【 聖六弦・グレッチ -いつかの67に捧ぐ- 】
◆QIrxf/4SJM




65 :No.17 聖六弦・グレッチ -いつかの67に捧ぐ- 1/5 ◇QIrxf/4SJM:07/07/22 23:25:38 ID:GvVVMK6k
 相変わらず彼はピザ屋であることに誇りを持ち続けていたが、私は十分に満足していた。
 私の持つパイロキネシスが、ピザを焼くのに役立つわけではなかったし、彼もそれを望んではいなかった。
 ミッキー・ダックを殺した夜に、小さな恋のメロディという映画を見た。そして、何食わぬ顔をして、彼の店でウェイトレスの真似事をした。いつものことだ。
「パンを焼く香りに似てる」
 作業着は、洗っても焦げ臭さが取れなかった。今では、コーヒー・ショップの店員が、絶えず香ばしい匂いを放っているのと同じようなものなのだと諦めている。
 私は、依頼されれば何かの要人を暗殺するし、金を渋る依頼主を焼殺することもある。気に入らない政治家などは、直談判してみて、命乞いをしたら殺すようにしている。
 後は、朝にトーストを焼いたり、洗濯物を乾かしたりする。パイロキネシスなんて、その程度のものだ。
 割れた窓ガラスと、壁中にびっしり施されたポップな落書きが名物のこの町では、勝手気ままに生きることができる。そして、彼のピザ屋もこの町にある。
 トカゲの入ったテキーラをラッパ飲みしながら歩く。彼の名はロメオ。
 何の装備もなしにこの町を歩けば、すぐに身包みをひっぺがされて、賄賂によって成長した尊大な保安官のお世話になることだろう。私のパイロキネシス、彼のテキーラ――。
 私は今も、ピザやドリンクを運び、フロアを掃いて会計をしている。
「センスの無い単車乗りばかりだ」とロメオは言った。
 いかにも真昼の荒野をチョッパーでブッ飛ばしてそうな連中が、この店の四つしかないテーブルのうち二つを占領している。常連だった。
「イージー・ライダー、私の神様」
「あれは映画だろう。実際の単車乗りなんざクズだ。チーズの上に乗る資格もねえ」これは彼なりの褒め言葉である。
 ロメオは朝っぱらからウィスキーを飲み、赤い鼻をしてピザを回していた。
 もちろん、ピザを回すときにかける音楽といえば、とっておきのサングラスをかけたパンクスの兄ちゃんが、巨大で真っ赤な左ハンドルのオープンカーを運転しながら、右に広がる美しき海に対して「やれやれ」と呟くような情景の似合うドライブチューンである。
 私は彼に言われて、ピザ一枚とコーラを四杯運んだ。
「姉ちゃん、今度一緒にビールでもどうだい?」スキンヘッドの単車乗りが言った。
「世界が終わるまで待っててくれる?」と私は答えてやった。
 素晴らしきこの日常。赤々と照らす夕日を背に、単車乗りたちはどこまでもチョッパーをブッ飛ばし続けるのだろう。何にも頼らず、金も必要としない。自然の掟の中で生きるケダモノの世代だ。
 厨房に戻った私は、飛び交うハエを焼き殺し、ホールを掃いて綺麗にした。
「今日は、仕事は無いのか?」と彼が言った。
「どうやら、今入ったみたいね」私は肩を竦めた。
 ドアから、慌しげに男が一人、飛び込んできたのである。
 男は私の同業者のスパゲッティ・ヘアー。七つの海をモチーフに二週間も洗っていないというその髪の毛は、もはや腐臭にも似た臭いを放っていた。だが、彼には悪気が無いのだから責められない。
「助けてくれ!」とスパゲッティ・ヘアーは言った。「スカンクの奴が、罠に堕ちたんだ!」
「あんた、いくら出してくれるの?」
 ミッキー・ダックのような裏切り者ならば助けようとも思わないが、スカンクはただの礼儀知らずでしかない。憎めない奴だった。

