【 おばさんとは呼ばせない 】
◆VXDElOORQI




54 :No.13 おばさんとは呼ばせない 1/4 ◇VXDElOORQI:07/07/29 23:38:09 ID:QuTm8YY/
「ただいまー」
 久々に嗅ぐ匂い。実家に戻ってくるのも久しぶりだ。
 嫁が妊娠し、俺の実家で産みたいと里帰りして数週間。予定日が近づいてきたので俺も休暇を取り
戻ってきたわけだ。
 それにしても嫁が俺の実家で里帰り出産したいと言ったときは驚いた。
 両親との関係はいたって良好だが、ここにはトモエのことを無駄に敵視しているのが一人いるのだ。
 さて、そろそろ来るか。
 俺は荷物を降ろし身構え、辺りを見回す。実家の玄関には特に隠れるところはない。これは突撃に
だけ注意を払えば十分か。
「お兄ちゃん、おっかえりー!」
 勢いよく玄関の扉が開き、元気な声と共に猛烈なタックルが俺の背中に飛んでくる。
 後ろからとは思わなかった。俺が帰ってきたときには見かけなかったのに。
「た、ただいま」
 痛みを我慢しつつ、振り返る。そこには後ろから背中に飛び乗ってきた妹の満面の笑みがあった。
「んー。お兄ちゃんの匂いー」
 妹は両腕に力を入れて、思いっきり抱きついてくる。
 密着しているので、背中に妹の胸の感触が……なかった。
「お前に抱きつかれるのも久しぶりだな。元気だったか?」
「ううん。元気じゃなかったぁ」
 妹はまだ俺にがっちりと抱きついたまま答える。
「え? なにか病気にでもなったのか?」
「んー。お兄ちゃんがいなかったからぁ」
 俺の背中に顔を擦り付けながら妹は甘ったるい声を出す。
 やれやれ。心配して損した。
「お姉ちゃんとは仲良くやってるか?」
 妹の動きが『お姉ちゃん』という言葉が俺の口から出てきた瞬間止まった。
「そんな人知らない」
 そんな人って。
「義理とはいえ、お前のお姉ちゃんだぞ?」
「私にお姉ちゃんなんかいないもん。いるのはお兄ちゃんだけだもん」

55 :No.13 おばさんとは呼ばせない 2/4 ◇VXDElOORQI:07/07/29 23:38:24 ID:QuTm8YY/
 どうやらまだ嫁のことを敵視しているようだ。
「そんなこと言うなよ」
 妹は俺の背中から飛び降りると、キッと俺のことを睨みつける。
「お兄ちゃんはもう私のこと嫌いになったの? 私よりあの人のほうが大事なの?」
 そんなことを言われても、俺には妹もトモエもどっちも大事だ。そんなの比べられるわけがない。
 俺がどう言ったらいいかと思案しているうちに、妹の目にはどんどん涙が溜まっていく。 
「ねえ、どっちが大事なの?」
 どっちと言われても……。
 妹は俺の沈黙をどう受け取ったのか。ついにその瞳から涙が一粒落ちた。それと同時に、
「お兄ちゃんのバカっ!」
 妹はそう叫ぶと、外へと駆け出していった。
 家の中から「どうかしたのー?」と言う声が聞こえてくる。俺はそれに「兄妹喧嘩だよ」と答え、
妹を追って外に出た。

 妹はすぐに見つかった。
 人気の無い近所の公園のブランコに一人座っていた。
 俺はそのブランコにそっと近づき、隣に座る。
「昔、よくここで二人で遊んだな」
 妹は俺に気付き、少し驚いたような表情を浮かべた。ほんの少し俺を見つめ、そのまま視線を地面
に下ろす。
「うん」
「どうして、そんなに嫌いなんだ?」
「お兄ちゃんを取ったから」
 言葉足らずな俺の質問にも妹はちゃんと返事を返す。
「取ってなんかいないだろ。俺は今でもお前のお兄ちゃんだろ?」
「でも、お兄ちゃん結婚してから中々帰ってこなくなっちゃった」
 俺は勢いをつけてブランコを漕ぐ。ブランコを漕ぐのなんて何年ぶりだろう。
「それは仕事が忙しくなったからだよ」
「私のこと嫌いになったからじゃないの?」
「当たり前だろ」

56 :No.13 おばさんとは呼ばせない 3/4 ◇VXDElOORQI:07/07/29 23:38:40 ID:QuTm8YY/
 俺はブランコから飛び降りると、妹のそばに行き、その頭をそっと撫でる。
「帰るか」
「……うん」

 妹と手を繋いで歩く、家に向かう帰り道。不意に俺の携帯が鳴る。
「え? ……もう? わ、わかった。すぐ行く」
「どうしたの?」
 妹が不安そうな目で俺を見つめる。
「もう生まれそうだって」
 俺たちは進路を変更して急いで病院へと向かった。

 病院につくと嫁はもう分娩室の中に入っていた。
 俺と妹は病院のベンチに並んで座る。両親は心配しすぎでこの場にはいられないといった感じでど
こかに行ってしまった。
 こんなときこそ傍にいて欲しいと思う俺はビビリなのだろうか。、
「どうしよう。私のせいだ……」
「お前のせいじゃないよ」
「私がお姉ちゃんにひどいこと一杯言ったから」
 俯く妹の頭にそっと手を置く。
「やっとお姉ちゃんって呼んだな。一緒に祈ろう。元気に生まれますようにって。俺たちにはそれく
らいしか出来ないよ」
「……うん」
 俺たちは祈った。ただ祈った。母子とも無事でいてくれと。

「かわいいー」
 妹が赤ん坊を見て、黄色い声を上げる。
 予定日より少し早かっただけなので未熟児ではなく、出産後、母子揃って同じ病室に入った。
 嫁は疲れたのか今は眠っている。
「これでお前も伯母さんだな」
「えー。伯母さんなんて嫌だよー。この子には絶対こう呼ばせるもんね」

57 :No.13 おばさんとは呼ばせない 4/4 ◇VXDElOORQI:07/07/29 23:38:54 ID:QuTm8YY/
 妹は満面の笑みでこう言った。
「お姉ちゃん、って」

おしまい



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