【 再会 】
◆DppZDahiPc




20 :No.05 再会 1/5 ◇DppZDahiPc:07/07/29 16:31:39 ID:QuTm8YY/
 携帯電話の着信音で目を覚ましたが、その着信音によって仕事関係でも友人でもないことを理解す
ると、携帯へと伸びかけた手が布団の上に落ちた。


 抉られる睡眠時間。金ばかりかかる外食に頼らざるを得ない生活。憧れていた職場は、ネバーラン
ドではなく仕事場でしかなかった現実。挫かれ、捻じ伏せられ、それが習慣となった現状――警察官
になることを選択した小田島功〈おだじまいさお〉の現在。
 系譜。
 警察官に憧れていた少年は、中学高校と運動部に入り身体を鍛え、大学はコネを掴むために警察官
僚を多く輩出しているところを選択し、交友を広めた。地元にあった警察学校に入った彼は、順調に
階段を歩んでいた。
 一歩/一歩/一歩――着実なクロック。予定していた通りに夢の舞台へと。だが彼を待っていたの
は、場末の酒場で聞くような現実〈ジョーク〉。
「本当にそんな女見ていませんよ。神に誓って」
 男の言葉に、功はため息をついた。真実を言っているかは別として、嘘を見抜く手段は幾つかある。
男の嘘は容易に見抜けた。
 近所で起きた殺人事件に関して聞き込むため訪れたアパートの住人は、やましいことさえなければ
そうする理由などないのに、功が刑事だと名乗ると、それだけで慌てた。それは予想していた反応で
はあった。目の前にいる小男が容疑者だということではない。それが当然の反応というだけだ。
 警察はヒーローではないし、大多数の市民は警察の協力者ではなく。警察は誰もやりたがらない仕
事をやらされる商売で、市民にとっては汚いものに蓋をする存在。市民が無条件で協力してくれるの
は、それが自らに関わることのみ、それ以外の場合誰も関わりたがらず、まるで嫌なものを見るよう
な視線を向けてくる。
 それが当然であり。だから警察はせめて、市民たちが邪魔してこないよう、可能な限り反感を抱か
せぬよう、できるだけ丁寧な態度を取る。
「そうですか。何か分かったら電話でも構いませんので、教えてください。――それでは失礼します」
 頭を下げると、無言で功の背後に立っていた司馬亮〈しばりょう〉へ顎を振って帰るぞと言った。
功は司馬のことが不得意だった。地元の暴走族上がりの司馬が、警察に入った理由――法の名の下に
腕力をふるえるから/刑事課きっての体力派。
 功は司馬が白いセダンに乗るのを見届けると、乗らないのかと見上げてくる司馬へ。

21 :No.05 再会 2/5 ◇DppZDahiPc:07/07/29 16:31:56 ID:QuTm8YY/
「先に帰ってくれるか」
「小田島さんはどーするんすか」訝しげな声。
 功はくいっと頬を釣り上げ、五年物の背広のポケットに手を突っ込んだ。中は煙草やライター、ボ
ールペン、携帯電話、ガムでごちゃごちゃになっている。
「この後、人と会う予定があるんだ――ああ、仕事じゃなくて、プライベートだ。課長への報告は任
せる、空振りだった、てな」
「うす」無関心な反応。
 功はセダンを見送ることはせず、直ぐに待ち合わせ場所である喫茶店へと足を向けた。
 それから少しして、セダンはゆっくりと走り始めた。


 昨日の朝にあった電話は、功の姉である恵理からのものだった。
 実家へ帰らず一人暮らしをしている功のせいだが、姉と会うのは二年前の正月以来。恵理が携帯電
話を持ったことも知らないでいた。
 それというもの功は幼い頃より実の姉のことをあまり好いてはおらず、毛嫌いしていた。――理由
チクタク人生を刻んでいく弟と違い、姉はどこか刹那的な性格だからだ。
 功が受験勉強をしている横で三歳年上の姉は、高校も大学も受験せず遊び呆け。成人式には一児の
母親として出席していた。そんな姉と同じ血が流れているかと思うと、寒気がするほどで。本当なら
ば会いたくない相手ではあったが、向こうから会いたいとわざわざ連絡してきたのを、無視すること
もできなかった。
 指定された喫茶店内に姉の姿が認められず、僅かに慌てたが。みつけると、彼の顔には嫌悪が刻ま
れ。彼はそれを隠すように笑みで繕った。
 恵理は喫煙者を隔離するためのついたてに隠れるようにして座っていた。
 姉弟は目が合うと、苦い笑みを交わした。
「それで、なんの用なんだよ。突然呼び出して」
 功は恵理と向かい合って座った。記憶の中の姉と変わらず煙草をふかす姿は重なるが、変化していた。
わずか二年、だが恵理には以前は感じられなかったほど一児の母として暮らしてきた女の臭いがした。
 根元が黒くなった茶髪はゴム紐で縛りあげられ/以前は気を配っていた化粧はただの厚塗りに/女
が母に変わったのだという実感。着ているブランドものの衣服は、醸しでる生活臭とはそぐわず、胃
のもたれるような違和感を見ているものに与える。

