【 向こう側の姉 】
◆KARRBU6hjo




58 :時間外No.01 向こう側の姉 1/3 ◇KARRBU6hjo:07/07/30 00:11:34 ID:4TqnL4zX
 私には透明な姉がいる。
 誰も知らない、私にしか存在を感じる事の出来ない姉だ。
 こう言うと間違いなく私が変人だと思われるのだろうが、実際にいるのだから仕方がない。
 私は彼女を見る事が出来ないし、触れる事も出来ない。
 声を聞く事も出来ないし、意思を疎通する事も出来ない。
 だが、何故か、私にはそこに姉がいる事が分かる。
 彼女は確かにそこに居て、そして彼女は私の姉なのだ。
 それだけは私には断言出来る。
 私だけが知覚出来る透明な姉。
 彼女は、私が幼少の頃から、何事もないように、私の傍で生活をしていた。
 彼女は時に家の中を歩き回り、風呂に入り、食事をする。
 私にはその姿を見る事は出来ないし、実際は風呂も食事も、現実の物体には何の変化も起こっていない。
 だが、私には、彼女がそういう事をしていると理解出来る。
 それどころか、現在の彼女がどんな格好をしているのかすら、私には分かってしまうのだ。
 他人にこの矛盾した感覚を説明するのは難しいだろう。
 例えば、頭の中に点けっ放しのテレビがあるような。
 世界の上に貼り付けられた透明なシールを見ているような。
 そんな奇妙な感覚が、私には昔から感じられていた。
 恐らく、彼女は私の心が作り出した幻覚なのではないか、と考えた事もある。
 両親が共働きで幼い頃から独りぼっちで過ごす事が多かった私が、
「この家にいるのは一人じゃない」と、見えない姉の存在に助けられていたのも事実だ。
 孤独に耐えかねた幼少の頃の私が、心の中に架空の姉を作り出していたという説明も出来る。
 だが、それならば、何故彼女は姉で、一切関わる事も出来ないのだろう。
 だから私は考えるのだ。
 恐らく姉がいるのは、こことは絶対的な幕に隔てられた違う世界で。
 その世界には、私はいないのだと。

59 :時間外No.01 向こう側の姉 2/3 ◇KARRBU6hjo:07/07/30 00:11:49 ID:4TqnL4zX
 私と姉は、多くの場合で同調していた。
 例えば食事に関しても、全く同じものを取る事が多かったし、食べるペースも一緒だった。
 姉は私と同じような経験をして、同じような生活を送っていた。
 そして恐らく、私と同じように、姉は私の存在を認識していた。

 比較的最近になって分かった事だが、私の母親は死産を経験していた。
 私が生まれる前の話である。
 ちゃんと産まれていれば、私には現実に姉がいた事になる。
 勿論、それを知る前から、私は透明な彼女を、姉として認識していた。
 恐らく、姉が生きている世界では、私は生きていないのだろう。
 何となく、そんな確信が持てる。
 そして姉もまた、薄い幕間の向こう側に見える私の事を、妹として認識していたに違いない。
 私たちは秘密の姉妹だった。
 共に何も関わる事の出来ない、画面の中の存在だったが、それでも私たちは、常に互いの事を想っていた。
 最後まで私たちは共にいるものだと、そう思っていた。

 だが、どんなものにも転機は訪れる。
 ある日、喜ばしい事を伝えられ家に帰ると、常に感じられる姉の気配がなかった。
 私は動揺し、全てのものに神経を研ぎ澄ませたが、姉の存在を感じる事は出来なかった。
 そして、ある事に思い至った。
 恐らく私は、もう二度と、姉の存在を感じる事は出来ない。
 私は泣きじゃくった。泣き疲れて眠った後に、夢を見た。
 姉の夢だった。

60 :時間外No.01 向こう側の姉 3/3 ◇KARRBU6hjo:07/07/30 00:12:05 ID:4TqnL4zX
 ただ生活を共にしているだけで、我々は互いに一切干渉をしていなかった。
 目を合わせる事もなく。
 画面に映った日常の風景として、関われないものだった。
 そういうものだと、私も、そして恐らく姉も思っていた筈である。
 だが、夢の中でだけは、そのルールは存在していなかった。

 彼女はしっかりと私を見据えて、静かに微笑んでいた。
 だから私も、彼女に向かって微笑んだ。
 それで夢はお仕舞いだった。

 既に、私は姉の存在を感じる事は出来ない。
 私はもう独りである。
 だが、その孤独も、長くは続かない事を私は知っている。
 出来れば向こうでも、幸福になって欲しい。
 私と同じ指に嵌めていた指輪の事を思い出して、私は見た事もない姉の、ウェディング姿を思い描いた。

 終。



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