【 我が家の姉、お隣の姉 】
◆tGCLvTU/yA




50 :No.12 我が家の姉、お隣の姉 1/4 ◇tGCLvTU/yA:07/07/29 23:32:51 ID:QuTm8YY/
 最悪な寝覚めだった。汗はかいてるわ、息は切れ切れだわで目覚め、という感じが全くしない。恐らく何か悪夢を見たのだろう。
 さらに時計を見るともう十一時を回っているという悲惨な事態。疲れがさらにこみ上げてきた。
「あ、朝飯……いや、昼飯つくらないと」
 いや、もう手遅れかもしれない。リビングには恐らく空腹で今にも死にそうな姉さんが倒れていることだろう。
 自分の部屋を出てリビングへ向かうと、意外にも元気そうな姉さんと鉢合わせた。珍しく入念におしゃれなどしている。
「あ、起きた? 起きてこないから朝は自分で済ませちゃったよ。浩平の分も作り置きしてあげようと思ったんだけど、急いでて。ごめんね」
 申し訳なさそうに片手でごめんというジェスチャーを取る姉さん。姉さんの料理の腕前から考えると、むしろホッとしたかもしれない。
「いや、大丈夫。寝坊したのは俺が悪いしね……ところで急いでるってなんかあるの?」
「ふふ、なんだと思う? って意地悪したいところなんだけど、時間がないから答えを言っちゃうね。デートに行ってきます」
 ああ、そういや最近やっと彼氏が出来たって言ってたのを思い出す。すこし、いや、かなりショックだったけど、まあ23って
いう年齢と姉さんの容姿から考えたらむしろ今まで出来なかったことが不思議なくらいだ。
「あ、そっか……いってらっしゃい。楽しんできなよ」
「うん、もちろん! それじゃ、いってくるねー」
 幸せオーラ全開の姉さんを見送る。なんだろう、このモヤモヤした気持ちは。やっぱり嫉妬してるのかもしれない、相手の人に。
「それにしても……暑いな」
 一人になったリビングでフラフラとソファーに倒れ込み、誘惑に負けて冷房のリモコンをポチっと押してしまうまで時間の問題、
いや、もう実際に右手に持っていて、暑さに白旗を上げた時だった。
 ぷるるるるるっと、ポケットから聞き慣れた電子音。発信者を見ると液晶画面には静、の一文字のみ。
「静か……居留守は無理だな、後が怖いし」
 マンション住まい、それもお隣同士ということもあってか、こいつの場合ほとんど居留守は通用しない。もっとも、今なら
寝てとか言ってればごまかしは効くだろうけど、そんな理屈の通じる人間じゃない。十数年の付き合いでそれはよくわかっている。
 ため息を吐いて、数えてないからわからないが、大体十回前後くらいのところでうるさかった電子音を止めた。
「もしもし、なんか用かしず――」
「出るのが遅い!」
 名前からは想像もできないやかましい怒鳴り声が、俺の声を遮って聞こえてきた。耳がいってえ。
「悪い悪い、ちょっと考え事してて。で、何の用だ」
「今どこにいる? 引きこもりがちなアンタのことだから家だと思うんだけど」
 一言余計だけど、大正解だった。
「あー、そうだよ家だよ。で、その引きこもりがちな俺に何の用ですか。静さん」
「ん、やっぱ家かー……ならさ、向かいのファミレスまで来てくれない? なんでも奢ったげるから、お願いね」

51 :No.12 我が家の姉、お隣の姉 2/4 ◇tGCLvTU/yA:07/07/29 23:33:12 ID:QuTm8YY/
 いつになく歯切れの悪い返事だと思った。というより、なんだか元気がないように感じる。まあ、この暑さだ。いかに年中
フルパワーで稼動しているこいつでも、こんな真夏日は多少のクールダウンも仕方なしなのかもしれない。
 しかし用件だけ告げて、一方的に電話を切るところは相変わらずなんだなと苦笑しつつ、俺は体を起こした。