22 :No.05 再会 3/5 ◇DppZDahiPc:07/07/29 16:32:10 ID:QuTm8YY/
 恵理は紅が塗られて真っ赤な唇を、クリーム色の珈琲が容れられたカップに付けた。
 一瞬の間。功は姉から目を反らし、今の姉と同じくらいくたびれた喫茶店内を見渡していた――刑
事としての無意識的行動/神経質な癖。
 店内には平日昼間とあって、功たちのほかには、一組のカップルがなにやら睦言を交わし、休憩中
らしいタクシーの運転手風の男が一人新聞を読んでいるだけ。カウンターの方を見ればアルバイト店
員が欠伸を噛み殺していた。
「あのさ、ものは相談なんだけど。お金貸してくれない」直球過ぎる言葉。ある程度予想していたと
はいえ、湧き出す不快感は拭いきれそうになかった。
「なんかあったのか」
「なんかって、なに?」聞き返す姉の顔に拳を打ち込みたくなった。
「だから、なんで金が必要なのかって。あんたの娘、その、」
「亜理紗」
「そう、その亜理紗ちゃんの学費とかなら出すけど、ブランド物買う金なら渡す気はない」
 功の言葉に恵理は苦笑した――弟に嫌われてるということを再確認。
「じゃあ、それでいいからお金頂戴」
 姉の態度に功は言葉もなく、さっさと話を終わらせることにした。
「いくら」
「ありったけ」即答。「できるだけ多いほうがいいかな」
 包み隠さず要求してくる姉に、不快感も増したが。それ以上に疑問が肥大化した。
「今は、二万くらいしか財布に入ってないけど。それで足りる?」
 恵理は僅かに唸って。「できればもう少し、欲しい」疑問が増大。――何故金が必要?
 娘のことならば、包み隠さずに言ったほうが功から搾り取れる金は増す。それが真実ではなくとも、
真偽を確かめるほど姉とは関わりたくない功にとっては変わらない。金が多く欲しいなら、少しの嘘
をつけばいいだけだ。そして功から見た姉は、嘘をつくことへ躊躇のない人間、そう考えていた。
 だが、姉は何かを隠している様子だが。安易だが効果の大きい嘘をついてこなかった。
 疑問――姉に対する、違和感の正体/姉が隠していること。二年も離れて暮らせば、肉親であろう
と、その考えが読めなくなる。二年――その時間で、恵理は下手な嘘をつかない人間になった? ―
―考えを直ぐに否定した。
 たとえこの二年になにがあろうと、その本質は変化しない。今、読めなくなっているのは性格では
なく、恵理が置かれた状況。

