【 プラトニックラヴに長い夜は必要か 】
◆KARRBU6hjo




80 :No.20 プラトニックラヴに長い夜は必要か 1/5 ◇KARRBU6hjo:07/07/22 23:42:51 ID:GvVVMK6k
 多くの健全な恋人たちには、長い夜が必要である。
 誰が言ったか知らないが、寧ろ誰も言っていないのかもしれないが、兎に角、それが事実なのは確かな事だ。
 ましてそれが、一室に二人で同棲中の恋人同士ともなると、尚更である。
 夜ともなれば、こう、色々と。
 いちゃいちゃにゃんにゃんと、それっぽい行為に耽るはずなのだ。
 そう。
 健全な恋人同士なら、である。
 しかし残念ながら、非常に、非常に残念ながら、我らは健全ではない。
 いや――なら不健全なのかと問われると、寧ろ逆に、健全過ぎるほどに健全なのだが。
 もう二十を超えたこの歳にして、既に社会人をやっているこの歳にして。
 私と彼女は、未だにプラトニックラヴを貫いているのだった。

 目の前で同僚たちが互いに目を見開き、顔を見合わせるのを見て、ああ、これは失敗したな、と私は考えた。
 早くも後悔の念が込み上げる。私は何をやっているのか。何故このようなことをこんな男たちに話しているのか。
 何時何人に見せてもイケメンと言われるであろうツラをした同僚が、信じられないという様子で叫ぶ。
「じゃあお前、二年間、本当に何もなかったっていうのか!?」
「ああ。ない。全くもって何もない」
 私がもう完全に温くなったビールをちびりと飲みながら言うと、同僚たちの間に波紋がざわざわと広がっていく。
「マジかよ」「信じられん」「だって同棲だろ?」などという声があちこちから聞こえてくる。
 私にも半ば信じられない。成人男性として、よく考えたらこれは異常な事態である。
 何だか彼女が我々とは全く別の存在のように思えてきて、私は何かを捨てたような気持ちになった。
 ここまで来ては最早後戻りは出来ぬ。
 取り合えずその場の処置として、「アイツ不能なんじゃね?」と抜かした同僚を全力で張り倒して置いた。

81 :No.20 プラトニックラヴに長い夜は必要か 2/5 ◇KARRBU6hjo:07/07/22 23:43:12 ID:GvVVMK6k
 そもそも、どういった経緯で私はコイツらに彼女と性事情を漏らすなどという大失態を犯したのだろうか。
 まず、この場は会社の飲み会の席である。
 一つ、峠とも言える大きな仕事が片付いた事を祝して行われたこの飲み会は、通常よりも遥かにハメを外されて実行された。
 無論私も例外ではない。何時もは飲まないうような酒を浴びるように飲み、気が付いたら口が滑っていたのである。
 確か、始めは全く意味のない無駄話だった筈だ。
 誰かが「彼女の腋が酷く臭う」という話を愚痴り出し、それがいいんだろうがと誰かが意外なフェチズムを晒し、
 臭いというならばと誰かが食事中にはとても出来ないような性癖を語り始め、それを誰かが殴り飛ばし――――
 ああ、そんな下ネタ空間の中で、私はつい、日々の鬱憤を漏らしてしまったのだ。
 お前ら、存分に息子の世話が出来るだけありがたいだろう、と。

 私と彼女が同棲を始めてから一年が経つ。付き合い始めてからは二年だ。
 まぁそこそこに長くやっている方だと思うのだが、未だに私と彼女との間には性交渉がない。
 無論、私が不能な訳ではない。私の息子は至って健全である。
 時には望んでもいないのにハッスルする事もよくあるヤンチャボーイだが、どこに出しても恥ずかしくは無いだろうと自負出来る自慢の息子である。
 問題なのは彼女の方だ。
 彼女について私が語れば、恐らく惚気のバーゲンセールになると思うのでこの場ではあまり語らない事にして置く。
 まぁ、様々なロマンスが右翼曲折の末にあったのだ。
 恐らく一連の話を一冊の本にすれば、ベストセラーとして多くの読者が感動のあまり咽び泣き裸踊りをする事は間違いがない。
 だが、悲しいかな、その感動的なエンディングの後、
「結婚するまで、エロい事は禁止です」
 彼女からこんな宣言を受け、当時浮かれていた私は、瞬時に絶望の淵へ叩き落されたのだった。