 ファミレスの中は適度に空調が効いていて心地よかった。さて、静はどこだろうかと辺りを見回すと、先に向こうが俺を見
つけたようで、控えめにこっちに手を振っているのを見つけた。しかし、こんな真夏日に窓際は勘弁して欲しい。
「やっと来たわね……ま、とりあえず座ってよ」
 やはり言動にいつもの元気が感じられないような気がする。とにかく立ちっぱなしもなんなので、静に促されるままに向かい側
に座ることにする。
「で、改めて聞くけど何の用だよ」
 メニューを取りながら、聞き損なった用件を尋ねる。まあ、昼飯の奢りつきなら多分ろくなことじゃないとは思うが。
「あのさ……凛さんのことなんだけど」
「姉さんのこと?」
 ろくなことではない、と内心で軽口を叩いたものの、思った以上に深刻そうな切り出しにメニューを選ぶ手を止めて静を見る。
「もしかして、彼氏できてる?」
 脱力した。
 深刻そうに言うから何事かと思ったが、いや確かに個人的にはちょっとした問題には違いないけど、そんなに驚くことでもないと思うんだが。
「……できてる。でも、姉さんは結構綺麗な方だし、むしろ今まで出来なかったのが不思議なくらいなんだけどな」
 こいつ以外、いや、こいつにすらシスコンと思われてしまうようなセリフを吐く。まあ目の前のこいつは俺以上に強烈なブラコンだし、
お互いさま――あれ、ちょっと待った。
「お前、なんでそのこと知ってんだ?」
 コーヒーを一口飲んでから、静が頷く。
「実はね。凛さんの彼氏、修一らしいの」
 修一という人間が俺の知り合いにいただろうかと必死に記憶を遡る。いや、遡るまでもなかったか。第一こいつに男の知り合いなんて俺を
除けばもう一人しかいないんだし。
「修一って……お前の弟の修一くん?」
「うん」
 そういえば、姉さんは彼氏のことを可愛いって言ってたっけ。昔からの知り合いだから気が許せるとも。
 そうか、彼氏ってこいつの弟だったのか。

52 :No.12 我が家の姉、お隣の姉 3/4 ◇tGCLvTU/yA:07/07/29 23:33:34 ID:QuTm8YY/
「なるほどなー……なんか納得した。おかしいと思ったんだよな、女子中、女子高、女子大ときた姉さんがいきなり彼氏なんて」
 ついでになんだか安心した。まあ、修一くんなら姉さんを泣かせることはないだろうし。まあ、17と23っていう年齢差が少しだけ気になるが。
「納得って……私の胸中はすんごく複雑よ。あのいつだって私の後ろをついて歩いてきた修一に……彼氏なんて」
 頭を抱えて、重苦しくため息をつきながら静が言う。まあ、気持ちはよくわかる。俺だって安心したとはいえ結構ショックだ。
「ま、気持ちは分からないこともないけどいい加減弟離れすることだな。そんなんじゃ彼氏のひとつもできないぞ」
 こいつも姉さんほどではないけど容姿はまあまあなんだし。とは口には出さず思うだけにしておく。その弟に向ける愛情をまだ見ぬ恋人に
注いでやった欲しいものだ。
「ふん、未だに姉離れできてないアンタにだけは言われたくないわね。そっちこそ、さっさと彼女のひとつでも作ったら?」
 落ち込んでても棘のある物言いは変わらないのか、こいつは。だけどなんだかほっとする。こいつは多分落ち込んでるよりこういう物言いをしてる
方がよく似合うと思うし。
「あいにくだけど、俺はお前と違って姉離れできてるんでね。そりゃ確かにショックはショックだけど、あの二人のことは祝福したいと思うよ」
 俺の言葉に、静はむー、と口を尖らせる。言葉に詰まった時の癖だ。口喧嘩になると何回かこうやって口を尖らせる。
「そ、それは私だって……凛さんは綺麗だし、頭もいいし、私より数倍大人っぽいし……私が勝ってる点なんて何一つない。修一にだってもったいないくらい
相手だと思うわよ。とはいえ、凛さんレベルじゃないと修一の彼女なんて絶対許さないけど」
 笑顔でそういうこと言う辺りが、真に迫ってて怖い。まあ、俺だって修一くんくらいのイケメンで、なおかつ他人を思いやれるような超人じゃないと
姉さんの彼氏なんて許さないんだけど。
「しっかし、お前のブラコンは本当強烈だよなあ……俺も小学校低学年くらいまでかな。あの頃くらいまではお前並み、いやお前以上に強烈だったけど」
 本気で姉さんを彼氏にしようと思ってたくらいだし、自慢じゃないけどあの頃の俺はなかなかに危険な少年だった。何がきっかけで姉離れが始まったかは定か
ではないが、よくここまでまともな道に戻ってこれたなと自分でも思う。
「奇遇ね。私も小学校低学年……そう、ここに転校してくる前かしら。アンタと会う前くらいまでは軽くヤバい女の子だったわ。今でこそブラザーコンプレックス
って言葉で済んでるけどね。ほんと、何をきっかけに弟離れしたのかしら」
 いや、お前は全然弟離れしてない。これっぽっちも。と言いたいところだけど、俺も似たようなので口には出さない。それにしても、今よりすごいって
ことはストーカーでもしてたんだろうか、部屋に盗聴器しかけるとか。ま、こいつはそんなことしないとは思うが。
 それに盗聴するくらいなら、こいつは一日中そいつにくっついてるだろう。きっと。
「で、結局これが聞きたいだけだったのか? それなら俺は昼飯奢ってもらって帰るんだけど」
 でも、これだけなら電話で聞くなり、家に来るなりやり方はあったと思う。ましてや昼飯をおごるまでもないんだが。
「は? んなわけないじゃない。確かにあの二人ならお似合いはお似合いよ。だから見守ってあげたいじゃない」
 じゃじゃーん、とご丁寧に口からの効果音つきで出されたのはこの辺じゃデートスポットとして有名な遊園地のチケット二枚。