66 :No.17 聖六弦・グレッチ -いつかの67に捧ぐ- 2/5 ◇QIrxf/4SJM:07/07/22 23:25:55 ID:GvVVMK6k
「俺は、あいつに借りがあるんだ!」
 スパゲッティ・ヘアーは頭を掻き毟った。フケが舞い、悪臭が漂う。
「てめえ、ピザがまずくなるじゃねえか!」単車乗りたちがブチ切れる。
 私は彼らを目線で抑えた。「スカンクを助け出してやるから、あんたはその髪を洗うこと。金は後払いでいいわ」
 スパゲッティ・ヘアーは、生唾を飲み込んで頷いた。「彼は俺の友達―――」
「まあ、これでも飲みな」ロメオが三倍に薄めたコーラを差し出した。
「ありがとう」スパゲッティ・ヘアーはぐいと飲み干した。「ヤツがアラスカから帰ってきたんだ。俺たちは会いに行ったよ。憧れのチェーンソーにな」
 私は全てを把握したような気がした。つまり、アラスカ帰りのチェーンソーがスカンクを引き裂こうとしているのだ。
「ヤツに対抗できるのはあんたしかいねぇ」
 私はにやりとした。
「ミッキー・ダックは殺した。チェーンソーもきっと殺すわ」
「構わねえさ。俺は、スカンクを助け出したいんだ」
 私はロメオの方を見た。彼は藍色のシャツで手を拭いている。
「行ってきな。全てはこの街で起こったことだ」
 私は肩の荷が下りたような気がした。彼は私の理解者でもあり、街の理解者でもある。
「姉ちゃん、使いな」
 単車乗りがチョッパーのキーを投げてよこした。
「ありがとう。コーラなら、飲んでもいいわ」

 部屋に戻った私はまず、作業着に着替えた。汚れてもいい、身軽な服装である。焦げ臭さは相変わらず残っていたが、スパゲッティ・ヘアーの悪臭に比べればどうということはない。
「あんた、スカンクの居場所知ってるの?」
「チェーンソウのねぐらだよ」
「それだけ分かれば十分だわ」
 部屋を出て、借り物のチョッパーにまたがった。ゴーグルをして、エンジンをかける。
「早く乗りな!」私は叫んだ。「分かるかい? 私は殺し屋」
 改造されたマフラーが、爆音を上げた。
 途端に急加速し、鉄の塊が無秩序な道路を逆走する。
「どうするつもりだ?」とスパゲッティ・ヘアーが野暮な質問をする。
「忍び込んだり、回り込んだりなんてしないわ」私は口元をつり上げた。「正面突破。常にオーバーキル」
 私は誇りを持っている。

67 :No.17 聖六弦・グレッチ -いつかの67に捧ぐ- 3/5 ◇QIrxf/4SJM:07/07/22 23:26:11 ID:GvVVMK6k
 好き勝手に鉄の塊が暴走している巨大な道は、蜃気楼で揺れていた。
 ロメオの顔を思い出す。
 時速五百の熱風が、私の頬を掠めた。長時間乗っていられるように改造されたチョッパーは、ひどく乗り心地が良い。
 街路樹には猿がいて、流れる景色はどれも味気ない。かといって廃墟というには人の気配がした。
 途中にたくさん見えるブランキー市長の巨大なポスターは、ところどころ落書きがされていた。死ねだの、クソだの、最高の褒め言葉ばかりで埋め尽くされているものもある。
 市長は気にも留めていないだろう。仮にも、熱狂的人気を誇る無秩序の王である。
「あれだよ。チェーンソーのねぐらは」
 スパゲッティ・ヘアーの指した先には、薄汚いボロ小屋があった。
 チョッパーを小屋の近くの道端にとめた。
「ここから先は一人で行くわ」私は言った。「あんたは足手まとい。戻ってなさい」
「わかった。必ず、スカンクを助け出してくれ」スパゲッティ・ヘアーは、私の肩を叩いた。
 私は小屋の前まで歩いてきて、ドアを蹴飛ばして開けた。
「出てきな。腐れチェーンソー!」そう言って、私は人差し指の第二間接を噛んだ。臨戦態勢へと移行するときの、スイッチのようなものだ。
 真っ暗な部屋の奥から、豪快なエンジン音がした。徐々に大きくなっていく。
「誰だァ?」
 大男が、巨大なチェーンソーを抱えている。
「女か。くだらねぇ」彼は舌打ちをした。「俺はこれから、西海岸の人間どもを引き裂きに行くのさ」
 私の感情が高ぶり、体から小さな炎が迸り始める。
「私はあんたを焼殺しに来たわ」
「面白い。あんたも同業者ってことか?」
「そういうこと」私は言った。「あんた、スカンクをどうしたの?」
「奥でバラバラになって干乾びてやがるんじゃねえか?」と彼は笑った。「俺を殺してみろよ? わかるだろうぜ」
 男はチェーンソーを振りまわして飛び掛ってきた。
 私はにやりとした。「あなたも、金のためなら誰だって殺すんでしょう?」
 チェーンソーは激しく震えながら、その爆音を敵意として私に向けている。
 振り下ろされる刃を避けると、床が大きくえぐれた。
 私は炎を球状に形成して、男目掛けて放った。
「五百馬力は、人間以上のぬくもり」と彼は言って、チェーンソーの刃で火炎球を弾き飛ばす。「感情も無い」

