【 「満ち足りた生活」 】
◆ZRkX.i5zow




7 :No.02 「満ち足りた生活」 1/3 ◇ZRkX.i5zow:07/07/28 18:31:17 ID:5eKv7QSC
「さて」
 姉がこの家を出ていく事になった。
「じゃあねぃ、二人とも仲良くしろよ、またたまに帰ってくるからねん」
 俺達の頭を両の手でくしゃくしゃと撫でまわすヒカリ姉ちゃん。
 そのままその手で、衣類が入ってるのだろう紙袋を持ち上げて、開けにくそうにドアノブを回しながら出て行った。
「はぁ、明日から二人……」俺と一緒に頭を撫でられたサクラが誰に言うでもなく呟く。そのまま自分の部屋に戻って
いってしまった。
 ヒカリ姉ちゃんを外まで見送らなくても良いのかとも思ったが、たかが姉が独り立ちをするだけ、
しかもここから電車で三十分くらいの近さなのに、そこまでするのはなんだか変な気もしたし、でも明日からいつも同じ飯を
食べていた人がいなくなるのも寂しい。結局、認めたくなかったのだと思う。
 でも、それはいいとしよう。こんなこと言っては薄情かもしれないが問題は違う所だ。
 明日から誰が飯を作るのか。うちの両親は共働きで夜遅く帰ってくる事が多々ある。そして俺は多少の家事は出来るが
料理まではしたことがない。ましてや今は夏休み。これからインスタントの割合が増えると思うと、少し憂鬱だった。
「で、あんた、料理作れるの?」
「うわっ!」
 戻ったと思っていたサクラが俺の真後ろに立っていて、思いもよらぬ呼びかけに思いもよらぬ声が出てしまった。
「何してんの、バカ」
「そ、そっちこそ」
 はぁー、とため息をつくサクラ。
「作れないんだろうなぁ」
「……お前もじゃないの?」
 しかし俺の反応には応えず、どうすんだよとひとりごとを言っている。
「っていうか、アタシ、明日出かけるんだった」
「……あっそう」
「だから一人寂しくコンビニ弁当でも食べてろよ」
「……そう」

8 :No.02 「満ち足りた生活」 2/3 ◇ZRkX.i5zow:07/07/28 18:31:33 ID:5eKv7QSC
 次の日。
 サクラは言っていた通りに朝早くから出て行った。いつもならもう一人、朝からバタバタする姉がいたのだが。
 特に予定も無く、遊ぶつもりもない俺は何もせずにボーっと甲子園のテレビ中継を見ていた。高校球児たちは
もうでっかい照明で照らされている。遅くなるとか言ってたサクラに、俺は早く帰って来いという義理もなく、
いつもなら仕事から帰ってきていたヒカリ姉ちゃんも今日からいない。部屋の灯火はここだけで、どことなく
違う家に見えてしまった。
 昼は冷凍庫に入っていたお好み焼きを食べたのだが、冷凍食品はどうやらそれで終りで、もうちょい俺達の事を
配慮してくれても良いんじゃないかと両親を恨みつつ、蕎麦でも買おうとコンビニに行く。朝は母さんの作り置きで
事足りるにしても、やはり昼と夜はどうしようもない。サクラは当てにならないし、アイツだって当てにされたくないだろう。
 ……誰か暇な奴はいないだろうか。
 取り出した携帯の画面を睨む。電話帳一覧。四二人。
「……やめよう」
 騒がしいのはノれるが、しかし夜遊びというのはどうも苦手だ。飯食うにしてもそれだけというのもオヤジ臭い。
必ず何処かに連れまわされて騒ぐだけだ。
 コンビニはやはり便利だ。大切なモノはなくなって初めて価値に気付くなんてよく言うけれど、姉の存在も
そうなのかもしれない。コンビニと同じで、いざと言う時に困ってしまう。……これはあくまで飯の話。
 明日明後日の分もまとめ買いをし、一日たった十五分という外出時間に自分で悲観しつつ、家に帰ってすぐに
買ってきた蕎麦の封をあける。テレビをつけなおすと球児達が泣いていた。
 それから何時間もテレビを見ていたが、何か暇だ。宿題をやるにしても暇だと言うだろうし、本を読んでたとしても
暇だと思うだろう。毎日毎日ホームドラマみたいな事をしてた訳でもないのに、何故こうも虚無感が俺を襲うのだろう。
 まだ夜は長いのだが、俺はもう布団に入る事にした。歯をみがくのも忘れて、俺は眠りについた。

9 :No.02 「満ち足りた生活」 3/3 ◇ZRkX.i5zow:07/07/28 18:31:46 ID:5eKv7QSC
「昨日、飯どうした」母親作り置きの冷たい朝食を二人でつつきながら、俺はサクラに訊いた。
「食べてきた」
「ふうん」
 予想通りの進行をしたあと、話は途切れる。なんとなく気が重い。まあこれは俺が勝手に感じているだけで、
サクラにはいつも通りの朝なのだろう。ふと思いついて、サクラに聞く。
「なぁ」
「何?」
「今日も、出かけるの?」
「いや」
「じゃあ、留守番よろしく」
 それだけ言って、食器を台所につけた。
「どこ行くの」
「遊びに」
 嘘だった。本当は暑い日に遊びに行きたくなかったし、面倒な気持ちが強い。図書館にただの暇つぶしだ。
夏休みというのに図書館とは寂しい気もしたが、涼しい室内には変えられない。
「……雨降ってるのに元気ね」
「え?」
 呆気にとられてベランダに出てみると、確かにしとしとと雨が降っている。
「……やっぱやめよう」
「勝手にしたら」ふん、と鼻で笑い、俺に流し目。「どうせ遊びに行くなんて嘘でしょう?」
「そんなことないさ」
「そう? じゃあ、何食べるの?」
「焼きそば」俺は昨日買い置いていたのを思い出す。もうすでに出来ていて、暖め直すだけのやつを。
しかしサクラは冷蔵庫の中や引き出しの中をゴソゴソと覗いた後、小さな用紙に何かを記し、俺にこう言ったのだった。
「じゃあコレ買ってきて」
「え?」
「たまには姉らしい事、してあげる」

(終)



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