【 本当は幸せなグリム童話 】
◆3Xl6SmXbZg
33 :No.08 本当は幸せなグリム童話 1/5 ◇3Xl6SmXbZg:07/07/29 20:55:58 ID:QuTm8YY/
むかしむかし、ある所にシンデレラという少女がおりました。シンデレラは子供の頃から大変美
しい少女でした。
街の人々は、彼女の蜂蜜色の髪を見てはまるでビロードのようだと驚き、彼女のシミ一つない白
い肌を見ては新雪のようだとため息をもらし、その唇を見てはまるで柔らかなバラのつぼみの様だ
と褒め称えました。
正直、ここまでべた褒めするのは逆に嘘臭く感じますが、そのくらいシンデレラは美しい少女だ
ったのです。
当のシンデレラは温かい母親とやさしい父に囲まれ。慎ましやかですが、幸せに暮らしていまし
た。
ですが、ある日こと。母親が病気で亡くなってしまったのです。
シンデレラとシンデレラの父親は、大変嘆き悲しみました。シンデレラの父親はその深すぎる悲
しみのあまり、妻がなくなってから1月もしないうちに再婚しました。
これには町の人たちも驚き、シンデレラの父親は再婚するために、シンデレラの母親を殺したの
ではないかと大いに陰口を叩きました。
義母は父親よりも厳格な人でした。お嫁に行く娘は、家事はもちろんのこと。ある程度の教養が
あってしかるべきだと考えていましたから、連日連夜厳しい花嫁修業が続きました。
ですが、シンデレラは持ち前の粘り強さと勘のよさで、それら全てに耐え抜きました。おそらく
こういったところは亡き母親に似たのだと思う。と後に父親が述懐しています。
シンデレラを困らせていたものは、もっと別にありました。それはシンデレラのことを、義理の
姉二人が異常ともいえるほどに溺愛したことなのです。
「シンデレラ! シンデレラ! どこにいるの!?」
また、下の姉がシンデレラを呼んでいます。窓の拭き掃除中であったシンデレラはしぶしぶ呼び
かけに答えます。
「はい、下の姉さん。なんの御用ですか?」
シンデレラは心底嫌そうな顔でした。まるでゴキブリの大群を見たかのような顔です。
「ああ! シンデレラ。私の可愛いシンデレラ」
34 :No.08 本当は幸せなグリム童話 2/5 ◇3Xl6SmXbZg:07/07/29 20:56:15 ID:QuTm8YY/
下の姉はシンデレラを見つけると、その豪奢な体を抱き寄せました。そしてシンデレラの柔らか
な髪に頬擦りします。
「なんて美しい髪なんでしょう。でも違うの、美しいのは髪だけじゃないのよ。その唇も肌も慎ま
しやかな胸も、シンデレラそのものが、美しいのよ!」
すっかり出来上がっている下の姉を見て、だんだんシンデレラは気分が悪くなってきました。例
えばナメクジが嫌いな人が、ナメクジみたいな人を見るだけで嫌悪するのと一緒です。
「シンデレラ……シンデレラ……どこにいるの?」
今度は上の姉です。シンデレラはいまだに頬擦りしている下の姉を引き剥がし、廊下に放置する
と、うんざりした顔で上の姉の下へ急ぎました。
「はい、上の姉さん。なんの御用ですか?」
多少げっそりとしているシンデレラを見て、上の姉はたおやかな微笑を浮かべました。
「ああ、うれしい。シンデレラが私の下に来てくれた」
上の姉はそう言うと、シンデレラの着物の裾をぎゅっと握りました。そのままじっと動こうとし
ません。ですが、シンデレラにすれば、仕事の途中なので早く切り上げたかったのです。
「上の姉さん。いい加減に離して下さい。いい子ですから」
下の姉がアッパー系なら、上の姉はダウナー系です。下手に冷たくすると、一日部屋から出てこ
なくなったりします。
「いや。絶対にいや」
年上のクセに、世話かけさせるんじゃねぇよ。と内心言ってやりたいシンデレラでしたが、後が
厄介です。ここは慎重に事を運びます。
「上の姉さん。仕事が終わり次第また来ますので、それまで我慢してください。本当に少しの間で
すから」
夕方まで家事はびっちりとありましたが、嘘も方便です。今では姉二人のせいですっかりスレて
しまったシンデレラでした。
「うそ。この前もずっと待ってたのに、こなかった」
冷たくされてもすぐ忘れてしまう下の姉とは違い。上の姉は彼女に関する事は忘れません。
35 :No.08 本当は幸せなグリム童話 3/5 ◇3Xl6SmXbZg:07/07/29 20:56:30 ID:QuTm8YY/
「いいえ。今度は本当です。それとも、上の姉さんは私のこと信じてくれないのですか?」
シンデレラは上の姉の目をまっすぐに見ます。普段うつむいてばかりの上の姉は目を見られるこ
とに慣れていません。これは、直接心に訴えかけ、動揺を誘う作戦のようです。
「うう、わかった。待ってる。でも、嘘ついたら泣く」
上の姉が泣こうがわめこうが、死なれるよりはマシです。シンデレラはニコリと笑顔を作ると、
上の姉の頭を撫でます。
「わかりました。すぐに終わらせてきますから、それまで待っていてくださいね」
計画成功です。シンデレラは内心ほくそえみました。
正直な話。シンデレラは手のかかる二人の姉を見捨てる事はできません。ですが、年頃の少女と
もなると恋の一つや二つは経験したいものです。
しかし、同様に姉二人もシンデレラが自分達を振り向いてくれなくなるのは、断固阻止したかっ
たのです。
そんなある日のことでした。お城から舞踏会のお誘いが届いたのです。折角の美少女だというの
に、姉二人のお守りのせいで普段出会いのないシンデレラは、すぐに参加を決意しました。
