【 雪と春笑顔 】
◆InwGZIAUcs




70 :No.18 雪と春笑顔 1/5 ◇InwGZIAUcs:07/07/22 23:28:54 ID:GvVVMK6k
 今年の冬、僕は父さんの実家がある山奥の村に行くことにした。
 年始めに親戚が集まって、新年の挨拶を交わす顔合わせを毎年行っているらしい。雪深い山奥にあるから、
僕は今まで行ったことが無かったけど、今年は父さんのお父さん、つまりお爺ちゃんが亡くなった
事もあって、お父さんは実家に顔を出さなければいけないそうだ。
 そう、僕はお年玉目的で父さんの実家に行くことにした。この機を逃す手はないだろう。
 三日間山の家で過ごすだけでお金が貰える……なんて黒い計算をしながら、僕は父さんの車に乗り込んだ。
「大人しくしていなきゃだめだぞ?」
 父さんの言葉に逆らう気は毛頭無い。お年玉さえもらえれば。


 高速道路を走ること一時間。景色は段々と雪化粧した山々が見え始め、路肩に寄せられた雪の壁が
車の半分の高さになった頃には、全てが柔らかそうな真っ白い雪で覆われていた。
「もう着くぞ」
 父さんの言葉に少なからず緊張する。そう、これから行く所は父さん以外見知らぬ人なのだ。
 でも、沢山の雪で遊べるかと思うと、緊張半分、期待が半分といったところかな。
 しかし案の定、実家に着いて早々、見覚えのない親戚のおばちゃんやおじさん達に囲まれてしまった。
「おお、大きくなったな! 覚えてるか?」「覚えてないだろに」「お父さんそっくりね」
 などなど……僕は愛想笑いで誤魔化していたけど、正直疲る。大人達はお酒も入っているようで、
尚たちが悪い。しかし、酔っぱらい達の気前はとても良く、あっという間に毎年もらうお年玉の
金額を超えてしまった。それだけに、愛想は最後まで良くしておかないと、何となく気まずい。
 しかし限界は訪れるもの。そろそろトイレとか言って抜け出すかと思った頃、ようやく助け船が入った。
「じゃあ父さん達は話があるから、夕子ちゃんと遊んでいなさい」
 親戚一同から解放された僕は、父さんに言われたとおりその夕子って子を探すことにした。
 父さん曰く、この家に住んでいる弟家族の娘だそうだ。つまり僕の従姉妹……同い年らしい。
 どんな子だろうか?


 無駄に広い家を歩き回っていると、こんなに寒いのに縁側で座っている少女の横顔を見つけた。
 多分彼女が夕子だろう。
 ……いや、違う?

71 :No.18 雪と春笑顔 2/5 ◇InwGZIAUcs:07/07/22 23:29:12 ID:GvVVMK6k
 そう思ったのは、彼女の顔をハッキリ見た時だった。彼女はとんでもなく綺麗な女の子だったのだ。
同い年の女の子に可愛いと思うことはあっても、綺麗だと思った事は今までなかったから……。
 何となく緊張してしまう……だけど、物は試し。確かめよう、僕はそう自分に言い聞かせた。
「あの、夕子……さん?」
「……誰?」
 やはり夕子だった。こんな綺麗な子が同い年か。
「えと、僕は健太っていいます。父さんの、えとつまり、この家の爺ちゃんの息子の息子……あれ? あってるよな?」
 後半はぶつぶつ独り言になってしまった。この癖は直さなければ、完全に怪しい人だなあ。
 ようやく彼女はそんな僕に目を向けた。正面から見た彼女の澄んだ瞳に思わず目眩を覚える。
「とにかく、君は僕の従姉妹らしいんだ……よろしく」
「私は夕子……よろしく」
 彼女は驚く様もない。ただ鈴のように小さく、淡々とそう言った。
「んーもし良かったら外で遊ばない? こんな雪見たのは初めてなんだ」
「……外は嫌」
 夕子は寂しげに空を見上げた。僕もつられて空を見上げる。厚い雲に覆われた寒空は今にも雪が降り出しそうだった。
「じゃあ中でゲームでもする?」
「……うん」
 ゆっくり立ち上がる夕子と僕は部屋の中へ戻ることにした。


 夕子はとても綺麗だ。
 癖のない前髪も後ろ髪も、日本人形よろしく切り揃えられている。都会では中々見かけない髪型だった。
さらにその細腕は雪のように白く、僕はゲームしている間ドギマギし続けた。
 が、しかし。
 ドギマギしていたのはモノの五分のこと。彼女はめちゃくちゃゲームが強かった。
 手始めにやったのがぷよぷよっていうパズルゲーム……。
 多少存在していた僕の自信は呆気なく粉砕されてしまう。
「なんでそんなに強いの?」
 思わず聞いてみた。
「ひきこもりだから」

72 :No.18 雪と春笑顔 3/5 ◇InwGZIAUcs:07/07/22 23:29:27 ID:GvVVMK6k
「え? 外で遊んだりしないの?」
 雪があるのに勿体ないと思ってしまう。
「私……雪女だから……」
 真顔で言う彼女に突っ込んでいいものかどうか迷ったけど、
「そっか」
 流しておいた。