23 :No.05 再会 4/5 ◇DppZDahiPc:07/07/29 16:32:26 ID:QuTm8YY/
「一旦家に帰ってからでいいなら、もう少し用意できるけど。いくらいるんだよ」
「できるだけ多く」恵理は先程と同じ言葉を繰り返した。
「具体的に。まさか、貯金全部寄越せとかいうわけじゃないよな」
 恵理は笑った。昔のような華やかさのないくたびれた笑み。好きではないはずなのに、その笑みを
見て功は恵理に疑問――いや、心配になった。
 どんな状況でも気楽に笑う、享楽的でもいうほど能天気/幼いまま身体だけが大きくなってしまっ
たかのような恵理が初めて見せる、所在無い、不安げな繕いの笑い。
 功はスラックスの尻ポケットから財布を投げ出し、姉を睨みつけた。
「言えよ」
「だから、大したことじゃないし」
「なら言えるだろ」刑事として重ねてきた歳月分だけ、重み+強さがブレンドされた声。
「俺たちは、ムカツク話だが。姉弟なんだよ。あんたがしたことの責任は俺にも多い被さってくる。
だから教えろよ。なにしたんだ。何するきなんだよ」最後には殆ど叫んでいた――喫茶店中の視線を
受け、功は咳払いした。「教えてくれよ。頼むから」
 功の言葉に、恵理は焦点の合わない瞳で答えた。
「亜理紗の父親のこと覚えてる? ほら、私が高校生だった頃付き合ってた」
「いや……」と首を振りかけて、功は思い出した。「ああ、でもあんた俺たちに何も言わなかったろ」
「そうだね。ちゃんと相談すればよかった」
 運ばれてきたまま放置していたブレンドは、既に冷めていた。功はそれを呑み、唇を湿らせた。
「それで? そいつがどうしたんだよ。金でも要求してきたのか」
「半分正解」恵理は首を横に振った。「あいつ、復縁しようって迫ってきたの。妊娠させてほっぽり
出してたくせにね」恵理――自嘲気味に告白。「しかも今、無職だって、だっさいよね」
「断ったんだろ? ならなんで金がいるんだ」
 功の言葉に恵理はため息/何かを諦めたように遠くを見つめて言った。
「あいつ。結婚しないなら、金寄越せって言った。そんな金ないって言ったら、私と亜理紗に一生付
きまとうって言って。亜理紗殴ったの。初めて会ったとはいえ、自分の娘なのに……言うこと聞かな
いと、もっと酷いことするって言ったの。だから……だから、私」
 その先の言葉を予想し、功の顔から表情が消えた。恵理は虚ろな目で空ろな言葉を吐く。
「あいつ、殺した」恵理――まるで今日の夕飯の献立をいうよう「だから逃げるの、警察に捕ま
らないように、遠くに遠くに。だからお金、ちょうだい」

24 :No.05 再会 5/5 ◇DppZDahiPc:07/07/29 16:32:44 ID:QuTm8YY/
 功は冷め切った珈琲を飲み干すだけの時間を置いた、時間が必要だった。
「言いたいことは分かった、自首しろ。嫌だっていうのなら、俺があんたを逮捕する」刑事としての
判断「今ならまだ罪を軽く出来る」
 恵理は顔を歪め、首を横に振り、功の財布を掴むと椅子から立ち上がり。走って逃げ出そうとした
――が。喫茶店の前には白いセダンが停まっていた。店から飛び出した恵理が屈強な男の胸板に弾か
れ、尻餅をついた。
「小田島さん、この女性、貴方の姉の小田島恵理さんで間違いないですね」司馬の声。
「ああ」功は頷いた。
 恵理は二人の会話から、現れた屈強な男――司馬の職業を理解してしまった。
 司馬は背広の内ポケットから一枚の紙を取り出し。
「小田島恵理さん、貴女には瀬田恭平さん殺害の容疑が――」
「待て」功は後輩刑事の宣誓に割り込み、言った。「そいつは今から自首するところだったんだ、署
まで行くところで偶然会った。そいつは反省しているし、罪を償う積りがある」
 功の言葉に司馬は元より、恵理が驚いた。「功……」
 功は小さく舌打ちすると。
「どんなにクソでも、あんたは俺の姉さんなんだ。あんたは好き勝手生きて、好き勝手死ねばいいか
もしれない。でもな、それじゃあ俺が困るんだよ。あんたが人殺したまま逃げたら俺の出世に響くし。
それに亜里沙ちゃんどうするんだよ、母さんたちだってもう若くない。俺が面倒見るしかなくなるだ
ろ。……大体、なんで相談してくれなかったんだよ。言えよ、それくらいのこと……くそっ。自分が
やったことくらいキチンと責任とれよ、姉さん」
 感情のまま叫んだ功を見つめて恵理は小さく掠れた声で「ごめん」と呟き、直ぐに以前と変わらない
能天気な笑みを浮かべて言った。
「功」
「……なんだよ、姉さん」
「亜理紗のこと、お願いね。あの子、母さんたちに懐いてくれないのよ」
 恵理の言葉に功は頷いた。「分かったよ、姉さん」
「お願いね」恵理はそれだけ言うと、司馬のほうを向き直り。「じゃあ、警察署まで連れて行っても
らえますか」
 功は姉と後輩刑事の背中を見送りながら、視線を右往左往させるアルバイト店員へ向け言った。
「珈琲もらえますか、飛び切り酸味の効いたやつ」



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