それを知った姉二人は恐怖しました。あれほど美しいシンデレラです。王子様に気に入られて、
お嫁に行ってしまうかもしれません。それに、王子さまは女関係の噂が絶えない人物です。ボロボ
ロにされて、捨てられてしまうかもしれません。
なんとかして阻止しよう。普段、シンデレラの取り合いをしている二人の姉は、初めて一つの意
思の下で動き出しました。
そんな事が水面下起こっているなか、父親は趣味である家庭菜園の世話をしていました。
さて、舞踏会の当日です。義母に頼まれていた仕事を手早く終わらせると、シンデレラは舞踏会
の準備を始めました。ですが、いくら探しても事前に用意していたドレスが見当たりません。しょ
うがなく姉二人に借りることにしました。
「上の姉さん。居ますか? ドレスを一着お借りしたいのですが」
返事はありません。上の姉さんに限って、外を出歩くなんてありえないと思っていたシンデレラ
には晴天の霹靂です。シンデレラは次に下の姉にドレスを借りる事にしました。
「下の姉さん。居ますか? ドレスを一着おかりしたいのですが」
36 :No.08 本当は幸せなグリム童話 4/5 ◇3Xl6SmXbZg:07/07/29 20:56:46 ID:QuTm8YY/
また返事がありません。下の姉もいないようです。これではドレスを借りる事が出来ません。シ
ンデレラはすっかり困ってしまいました。
「どうしたんだい? シンデレラ」
唐突に父親が話し掛けてきました。母親が死んでからは昔ほど父親を信じれなくなったシンデレ
ラですが、溺れる者は藁をも掴む。父親に事の次第を話すことにしました。
「それは大変だ。だがねシンデレラ。死んだ母さんの残していったドレスがある。それを着るとい
い。それと馬車は外に用意してある。急ぐんだ」
普段活躍しない人間が、ここぞというときに限ってファインプレーを連発します。これには陰で
見守っていた義母も驚きました。どうしようもなかったら、自分が若い頃に使っていたのを貸そう
と思っていたのです。完全に思惑を外された形になります。
父親に簡単な礼を言うと、シンデレラは家を飛び出しました。「12時までには帰って来るんだ
よー」と久しぶりに父親らしい事を言ったシンデレラの父親は、少し嬉しそうでした。
舞踏会は大変楽しいものでした。普段家事ばかりしているシンデレラにとって、見るもの聞くも
のが、これ以上はなく刺激的だったのです。
楽しそうにはしゃぐシンデレラは白いドレスもあいまって、妖精のような可愛らしさでした。
そんな可愛らしい少女が皆の目に止まらないわけがありません。案の定、シンデレラは王子様の
目に止まりました。当然のようにダンスに誘われるシンデレラ。
その時でした。
「お待ちください。彼女を誘ったのは私が先です」
王子様の前に立ちふさがる一人の美丈夫。シンデレラは、我目を疑いました。男装をしています
が、目の前の美丈夫はどう見ても下の姉です。
「あ、あの。下の姉さん。何をして……」
シンデレラは目をぱちくりとさせ、目の前の下の姉に問い掛けました。
「ああ! ああ! これほどまでに美しい少女。それをダンスに誘える事は、紳士として最上。王
子、貴方もそう思われていることでしょう。ですが、私も一人の紳士として、その栄光を譲るつも
りはありません」
37 :No.08 本当は幸せなグリム童話 5/5 ◇3Xl6SmXbZg:07/07/29 20:57:01 ID:QuTm8YY/
ですが、下の姉の口上に遮られてしまいました。次第に若い少女達が騒ぎ立てます。美丈
夫と美丈夫。まるで耽美の世界の出来事です。
次第に、すぐにでも決闘が始まりそうな不穏な空気が漂います。
ついていけない。シンデレラがそう思うと同時でした。12時を告げる鐘の音が舞踏会場に響き渡ったのです。
シンデレラは焦りました。父親との約束があったからです。情けない人とはいえ、父は父。彼女にとって、
父親との約束は守るべきものでした。
シンデレラは舞踏会場からきびすを返すと、帰り道を駆け出しました。それに慌てたのは件の王子さまです。
「君! 待ってくれ!」
すみませんと、一言謝り。そのまま城門まで走ります。ですが、なかなか追っ手を振り切れません。
「シンデレラ。これを使って」
城門で待ち構えていた上の姉が、シンデレラに暖炉の灰をふりかけます。灰をかけられたシンデレラは、すっ
かりみすぼらしくなってしまいます。お陰で、追っ手はシンデレラの姿を見失ってしまいました。
次の日、シンデレラの屋敷には王子さまが現れました。それはそうです。町でも噂に上るほどの美少女です。
身元が分からないわけがありません。
姉二人はガラスの靴が私の足にもぴったりだなどと、文句をつけて王子さまを追っ払おうとしますが頑として
動きません。
そんな様子を見ていたシンデレラは、泣きながら必死に引き止める姉二人を引き剥がして、王子様の前に出ま
す。そして、こう言いました。
「王子さま。私を選んでくださったのは大変光栄です。ですが、私には手のかかる姉が二人居ります。私は、こ
の二人を裏切る事は出来ません。お許しください」と。
毅然とした態度で断られてしまった王子さまは、気が変わったら来る様にとだけ告げると、乗ってきた馬で城
へと引き返していきました。
さて、この話はこれでおしまい。え、姉妹たちは幸せになったのかって? 幸せに暮らしたそうですよ。なに
せ、姉二人はシンデレラが大好きなのですから。
〈了〉