【 あそぼう 】
◆xy36TVm.sw




13 :No.04 あそぼう 1/4 ◇xy36TVm.sw:07/07/22 19:31:46 ID:GvVVMK6k
 さよーなら! と独特のイントネーションで叫びながら、児童たちは我先にと教室から
出て行った。たいていの小学生にとって、放課後とは友達と遊ぶための時間だろう。
 ほとんど誰も居なくなった教室で、律子はひとりぼっちで窓際の席に座っていた。
 友達と遊ぶことって楽しいんだろうか。へらへら笑って、馬鹿みたい。
 ぺらりぺらりと中学受験用の問題集のページをめくりながら、律子はそう思う。
 私立の進学校でいじめられ、逃げるように田舎の公立校に転校した彼女の悔しさなど、
この学校でのほほんと過ごしている連中には理解できるはずもないだろうと、彼女はクラ
スメイトのことも軽く見ていた。
 このクラスは馬鹿ばっかり。
 それが律子の考えだった。
「ねぇ、りっちゃん。みんなでドッジボールやるんだけど、いっしょにやんない?」
 無遠慮な声に振り向くと、この五年三組の馬鹿筆頭がいつもと変わらない笑顔で立って
いた。にっかー、という擬音が似合いそうな表情である。
 真冬でも着てるんじゃないかってくらい半袖短パンが似合っていて、顔にばんそうこう
を貼り付けていた。名札には木下恭平と書いてある。
 小柄で、ふわふわした口調が妙に癇に障る奴だった。
「馴れ馴れしく呼ばないでよ。うっとうしいわね」
 その笑顔が腹立たしくて、睨みつけながら律子は言う。
「んー、名前もじるの嫌? じゃあ、三井だからみっちゃん」
「変わんないじゃない!」
「えー、わがままだなぁデコメガネちゃんは」
「よけい馴れ馴れしいわよ!?」
「じゃあ行こうか。みんな待ってるよ」
「前後繋がってないしやらないって言ってんでしょ!」
「やんないって、今日は初めて聞いたよ?」
「うっ」
 馬鹿な会話だった。こいつと関わるとどうにも調子が狂うと律子は感じる。
「……どうでもいいわよそんなこと! やんないから、早くどっか行ってよ」
 きつい口調でそう言っても、目の前の奴はその目障りな笑みを消さない。

14 :No.04 あそぼう 2/4 ◇xy36TVm.sw:07/07/22 19:32:08 ID:GvVVMK6k
 律子が転校してきた初日から、こいつはこうなのだ。
 にこにこ笑いながら、何度断られても律子を遊びに誘おうとする。
 怒鳴ったり嫌味を言ったりしているのに、かれこれもう一月も誘いつづけていた。
「おーい! 恭平ー! そんな奴ほっといてはやく来いよー! お前いないとチーム決め
まとまんないってばー!」
 大声で目の前の奴を呼ぶ声が聞こえたので窓の下を見ると、クラスメイトたちが集まっ
ていた。声をあげているのは、よく律子にちょっかいを出してくる男子。
「もうちょっと待ってよ亮二ー!、すぐ行くからー!」
「お前のちょっとはちょっとじゃねーっつのー!」
「ほんとにちょっとだからー!」
 叫びあってる馬鹿二人はほうっておいて、律子は窓の下、校庭に広がる光景を眺める。
 広い空間を目一杯使って、各々の友達と遊んでいる児童たち。時々怒ったり泣いてたり
しているけど、みんな楽しそうに笑っている。
 自分はというと、いつも仏頂面で、不機嫌を振りまいている。
 うらやましい訳じゃない。しまりのない顔って、馬鹿みたいだし。
 そう律子は思う。
 そしてしまりのない顔代表が、目の前にいる。
「……本当にやんないの?」
 とりあえず待ってもらえることになったのか、なおも食い下がってくる。
「呼ばれたんだからさっさと行きなさいよ。私のことなんかほっといていいんでしょ。
なんでそんなに私にからんでくるのよ」
 こうやってトゲのある言い方をしても、恭平は全然へこたれない。
 なんなのだろうか、本当に。なんでこいつはこうもしつこいのだろうか。
 同情か? 友達がいない可哀想な子とでも思っているのだろうか?
 それとも、クラスで孤立している子にも声をかける優しい子というアピールだろうか。
 どちらにしても、律子にとっては不愉快な話だ。
 だからだろうか。恭平の言ったその言葉についカッとなってしまったのは。
「だってりっちゃん、一人でいるとすごくつまんなそうでさみしそうなんだもん」