 次の日も空は曇っていた。
「今日こそ外の雪で遊ぼう!」
 僕は夕子を誘った。一人で雪遊びはなんだか盛り上がらないと思ったし、彼女とも仲良くなりたかった。
「嫌」
 半眼でバッサリ切られる。そういえばこの子は笑わないのかって程無表情だな。
「なんでさ?」
「言ったでしょ? 私雪女だから」
「意味が分らない? どういうこと?」
「私が外に出てるとね、雪が降ってくるの」
 僕は彼女の言っている意味が分らない。とにかく――
「偶然だろ? 今外にでてみれば分る!」
「きゃ! ちょ、ちょっと……」
 僕は彼女手を引っ張り、無理矢理外に連れ出す。
 気まずい沈黙の中、僕は空を見上げながらずっと夕子の腕を掴んでいた。
 彼女はしばらく家に戻ろうと僕の腕を引っ張り返していたけど、しばらくして諦めたのか彼女も同様に空を見上げる。
 しばらくして……本当に雪が降ってきた。
「ほらね……」
 僕はそれでも黙ったまま空を見上げていた。
「曇ってる日は確実に振ってくるよ? なんだろうね……空に嫌われてるのかな」
 雲の切れ間から覗く太陽の日に雪が反射している。綺麗な、綺麗な雪だった。
「綺麗な雪だね……雪は仲間だと思ったんじゃないかな……だってこんなに夕子は雪みたいに綺麗だから……」
 僕は空を見上げたまま呟いた。

73 :No.18 雪と春笑顔 4/5 ◇InwGZIAUcs:07/07/22 23:29:41 ID:GvVVMK6k
 へ? 呟いた? 僕が?
 俺は慌てて掴んでいた夕子の腕を外し頭を抱えた。
 夕子は赤くなって俯いている。
「な、何? 急に」
 うわあああああああああああああああ! ですよね! ですよね! 僕もそう思います!
 だからふと思った事を無意識で口にする癖は直しておくべきだったんだ!
「いや、その、なんつーか――」
 と、その時だった。家の前の道で立っている僕達と向かいあう様に三人組の少年達が歩いてきた。
 恐らく僕達と同い年くらいだろう。
「おい雪女! お前なんで外に居るんだよ!」「雪かきする身になれっての!」「家で大人しくしてろ!」
 どうやら夕子と知り合いのようだけど、すれ違いざまにそれぞれが怒鳴りつけていく。
 僕も睨み付けられて竦んでしまったが、小刻みに震える夕子を見た時、僕の中で何かが弾けた。
「お前ら!」
 自分でも驚く声の大きさだった。
「夕子はな! 夕子はな! ……雪女なんかじゃない!」
 向こうもいきなり怒鳴りつけられてたじろいでいる。今のうちに……あれ、僕何が言いたいんだっけ?
 頭が、それこそ雪の塊に押しつぶされたように真っ白になって全く働かない。
 ……だからこんなワケの分らない事を叫んでしまったんだ。

「夕子は……雪少女だ!」
 
 山肌を下る今期一番の寒風は、今間違いなくこの場を通り抜けただろう。
「いや、雪女って表現だと、冷たい女の人ってイメージあるし……ほら、この通り夕子は女の子だし……」
 言い訳は自分の首を絞める事と同じだって偉い人が言ってた気がするけど……この時初めて身に染みた。

「く、くく……あははははは!」

 凍り付いて固まったその場を溶かしたのは、夕子だった。
 夕子がお腹を抱えて笑っている……その様に少年三人組はびっくりしているようだ。
「おい、夕子が」「ああ、笑ってる」「……うん」

74 :No.18 雪と春笑顔 5/5 ◇InwGZIAUcs:07/07/22 23:29:56 ID:GvVVMK6k
 何かいたたまれないのか、彼らはばつが悪そうに去っていってしまった。
 というか僕も驚いている。何がそんなに面白……いや、面白かったのだろう。ああ、僕は何がしたいんだ。
「ははは、健太、君て、変な人だね」
 長いまつげに涙をつけて、彼女はしばらく笑い続けた。
 雪はいつの間にか止んでいた。


 次の日の昼、僕は帰るための準備をしていた。
「帰るんだ?」
 不意にかけられた声に振り返ると、そこには夕子が立っていた。
 昨日笑われて以来、なんとなく恥ずかしくて顔を合わせていなかったから、僕は思わず緊張してしまう。
「うん。また来年かな?」
 それでもなんとか平然を装って応えることができた。でも、自分で言った言葉に酷く寂しさを感じる。
 僕は夕子の手伝って貰い、荷物を父さんの車に押し込んだ。
 帰り際、夕子は窓越し僕にこう言った。
「あのね、ありがとう」
「あ、うん。こちらこそありがとう」
 夕子のありがとうの意味はよく分らなかったけど、僕は見えなくなるまで彼女の顔を見つめて手を振り続けた。
 それは、この三日間で初めて見た夕子の暖かい、可愛い笑顔だったから……。
 
 
 新学期。学校が始まって、久しぶりに友達と会って、分ったことが一つある。
 なるほど、そういうことか。
 やはり夕子は雪女、いや雪少女なのかもしれない。
 僕は以前好きだった女の子に高揚感を感じなくなってしまったのだ。
 夕子はあの時、あの笑顔で僕の心を凍らせていった。
 自分以外誰も好きにならないように……なんて思い上がりだろうけど。
 ああ、早く来年にならにかな。

 終わり



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