53 :No.12 我が家の姉、お隣の姉 4/4 ◇tGCLvTU/yA:07/07/29 23:33:51 ID:QuTm8YY/
「行くらしいのよねぇ。今日ここに」
 あの二人の予定と、お前のその小悪魔的な笑みと、その手に持っているチケット二枚は多分関係してるんだろうな。俺のこれからの予定にも。
「さ、そろそろ行きましょう。お昼なら目的地でいくらでも奢ってあげるわよ。なんならお弁当でも作ってあげましょうか? 愛情のたっぷりこもった」
 そう言って、今までのとげとげしさが嘘のように腕を絡めてくる。こいつの中じゃ、恋人ごっこが始まってるらしい。
「ず、随分と徹底してるんだな」
 こいつ、女優にでもなれんるんじゃねえかってくらいに演技に不自然さがない。その分本当に恋人になったみたいですごく気持ち悪いけど。
「当たり前よ、万が一ということもあるし、バレる可能性があるから私たちらしさを徹底的に排除しないと。というわけで、今から半日くらいまでは恋人
同士。吐き気がするほど嫌だけど我慢してあげるわ。修一のためにね」
 会計を済ませて店を出ると、茹だるような暑さが急激に襲い掛かってくる。これは暑いな。姉さんと修一くん並みにおアツい。
「さて、急ぐわよ。このままじゃ目玉のお化け屋敷に間に合わない可能性が……って、ちょっと引っ張らないでよ。しかもそっちは家の方向じゃない」
 正直な話、俺だってあの二人が上手くいってるかどうか確認したい気持ちはかなりある。ていうか行くところまで行っちゃわないか、かなり不安だ。
だけど、それはあの二人の自由だし、いくら姉弟だからって俺たちの入り込んでいい領域とそうじゃないところがある。
「いいんだよ、俺たちはこっちだ」
 多分これは、そういう領域なんじゃないかと思う。あの二人が本気でお互いを好きなら、きっと俺たちが覗くような真似なんてしていいはずがない。 
「はぁ?」
 多分だけど、俺は。いや、俺たちはあの二人が家庭を持たないことには一生恋人なんてできやしないんじゃないかって思う。こいつは弟のまわりで
うろちょろするだろうし、俺は俺で暴走するこいつの手綱を引くことで精一杯になりそうだし。
「だから、遊園地は諦めろ。暑いから面倒くせえ。俺も昼飯は諦めるよ。むしろ作ってやる。何食いたい?」
 手綱を引くこと自体は簡単だ。飯さえあれば簡単に釣れるんだし。
「……ホットケーキ。じゃなくてっ! なんで? 浩平気にならないの? あの二人のこと」
 うん、お前と同じか、それ以上にすんげえ気になる。もしキスなんて場面に遭遇したら発狂する可能性も否定できない。
「ああ、気にならない。いい雰囲気になってるかどうかなんてすんげえ気にならない。もしかしたらお弁当持ってってるんじゃないかとも全然気にならない」
 抵抗する静を無理やり引っ張る。あ、これ関係ない人から見たら結構マズい状況なんじゃないだろうか。
「気になってるじゃん……もういいわ。浩平が行かないなら私一人でも行くから。あとで土下座したって――」
「――ホットケーキにかき氷とはちみつトーストもつけよう」
 あ、動きが止まった。
「……はちみつの量は」
「もちろん多めで」
 手綱を引くことは簡単。けど、こいつのは手綱は俺が引かなきゃって気がする。姉さん以上に、こいつは他人に任せておけない気がするから。


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