えるだろう。せめてもの、償いを。
許してもらおうとは思わない。この行為で許して貰うには、あまりにも重過ぎる僕の罪。
僕は、彼女に足枷を付けてしまった。その足枷は、僕の罪の重さだ。
窓枠に足を掛け、深呼吸する。真昼間の空は本当に透き通って、悲しげだった。
「さて、行くか」
 何気なく横を見る。そこには、こちらを見つめる黄色の花があった。
「ニホンスイセン、か」
 彼女との思い出が蘇る。その瞬間、彼女の言葉が僕の頭に響く。
「はい、これ」
「この前見に行った奴か。あー、そのへん置いといて」
「もー、ちゃんと見てよー」
「はいはい。君の可愛さには及ばないよ、と」
「もー、何よそれー」
微笑ましい光景。僕が第三者ならそう思うだろう。そういえば、彼女とは楽しく話す事も多かった。

131 名前:花言葉2 ◆NODOKAiFx2 :2006/05/07(日) 18:32:31.60 ID:+SHvCEqh0
 ふと、思い出した。彼女の何気ない一言を。
「はい、花言葉辞典」
「はあ?なんだよそれ」
「面白いよー、たとえばバラはね」
「あー、わかったわかった。その辺の本棚に入れといて」
走り出していた。あのタイミングで彼女がこの本を渡した理由。今なら分かるかもしれない。
辞典を探す。その本は埃を被っていて、僕の彼女に対する冷たさを象徴していた。
「スイセン、スイセン…」
あった。

うぬぼれ・我欲・自己愛・神秘(全般)

うぬぼれ、我欲、自己愛、か。彼女なりの抵抗だったのだろう。そう思い本を閉じようとした時だった。
続きがある。

気高さ・感じやすい心・もう一度愛してほしい(黄色)

言葉が出なかった。どうして気付かなかったんだ。彼女のメッセージに。もっと早く気付けば、彼女に
精一杯の思いを捧げる事が出来ただろう。
 いや、それもやはり自分の言い訳だろう。そう思いながら最後の項目を見る。

あなたを待つ・自尊・報われぬ恋(ラッパスイセン)

報われぬ恋。あなたを待つ。どういう事なのだろう。やはり、天国で待つという事なのか。

132 名前:花言葉4 ◆NODOKAiFx2 :2006/05/07(日) 18:32:59.79 ID:+SHvCEqh0
ふと、ページに貼ってある小さな便箋に目がいく。
丁寧に便箋をはがし、中を読む。
「お元気ですか。本当は優しい貴方の事だから、きっと気付いてくれると思っていました。
僕の命は、もう長くありません。ごめんね。本当は辛かったんだ。貴方にはいつも明るい顔で接してたけど
精一杯背伸びしたんだ。本当の気持ちを伝えられなくてごめんなさい」
所々に、丸い染みがある。
「でも、貴方と過ごした二年間はとても楽しかったです。
貴方は冷たくて、何度別れようかと思ったけど、それでも僕の事を考えてくれる貴方が大好きです」
いや、僕はそんな男じゃない。生きるに値しない人間だ。
「僕がいなくなったら、どうか素敵な人を見つけて下さい。僕は、貴方の足枷でした。
僕が別れなかったせいで、貴方はもっとお似合いの人を探せなかったのでしょう。僕が責められても仕方がありません」
違う。違う。君が好きだ。悪いのは僕だ。
「ごめんなさい。こんな事言っても困るだけですよね。でも、最後に一言だけ言わせてください」

「大好きでした」

涙が止まらなかった。彼女がいなくなってから今までの三年間、流さなかった分の涙が流れ出た。
僕は、死ぬ事にすら値しない男だ。これからは、世の中の為に生きよう。

 窓辺に佇むスイセンは、いつまでも、僕を見つめていた。


fin



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