【 多種多様 】
◆/SAbxfpahw




25 :No.06 多種多様 1/3 ◇/SAbxfpahw:07/07/29 18:19:43 ID:QuTm8YY/
 最近姉貴が休みになるといつもどこかに出掛けている。
気になって「どこに行くの?」と訊いても曖昧に答えて俺を真実に近付けさせようとしない。
「病気なんだから、あまり無理するなよ」と一言だけ言って、姉貴を見送った。
この時を逃すわけにはいかない。
俺は車が見えなくなると同時に家に戻り、姉貴の部屋を調べることにした。
二階に上がり部屋の前まで来たのがいいが、緊張する。
ええい、もうどうにでもなれ。
勢いよくドアを開けると、香水か化粧品かよく分からない臭いがした。
なんだか胸焼けしそうな臭いだ。
中に入り、ふと机の上を見ると、ぬいぐるみの横に部屋に似つかわしくない新興宗教のパンフレットが置かれている。
手にとってペラペラと捲ると、霊界や仏、神守護霊などの言葉が踊っていた。
その時、本の間から一枚の紙が落ちた。見ると今日の日付で集会があると書かれている。
姉貴はこれに行ったのか。俺は落胆したままパンフレットを持って部屋を出た。
これは話し合う必要があるな。帰ってきたら問い詰めてみるか。

26 :No.06 多種多様 2/3 ◇/SAbxfpahw:07/07/29 18:20:00 ID:QuTm8YY/
 帰りを待つ間お気に入りの本を読む。気が付くともう夕方だった。
そろそろ帰ってくるな、と思った矢先「ただいま」と姉貴の声がした。
自分の部屋からパンフレットを持ち、玄関まで急いで出迎えに行く。
姉貴は手に本を握っていて、表紙を見ると
『信仰によって病気が治る! 奇跡をあなたに』
と書かれていた。
「姉貴、その本なんだよ」
「何よ。いきなり」
「だから、その手に持ってる本は何だって訊いてるんだよ」
「何でもないわよ」
「俺、姉貴の部屋でこれを見つけた」
後ろ手にして持っていた例の物を差し出す。
「いいじゃない別に。信仰は自由なはずよ。それより、なに勝手に人の部屋入ってんのよ」
「ゴメン悪かった。それは謝る。でもその本を読んでも病気は直らないと思う」
「一也に私の何が分かるのよ!」
突然の大声に驚いたのか、夕飯の支度をしていた母親が台所から飛び出してきた。
姉貴は俺を押し退け、二階へと上がって行く。
「洋子どうしたの? 洋子! 一也、いい歳してまた姉ちゃんとケンカしたのかい」
「いや、それが――」
親に言うのはやめておこう。変な心配をさせるのはまずいし。適当にはぐらかしておくか。
「うん、ちょっとね。で、母さん今日の晩ご飯はなに? 腹減ったわ」
「今日は暑いからソーメンよ」
「うわ、またソーメンかよ。母さん手抜きすぎ」
「仕方ないでしょ。嫌なら別に食べなくていいわよ」いつもの母親の決めゼリフに次の言葉が出なかった。

27 :No.06 多種多様 3/3 ◇/SAbxfpahw:07/07/29 18:20:33 ID:QuTm8YY/
 姉貴は夕飯を食べに降りては来たが一言も喋らず、食べ終わるとすぐ自室に戻って行く。
俺は急いでソーメンをすすると、後を追い掛けた。
二階へと上がる階段の中段付近で肩を掴み止める。
「姉貴なあ、もうちょっと考えてくれよ」
「一也、そんなに私に死んでほしいの」
「えっ?」
姉貴はいきなり何を言い出すんだと思った。
「私はあれがないと生きていけないの。一也はそれを今奪おうとしてる。それは私を殺すのと一緒よ」
「まあまあ。姉貴落ち着けよ。どんだけ信仰したって病気は治らないよ」
「祈れば必ず治ると、今日の集会で龍華様が仰っていた」
「りゅうげさま? 誰だよそれ」
「龍華様も知らないとは。一也、あなた地獄に落ちるわよ」
これは本当にどうにかしないと、大変なことになるな。
「俺は姉貴のために言ってんだ。もう集会に出るな。龍華様? そんなの神のまねごとをしているただの人間だよ」
「龍華様を馬鹿にするんじゃない!」
《ドン》と不意に姉貴に押されて、体の重心が後ろに動いていくのが分かる。
俺はとっさに近くの手摺を掴んで事無きを得た。
見上げると姉貴の姿はもうなかった。
 今まで俺は間違っていたかもしれない。信仰は姉貴の幸せではないか。
例え病気が治る――の本が嘘だとしても、好きにさせてあげたほうが姉貴の為にもいいかも。
俺は自分の意見を主張しすぎたのかもしれない。
 複雑な心持ちのまま、自分の部屋に戻り、落ちつく為に夕方に読んでいた本“聖書”の続きを読む。
しかし、家族全員キリシタンなのに、姉貴だけ聞いたこともない邪教に入信するとは。
親が知ったら卒倒するだろうな。
「アーメン」
俺は姉貴を思いながら静かに祈りを捧げた。


【完】



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