15 :No.04 あそぼう 3/4 ◇xy36TVm.sw:07/07/22 19:32:25 ID:GvVVMK6k
 甲高い音が鳴った。律子は手のひらの痛みと共に、顔が熱くなるのを感じる。
 平手で頬を殴られた側である恭平は、さすがに笑みも止まり、呆然と律子を見ていた。
「るっさいわね! わかったようなこと言わないでよ! いつもへらへらへらへら笑って
ばかりで! 私の気持ちがあんたにわかるわけないじゃない!」
 ヒステリックに律子は叫ぶ。もう一発ひっぱたいてやろうと、左手で胸倉を掴んだ。
「毎日毎日! うんざりなのよ! なんなのよあんた、遊ぼう遊ぼうって、私がいないと
何か不都合でもあるの? あんたが友達と遊ぶのに私が必要なの? 必要ないなら――」
「必要ないよ」
 はっきりと、明瞭な発音で恭平は答えた。
 律子は自分の息が詰まるのを感じた。なぜだか胸がずきずき痛む。
 けどね、と続けて、いつも通りの笑顔を浮かべながら恭平は言う。
「一緒に遊んだほうが、楽しいかな。友達は多いほうが楽しいもん」
 まっさらな、ただ純粋な一言を。
「だから、一緒に遊ぼ?」
 同情でも、自己アピールでもなんでもなかった。
 ただ単純に、みんなで遊んだ方が楽しいから。それだけのこと。
 なんの意図もないただの親切。彼自身は親切だとも思っていないだろう。
 急に、身体から力が抜けるのを律子は感じる。
 変に誤解して、つまらない意地を張っていた自分こそが馬鹿みたいだった。
 鼻のあたりがつーんとなって、視界がだんだんぼやけてくる。
 うつむいていると涙がこぼれてしまいそうだったので、口をへの字にしたまま天井を見
上げた。
 窓の下から、また恭平を呼ぶ声があがった。
「ありゃ、呼ばれちゃったか。今日はごめんね。じゃ、また明日。勉強頑張っ――」
 そう言いながら走り去ろうとした恭平の手を、律子はつかんだ。
 鼻も詰まって、涙目のまま伝える。
「……わだじも、まぜで」
 彼の好意に、甘えさせてもらおうと思ったのだ。
 理不尽にひっぱたかれて、それでもなおいつものように笑いつづけた彼の優しさに。


16 :No.04 あそぼう 4/4 ◇xy36TVm.sw:07/07/22 19:32:40 ID:GvVVMK6k
 恭平は一瞬何を言っているのかわからないというような顔をした後、この一月の中でも
一番晴れやかな笑顔を見せた。
「じゃあ、急がないとね。みんな待たせちゃってるし」
 言うが早いか、律子の手を握ったまま恭平は走り出す。
 そして廊下に出たところで、校庭にいるはずのクラスメイトたちと出くわした。
「亮二君がね、みんなで囲めば三井さんも逃げられまいとか真っ黒いことを言ってみんな
を連れてきたのー」
 にこにこと笑いながら、クラスでは律子の斜め前に座っている女子がそう言った。
「べ、別に三井に用なんかねーよ! ただ恭平が来ねーとこないだの決着つけらんないか
ら早く終わらせようと思っただけだよ!」
「素直になんなよ亮二、なんだかんだでずっと三井さんのこと気にかけてたくせに」
「ツンデレか? 林田ツンデレなのか?」
「ツン・デ・レ! ツン・デ・レ!」
「イヤッホォウ!」
「あー! 三井さん泣いてるー!」
「木下泣かしたなー!」
「キョーヘー女のてきー!」
「ちょ、今どさくさにまぎれて俺の尻に触った奴誰だ!」
「木下謝れ! 三井さんに謝れ!」
 やいのやいのと騒ぎ立てるクラスメイトたちに二人は囲まれ、もみくちゃにされる。
 流されるままに馬鹿騒ぎの中心とされた律子は、自分でも気づかないうちに笑っていた。
 彼女自身は馬鹿みたいと言った、子供らしい、明るい笑顔で。



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