【 夏と夢と姉さんとの約束と 】
◆InwGZIAUcs




45 :No.11 夏と夢と姉さんとの約束と 1/5 ◇InwGZIAUcs:07/07/29 23:30:02 ID:QuTm8YY/
 小学校の帰り道。僕は懸命に走っていた。
 後ろから迫るのは、正和をはじめとするウザイ奴らだ。
 丁度曲がり角で、待ち伏せしていたらしい奴らの一人が僕の足を引っかけた。為す術もなく僕は転げ回る。
 終わりを告げた逃走劇。正和達がニヤニヤ笑いながら、見下しながらやってくる。
「だっせえなあ健太は」「やっと止まったか」「先生にチクッてんじゃねえよ」
「お前達が掃除さぼったり、人に押しつけたりしてるからいけないんだろ!」
 うん、僕は間違ってなんかいない。
 空気が変わった。奴らの表情が一気に消えていく。
「うるせえよ」
 正和が今だ尻餅をついている俺を足の裏で蹴飛ばした。
「い、いたい……」
「口だけの雑魚が」「健太が調子に乗るな」「二度と先生に言うんじゃねえよ」
 今度は、サッカーボールを蹴るように、正和は思いっきり足を後ろに蹴り上げた。
 僕は両手で頭を庇う。腕の隙間から蹴り降ろされる足に覚悟した時……正和は真横に吹き飛んだ。
「こおらあああああああああああ!」
 どうやら正和は、走って勢いをつけた誰かのジャンプ蹴りで吹き飛ばされたようだ。
 いや、僕はその人を知っている。
「夕子姉さん……?」
 奴らの前に立ちはだかる姉さんを見上げた。優しくて、綺麗で、真っ直ぐな黒髪を腰まで伸ばしてて、
新調の中学のセーラー服がとてもよく似合う姉さんは、険しい表情で奴らの前に堂々と立ちはだかっている。
「健君は私が守る!」
 正和達は悪態をついて去ってしまった。
 夕子姉さんをいつまでも見ていたい……。そう思った時、僕の意識は深い闇へと落ちていった。


 跳ね上がる心臓の音で俺は目を覚ました。幼い頃の嫌な夢を見たせいか? いや、幼い頃の姉さんを見たせいか?
 眠気眼の俺の五感を、蝉の声と窓から差し込む夕日が刺激する。
 ああ、俺はいつの間にか昼寝をしていたのか。
 開け放たれた窓に面したすぐ隣の庭で、掛け声と共に汗飛沫を放つ姉さんの姿が見られた。
「せいっ! せいっ!」

46 :No.11 夏と夢と姉さんとの約束と 2/5 ◇InwGZIAUcs:07/07/29 23:30:23 ID:QuTm8YY/
 拳をひたすら突き出す姉さん……また修行してるのか。良く飽きないなあ。
「せいっ! せ……あ! 健君起きた? じゃあ晩ご飯の支度してくるね」
 そう言って、彼女は肩に掛けたタオルで汗を拭うと、台所へ入っていった。
 俺はその逞しい後ろ姿をボーッと見送る。そう、逞しい後ろ姿を。
 ……夕子姉さんは綺麗だった。
 そう、過去形なんだ。夢にでてきた幼い頃の姉さんの面影はもう……ない。彼女は中学校から始めた空手を一心不乱に
鍛え上げ、力を手に入れた。言うなればそう、今の姉さんには筋肉少女という言葉がよく似合う。
「健君ご飯できたよー!」
 でも、優しいのには変わりないんだ。幼い頃から共働きで留守しがちな両親の代わりをしてくれている。
「ああ、今いくよ」
 眠気のせいかまだ実感のない体を起こし、俺は立ち上がった。

「健君は何か部活とかやらないの?」
 食事中、姉さんの振った話題は俺にとって面白くないものだった。
「うん、性にあわない」
「空手楽しいよ?」
「いや、俺運動神経ないし……そんなことより姉さんは彼氏の一人でも作ったらいい」
 そうだ。姉さんの嫁のもらい手があるかどうかの方がよっぽど問題だよ。
「彼氏なら健君でいいもん」
 いや、勘弁して下さい。確かに姉さんのことは好きだけど、許容範囲というのが俺にもあるさ(主に筋肉)。 
「血も繋がってないしね」
 ああ、確かに血も繋がっていない。俺が小学校の時、父さんと再婚したのが夕子の母さんだった。
「ちっちゃい時お嫁さんにしてくれるって約束もしたじゃない?」
 したかもしれないな。あの頃の姉さんは綺麗だったし……。
「どれだけ昔の……小さい時のおままごとと同じでしょ?」
 俺は嘆息混じりに呟く。すると、姉さんの目付きが急に鋭くなった。しまった、コレは禁句だ。
「ごちそうさま」
 じーっと睨む姉さんの視線から逃げるように俺は席を立った。

 俺と夕子姉さんは同じ高校に通っている。

47 :No.11 夏と夢と姉さんとの約束と 3/5 ◇InwGZIAUcs:07/07/29 23:30:39 ID:QuTm8YY/
 一つ上の姉さんは高校二年生だ。そして彼女は俺の学校生活に大きく影響している。と言うのも中学校時代
俺にちょっかい(虐め)だした奴らは皆姉さんの拳を貰っているという噂が高校に流れているからだ。
 おかげで俺は安定した(虐められない)学校生活を送ることができている。
 まあ、安定ついでに友達もできないが、俺には必要のないものさ。
 俺はそんな姉さんに感謝している。が、その日は突拍子もない事が起きてしまった。
 それは四十分という何をするにも中途半端な時間が空く昼休みのこと。
 大抵俺は寝て過ごしているのだけど、
「そこで渡してくれって頼まれた」
 名前も思い出せないクラスメイトから、一通の手紙を渡されたのだ。
「あ、ありがと」
 俺はその折りたたんだだけの簡単な手紙を広げてみた。
『お前の姉は預かった。体育館倉庫にてまつ。因みにお前は監視されていて、助力を求めればその時点で姉は
無事だと思わない方が良い』
 だそうです。溜まった恨みは吐き出されるものらしい。多分、俺と姉さんへのお礼参りだろう。
 観念して大きく深呼吸した俺は体育館へと向った。

