【 彼と彼女の出会いから今まで 】
◆4MiwIEmB5c




6 :彼と彼女の出会いから今まで1/4◇4MiwIEmB5c:07/07/22 05:29:31 ID:1RcoTq+g
 いつもそうだった。俺って奴はいらん世話を焼いて、毎度のごとく後悔する羽目になる。今
だってそうだ。
 そんなことを思いながら、椅子に座ったままで肩のコリをほぐすためにくるりと腕を回す。そ
の反動で今まで熟睡していた頭の上に乗っかっているアイツが、目を覚ました。
 ソイツは大きな欠伸をひとつする。頭の上に乗っているので、実際に見ることは出来ない
が、ふわぁという気の抜けた声を発しているので、間違いはないと思う。
 そして、完全に覚醒すると、俺の頭皮をカリカリと引っかき始めた。餌を食わせろということ
なのだろう。
 俺はここ1週間ほど、コイツの面倒を見ている。わがままで、自分勝手で、やたらと絡み付
いてくるコイツの面倒を一週間もだ。

「と、いうか……いいかげん頭を引っかくのをやめろ。犬鍋にしちまうぞ! こん畜生!!」
 そう、路上に捨てられていたコイツを。

 最初のうちは、関わるまいと思ったんだ。捨て犬なんて拾ったって良い事ないし、アパート
はペット禁止だったしな。
 でも、実際に雨に濡れて震えている子犬を見ちまうと、心にくるものがあったというか。俺ら
しくもなく、スズメの涙ほどの仏心を出しちまったんだよな。
 里親が見つかるまでなんて、ついつい家に連れ帰ってみれば、コイツがとんでもない性悪。
犬のクセに猫かぶりしてやがったんだよ。
 家に着くなり、最初の頃の『私かわいそうな子なんです』なんて雰囲気は、さっぱり消えう
せ、やれ床は引っかくわ、カーテンにぶら下がるわ、飼い主の俺に噛み付くわ、今ではすっか
り家の暴君と成り果てやがった。

7 :彼と彼女の出会いから今まで2/4◇4MiwIEmB5c:07/07/22 05:30:18 ID:1RcoTq+g
 普通は、シツケがなってないからだろ。と思うだろうが、シツケどころじゃないんだ。俺がいく
ら叱っても、どこ吹く風。しまいには、犬のクセに飼い主の俺に見下したような表情を浮かべ
る始末。
 最近では、朝起きるのが苦手な俺を噛み付いて起こすようになった。お陰で、講義に遅れ
る事はなくなったが、少しもうれしくないことは確かだ。

「とりあえず、俺の頭から降りろ。クソ犬」
 不思議な事に、この犬は俺の言葉を理解している風だった。珍しく、素直に俺の頭からフ
ローリングの床に飛び降りる。
 そして、『ふふん。降りてやったんだから早くご飯を作りなさいよ』とでも言いたげに、キャン
とほえる。
 正直、犬じゃなければくびり殺しているところだ。

 コイツはシベリアンハスキーという犬種らしい。メスだし、大きくなったら子供を生むから、今
から避妊手術を受けさせるのも手かもしれない。
 そんな風に考えていると、かぷりと脛を噛まれた。飯を早くしろという催促らしい。憎たらし
い。

「はいはい。お待たせいたしました。お嬢様」
 俺がドックフードと温めに暖めたミルクを持っていくと、アイツはフンと鼻を鳴らした。まるで
『まったくグズなんだから』とでも言っているかのようだ。
 おそらくコイツは良い死に目にあえないだろう。

 しばらく、俺はアイツがハグハグとご飯を食べる様を見つめていた。普段は性悪のクセに、
飯を食っているときと、寝ているときは恐ろしくかわいいのだ。

8 :No.02 彼と彼女の出会いから今まで3/4◇4MiwIEmB5c:07/07/22 05:31:17 ID:1RcoTq+g
 俺自身、情が移っているのかもしれない。そう思うときがここ2、3日で増えた。このまま黙っ
て飼っちまうのもいいかな、なんて俺らしくもなく考える。
 時間にすれば、10分少々の時間でご飯を平らげたアイツを見やり、しばらくぼぅと過ごす。テ
レビの音だけをBGMにして、なんにも考えない時間を楽しむ。

そして、ふとアイツの名前を決めてない事を思い出した。いつまでも『アイツ』とか『コイツ』と
か呼んでるのも、違和感がある。

「あー……でも、里親見つけるまでだしなぁ」
 名前を付けると余計情が移りそうでためらう気持ちがある。さて、どうしたものか。

「よし! 決めちまうか。名前」
 悩むのは俺らしくない。里親に再度名前を変更してもらうまでの、仮名だとでも思えば良
い。
 俺はそう決意すると、しばらくアイツの顔を見て、名前を考える事にした。

 全体に白いから『シロ』か? いや、基本ツンツンな性格だし、『ツン』というのも捨て難い。
うーむ。悩むな……
 そして、ふとアイツがこちらを見ていることに気づいた。どうやら暇を持て余したらしい。
 コイツは極力こちらが構ってやるまで、じっと耐えるタイプだ。その様は犬というよりは猫に
近い気がするんだが、めんどくさがりの俺にすれば、ちょうど良いとも思う。

「んだよ。構ってほしいのか?」
 俺がそう言うと、フンと鼻を鳴らして顔をそむけた。しかし、異常なまでに尻尾を振り回して
いるので、どうやら構ってほしいらしい。

9 :No.02 彼と彼女の出会いから今まで4/4◇4MiwIEmB5c:07/07/22 05:31:59 ID:1RcoTq+g
「お前はどこのツンデレキャラだよ」
 少し笑う。しょうがない、などと呟いて頭を撫でてやると、喉を鳴らしながら尻尾を今まで以
上に振り回す。なんとも分かりやすい奴だ。
 それで、ふとひらめいた。

「お前の名前は、撫子だ。撫でてやると異常に喜ぶからな」
 それを聞いた。撫でられるままにされていたアイツは、しばし首を捻ると、きゅんと一声鳴い
て、おもむろに俺の手にかぷりと噛み付いた。
 あまりの痛みに、絶叫する俺。それにイラついたらしい隣に住んでいる兄ちゃんが、壁をが
んがんと蹴る。

「うるせぇ!! クソッ!! もう引っ越せ!」
 俺のあまりの剣幕に、隣の兄ちゃんの蹴りが止む。そして、俺を噛んだ撫子に当たるわけ
にもいかず、その日はベットに入り不貞寝した。
 次の日の朝に、俺のベットを半分以上占拠している撫子を見て、なんとなくその名前の由
来を思い出し、撫子が起きるまで頭を撫でてやることにした。

 最後に言う。俺は、面倒事は大ッ嫌いだし、一向に懐かない犬も嫌いだ。でも、時々俺をや
さしくさせてくれる我侭なコイツとは、長く暮らす事になるかもしれない。

〈了〉



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