82 :No.20 プラトニックラヴに長い夜は必要か 3/5 ◇KARRBU6hjo:07/07/22 23:43:33 ID:GvVVMK6k
 そうして、二年間である。
 私たちは互いに触れる事すらほどほどに、緩すぎる程に緩く過ごしてきた。
 尤も、それは見かけだけの話である。私も列記とした成人男性である以上、人並みの性欲は有している。
 最初の頃はまだ何とかなってはいたのだが、同棲してからは言わずもがなである。
 背中に固定された釣竿で餌を釣るされている動物の如く、私は常に悶絶していた。
 彼女と共に過ごす夜は果てしなく長い。
 読んでいる本を横から覗き込んでくる彼女、共にテレビを見ている時に微かに寄りかかって来る彼女、すうすうと安らかに寝息を立てている彼女。
 それら全てに手を出す事は出来ない。
 何とも酷い生殺しである。そしてエロ禁止令が出ている以上、迂闊に自慰をする事も出来ない。
 以前に一度、半ば無理矢理に彼女を押し倒そうとした事もあった。
 だが、その際、彼女は滅茶苦茶本気で抵抗した。全力で暴れられ、股間を蹴り上げられた。
 さらに悲鳴を聞きつけた隣人により警察を呼ばれ、脂汗を掻きながら股間を押さえている痴態を目撃された私は、もう二度とこんな暴挙には出ないと心に誓った。
 因みに、隣人が聞いた悲鳴は私のものである。

 だが、そこまでされていなくとも、私は最後まで出来なかったに違いない。
 私は嫌がる女を力ずくでねじ伏せるとか、そんな嗜好を持っている訳ではない。
 あんなに悲しそうに泣かれては、いくら息子が元気に暴走しようとしていても、瞬く間に萎えてしまっていただろう。

 大分話が反れたが、そんな訳で、私は毎日、彼女の隣で、長い長い夜を悶々と過ごさなくてはならないのだ。
 結婚をすれば先へは進めるのだろうが、それはまだやっていく自信がない。
 プラトニックラヴと言えば聞こえはいいだろう。
 だが、付き合わされる方の身としては、泣きたくなる程に辛く切ない毎日だった。

83 :No.20 プラトニックラヴに長い夜は必要か 4/5 ◇KARRBU6hjo:07/07/22 23:43:47 ID:GvVVMK6k
 語り終える。話を聞いていた同僚たちは、難しい表情をして黙り込んだ。
「……なぁ、なんでお前、そんな女と付き合ってるんだ?」
 イケメンの同僚が言った。
「貴様には分かるまい。強いて言うならば惚れた弱みだ」
 今まで少しずつ飲んできたビールを一気に飲み干す。
「別れたら多分、私は終わる」
「それでも、あえて言わせてもらうけどよ」
 イカのから揚げを手に取り、齧りながらイケメンは言った。
「お前ら、本当に付き合ってるのか?」
「……何だと?」
「聞いてる話だと、何か、一緒に住んでるだけー、って感じがするんだが」
 微妙に私を気遣うようなイケメンの言葉に、同僚たちは一斉に頷く。
「お前、騙されてないか?」

 私は彼女が行為をしたがらない理由を知らない。
 聞く度にはぐらかされて、最早、聞かないのが暗黙の了解のような状態になっている。
 確かにかつて、私と彼女との間にはロマンスはあった筈だ。
 それによって私たちは付き合い始め、現在では同棲もしている。
 だが、私たちはエロい事もしないし、軽くいちゃいちゃもしない。
 果たして、私たちは本当に恋人同士だったのだろうか。
 あの出来事の残滓で、ただ何となく、ごっこ遊びを続けているだけではないのか。
 彼女が行為を嫌がるのも、本当は。

 飲み会が終わり部屋に着くと、彼女はテレビを見ながら私の事を待っていた。
「おかえりー。お風呂沸いてるよ」
 彼女はこちらを見ずに、深夜の通信販売を興味深げに覗き込んでいる。
 そう言えば昔から彼女は変わったものが好きだった。
「ん? どしたの?」
 私が黙って突っ立っていると、ようやく彼女は振り返った。

84 :No.20 プラトニックラヴに長い夜は必要か 5/5 ◇KARRBU6hjo:07/07/22 23:44:01 ID:GvVVMK6k
 先に風呂に入ったらしく、微かに髪が濡れている。彼女が入った後の風呂に入るのも、最近は慣れてきていた。
「――なぁ、私たちは、付き合っているんだよな」
「うん。そうだよ?」
 突然の私の問いに、彼女が怪訝そうな顔で答える。
「恋人なんだよな」
「うん。どうしたの? いきなり」
「いや……」
 飲み会の席で言われた事がぐるぐると頭の中を反響する。
 そんな私の感情を知ってか知らずか、彼女は私の顔を覗き込んできた。
 視線が交錯する。私が慌てて目を逸らすと、彼女は少しむっとしたような表情で、私の顔を押さえつけた。
 何とも言えない感触。かちんと微かに音が鳴る。歯が当たった音だった。
「――あ」
「続きは、結婚してからだからね」
 彼女はそう言うと含むように少しだけ笑う。
 そうして、そそくさと寝室へ向かっていった。

「…………、うああ」
 私も多分、彼女に相当毒されているのだろう。
 顔が限界まで赤面しているのが、自分でも分かる。
 キスなんて、初めてという訳でもない筈なのに。
 寝室から、微妙に「きゃー」とか言う声が聞こえてきて、私の頭はさらに沸騰した。
 おい、なんなんだ、これは。
 私は一体いくつなんだ。
 というか、我々は一体いくつなんだ。
 取り合えず今日もまた。
 長い長い、眠れない夜になる事は、確かなようだった。

 終。



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