 やたら重い体育館倉庫の扉を開けると、いきなり怒鳴りつけられた。
「おせーんだよ馬鹿健太!」
 その声だけで犯人は分った。奴は正面の跳び箱に片足を投げ出した体操座りの格好で俺を睨み付けていた。
「正和……」
 そう、小学校の時からの付き合いで、俺を虐めていた主犯格の一人。そして散々姉さんに殴られた一人でもある。
 まさに腐れ縁というやつだろう。
「いい加減お前らウザイんだわ」
「姉さんはどこだ?」
 すると正和は、顎ですぐ下を指す。
 体育館倉庫の暗闇でほとんど周りは見えなかったが、入り口から漏れる光と、闇に慣れた目でようやく気付いた。
「姉さん!」
「ンーンー!」
 姉さんは口に布をまかれ、手首足首を太い綱でグルグル巻きにされていた。とても高校二年生の
女子生徒に対する拘束とは思えない厳重な縛りだ。

48 :No.11 夏と夢と姉さんとの約束と 4/5 ◇InwGZIAUcs:07/07/29 23:30:55 ID:QuTm8YY/
「近づくな!」
 俺は止まってしまった。そして正和の怒鳴り声を合図に、闇から数人の男子が姿を現わす。
 クソ正和が。お前一回自分の名前の意味でも考えておけ!
「こんなゴリラとはいえ女に手を上げるのは好まないからな……芋虫みたいに這っててもらうぜ。
んでお前を目の前でボコってやるよ……今までのお礼をさせてもらうぜ?」
 これ見よがしに拳を鳴らす正和。だけどそれは俺も一緒だった。
「くそ正和が」
 俺は怒り任せに正和に飛び込んだ。

 怒り任せが通用するのは最初だけだった。
 いや、最初すらあまり通用していなかったかもしれない。適当に振った拳はあっさり避けられ、
四方から責めてくる奴らに為す術もなく殴られ蹴られた。(俺の中で拳を出せただけでも健闘に値する)
「う、うがぁ!」
 遠慮なんて存在しない空間。俺は身動き出来ない姉さんと目があった。
 泣いて……え? あれ?
 夕子姉さんは泣いてなかった。代わりに、その瞳に炎を灯し……そして膨れあがった。
「うがああああああぁぁぁぁーー!」
 ライオンの荘厳かつ威厳を持った咆哮すら子猫の鳴き声に聞こえるような……そんな姉さんの
咆哮が狭い体育倉庫に放たれた。
 目の錯覚なんかじゃない。姉さんは筋肉を通常の二倍ほど膨らませると、力ずくで縄をブチ切り、
口の布をかみ切った。
「うわああああああああああああ!」
 俺を含め、その場にいた誰もが恐怖した。姉さんは力の限り拳を振り回している。
 体育館倉庫の備品はありとあらゆるものが壊され、粉砕されていく。
「鬼神だ……」
 誰かが呟いた。俺かもしれない。次々に殴り倒される正和一味……そして俺。
 俺?
「ちょ、なんで俺まで! ――ぅん! ……ぐ」
 みぞおちを拳に抉られ、痛みを通り越した何かが俺の中を暴れ回る。
 目の前が真っ暗に、意識は深い海の底へと落ちていった。

49 :No.11 夏と夢と姉さんとの約束と 5/5 ◇InwGZIAUcs:07/07/29 23:31:11 ID:QuTm8YY/


 
 跳ね上がる心臓の音で僕は目を覚ました。普段見る夢よりずっとリアリティのある夢だった。
いつもだったら夢なんて起きたあとすぐに忘れてしまう僕だけど、今回は違った。
 けど……あんな綺麗で優しくて強い姉さんがあんな筋肉鬼神になる筈がない。僕は自分にそう言い聞かせた。
 眠気眼の僕の五感を、蝉の声と窓から差し込む夕日が刺激する。
 ああ、僕はいつの間にか昼寝をしていたのか。
 すると、開け放たれた窓に面したすぐ隣の庭で、掛け声と汗飛沫を放つ姉さんの姿が見られた。
「せいっ! せいっ!」
 拳をひたすら突き出す姉さん。
 ああ、なんだこれ。どこかで見たような……ああ、夢だ。嫌な予感が、胸騒ぎが収まらない!
「姉さん! ……何やってるの?」
「あら健君起きたの?」
「そんなことより! 何やってるの?」
「空手だよ空手! ほら、昨日健君と約束したじゃない?」
 うん、約束した。将来僕は姉さんをお嫁に貰うって約束した。そしたら姉さんは、
「じゃあ私も強くなって健君を守って上げるね」
 って約束してくれたんだ。
「いや、でも……」
「変な健君」
 クスッと微笑む夕子姉さんの細い肢体を照らす夕日。
 綺麗だった。
 僕が姉さんを守らないといけないんだ。でないと姉さんは筋――いや、ありえない。
「姉さん。僕が強くなる。空手でも何でもやって僕が強くなるよ! 口だけじゃなくて……だから
、姉さんは強くならないで! お願いだから!」
 俺は姉さんの細い肩を掴んで真剣に、真っ直ぐ彼女を見据える。
「う、うん」
 耳まで真っ赤にする姉さんに気付くでもなく、僕は切実に訴え続けた……。

 終わり



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