68 :No.17 聖六弦・グレッチ -いつかの67に捧ぐ- 4/5 ◇QIrxf/4SJM:07/07/22 23:26:29 ID:GvVVMK6k
 一歩距離を取る。
「あんたに憧れる理由が、少し分かるわ」私は吐き捨てた。「法律だろうが、鋼鉄だろうが」
「そう、引き裂くのさ」彼のチェーンソーが唸りを上げる。「行け!」
 刃が、空気との摩擦で赤く光り始めた。耳鳴りのような高音を上げて、私に向かって飛び込んでくる。
「私は正気で、あんたは少しイカレてる。―――嫌いじゃないわ」
 私は口元を歪めた。正面突破する!
 右手の火力を最大限に引き出し、チェーンソーを受け止める。
「アラスカじゃあ、いろんなヤツを引き裂いてきた。が、あんたほど熱い女は始めてだぜ」彼は楽しそうに笑っていた。「めちゃめちゃに引き裂いてくれる」
「冗談で言ってるの? 私を引き裂けると思う?」私は笑った。「太陽をも溶かしてみせる」
 あたりの熱に負けて、小屋が燃え始めた。かいた汗は、音を立てて蒸発する。
「悪いわね。常にオーバーキルなの」
 熱で柔らかくなったチェーンソーの刃を引きちぎり、男の首根を掴んだ。
「死ね」
 灰すら残さず、アラスカ帰りのチェーンソーは焼失した。
 私は肩の汚れを叩き落とし、部屋の奥で腕一本を切り落とされ、気絶していたスカンクを抱えて小屋を出た。小屋はまもなく灰になった。
 私の歩いた後には、灰しか残してはならないのだ。

 ロメオのピザ屋に戻り、私はチョッパーを単車乗りに返した。
 スパゲッティ・ヘアーは声を上げて泣いた。
「なんでこんなことに!」
「バラバラにする途中だったのよ、きっと」
「止血は済ませた」ロメオは言った。「ピザでも食ってれば治る」
 作業着が相変わらず焦げ臭い。
「チェーンソーに憧れてたんだよ、俺たちは」
「わかるわ」

69 :No.17 聖六弦・グレッチ -いつかの67に捧ぐ- 5/5 ◇QIrxf/4SJM:07/07/22 23:26:48 ID:GvVVMK6k
「とてもじゃないが、近づけないと思ったさ。近づいちゃいけないってな。――スカンクは負けたんだ」
「礼儀知らずだもの、仕方が無いわ」
 私は感情を込めていない。彼はわかっているのだから、必要のない事だ。
「世話になった。金は、また持ってくる」
「待ってるわ」
 スパゲッティ・ヘアーは、スカンクを抱きかかえて店を出て行った。報酬額は指定していないが、それなりに持ってきてくれるだろう。
「疲れたか?」
 彼は私の顔を覗きこんで、とても優しい顔をした。彼の瞳はトルコ石のブルーで、コバルトブルーの心をしている。
「ピザ焼いてよ」

 次の日の新聞には、チェーンソーが私によって焼殺されたことが淡々と書かれていた。私が新聞に乗るのは、一体何度目だろう?
「おまえが有名人になる日も近いな」
「誰も、新聞なんて読んでないわよ」
 ロメオはくつくつと笑いながら、回していたピザを放り投げた。
「あの、センスの無い単車乗りたちに、コーラをサービスしてやれ」彼はそういう人柄なのだ。「それから、向かいに止まってる目障りなリムジンに、火をつけてくれ」
 私は言われたとおり、二つのテーブルを占領した単車乗りたちにコーラを届けた。
 彼らは笑顔で受け取り、私の胸を触ろうとする。
「焼くよ?」
 男たちはどっと笑った。
「姉ちゃん。今度後ろに乗せてやるよ」
「どこまで連れて行ってくれるの?」
「俺たちの国境は地平線さ」
 私は大きく笑った。この街の、この国の国境線。
 窓から視線を送って、リムジンを爆発させた。
「この街で起きたことだ」と彼は言った。
「そう、この街で起きたこと」
 私たちは向かい合って笑った。
 この街が私たちの全てだ。ブッ飛んでいて、ひどく居心地がいい。
 私も彼も、誰もがちょっとイカれているのだ。



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