115 名前：ばらの花（１） ◆sTg068oL4U ：2006/05/07(日) 17:28:38.03 ID:fR8jmgMU0
S県には、煙草を吸う習慣の全く無い地域がある。
Ｔ市を中心としたこの一帯では、煙草の代わりにバラを口にくわえ、口寂しさを紛らわす。
喫煙写真を取られたアイドルがこの地域の出身だったならと、今では悔やまれてなれない。
雀荘などの男臭い場所で、苦々しい顔をした男達が皆一様にバラをくわえている様は壮観だ。
こうした場所には多くの記者や物好きな観光客が訪れるが、
殺伐とした場所で面白半分の写真撮影などできるわけもなく、未だ撮影に成功したものは居ない。
何故こうした習慣が定着したかについては諸説あるが、当時の藩主が喫煙を禁じる御触れをだした際、
城下の町人達がキセルの代わりにバラをくわえて抗議した事が始まり、との説が最も有力視されている。
当時の煙草は嗜好品としてよりもファッションとしての意味合いが強かったため、
見た目も派手で経済的、そして何より火事の心配の無いバラが煙草に代わって広まったのだ。
地域の有力政治家であるＳ氏の自宅には、バラをくわえた歌舞伎役者の浮世絵が飾られている。
江戸から明治維新を経て戦後に至る現代でも、バラは歌舞伎者のステータスとして連綿と受け継がれている。
トゲのあるバラを何故口に？と思われる方も多いだろう。
「トゲの苦痛に耐えてでも華美な装飾を好むところに、
強さと痩せ我慢を美学とする日本男児の本質が隠れているのです」
と、Ｔ市の市民課に勤務するＦ氏は熱く語る。
116 名前：ばらの花（２） ◆sTg068oL4U ：2006/05/07(日) 17:30:43.22 ID:fR8jmgMU0
「私も若い頃は随分やんちゃをしましたが、痛みに耐えることは男気の証明なんです。
煙草だってそうじゃありませんか？あんな不味くて息苦しくなるものを敢えて吸って、
"自分は大人なんだ"って事をアピールする。
そうして仲間から一目置かれたい。これは思春期の若者すべてに共通した願望ですよ。
そして本物の大人になった時、その人生哲学は真に実を結ぶのです」
Ｆ氏はそこで言葉を切り、口から真っ赤な痰をぺっと吐き出す。
バラの愛好家は口に溜まった血を吐くため、
この地域では灰皿の代わりに痰壺がよく置かれている。
Ｆ氏は更に、十代の頃の想い出を語ってくれた。
「１８歳未満がバラをくわえることは条例で禁止されていますが、それでもくわえたい。
そこで悪ガキ達はトイレや体育館裏で隠れてくわえるんです。
不良はハッタリの世界ですから、わざわざトゲが多く鋭い品種を探してくるんです。
ヨーロッパの言語には随分詳しくなりましたよ。名前の由来が分かれば探すのに楽ですからね」
実際この地域の暴走族はあまり漢字を使わない。
落書きもバラの品種を探す過程で知った単語を使う為、
ラテン語で書かれた落書きを見て腰を抜かした学者もいたらしい。
117 名前：ばらの花（最後） ◆sTg068oL4U ：2006/05/07(日) 17:32:17.99 ID:fR8jmgMU0
――――――――煙草と違ってケムリが出ないからバレにくいですよね？
と質問をぶつけてみた。
「ところがそうでもないんです。バラ独特の香りが服に移りますから、常習してるとばれるんです。
みんなで狭いところに固まってくわえますから、余計にね。
そこで香水が流行る。すると今度は香水が禁止されるので何日も風呂にも入らず、
制服やジャージを肥だめに付けてそれを何日も着続け、匂いを誤魔化すんです。
強烈な香気には強烈な臭気で対抗するしかないですからね。
勿論モテませんよ、それがまたステータスになるんです。なんだか本末転倒ですけどね･･････」
団塊の世代が中学に入学するころは、学校が新設される度に反対運動が起きたという。
また教師を志望する人が極端に少なかった為、教師による問題行動や教育の質の低下など、
教育問題は慢性的に他地域よりも深刻な問題だった。
最近は少子化のお陰で、そうしたトラブルは過去のものとなったが･･････
そんなF氏も、もうバラからは足を洗うという。
「近々結婚するんです。折角妻の手料理が出てきても、
口の中が傷だらけだと味がわからないんです。
それに子供が産まれたらうっかり触って怪我をするとも限りません。
家庭を持つと気を使いますよ」
終わり