【 マスターオブパペット 】
◆BNKSJSBM4A




46 :時間外No..01 マスターオブパペット 1/5 ◇BNKSJSBM4A:07/07/16 01:31:26 ID:tAphvlMC
 人間界には三つ子の魂なんとやらという諺があるが、それはこの実年齢およそ三千歳、見た目は十二歳のド
ジ天使にも当てはまることだった。
 「うひゃうっ! たた、タイヘンです〜!」
 天使は薄紅色の衣をはためかせながら神の元へ一目散に駆け寄る。
 廊下からけたたましく響く彼女の声を聞いて、神は嘆息した。彼女が大声を出す時は必ず面倒ごとを持って
くるのだ。
 人間界では神と呼ばれる男は眉間にしわを寄せ、紫煙をくゆらせていた。
 「今度は何事だ。また死者を蘇らせたなどと言ったら、三十日間猫耳ニーソックスの刑に処すぞ」
 天使はよほど慌てていたのか、ほんの短い距離を移動したにもかかわらず、ひどく息が上がっている。
 「しゅ、しゅいません、じ実は……もっと大変なことが…………」
 頭をたれる天使を見て、神の眉間のしわがさらに深くなる。
 「もしや、アレをしたのか! 誰のをやったんだ!?」
 「は、はい、識別記号『30−る−J』、地球は日本国、203番の遠山隆さんにやってしまいました……」
 「状態は?」
 「あ、安定しています」
 「分かった。遠山さんのデータは?」
 神は天使が差し出す携帯型のモニタを覗き込んだ。そしてもう一度紫煙を吐き出してこう言った。
 「なるほど、これは面白いサンプルだ。人間の考えている事はいまだに解明されないが、これで何か分かる
かもしれん。しばらく経過を観察しよう」
 神の険しい顔が少しだけ穏やかになる。
 「それじゃあ、私は……」
 「怪我の功名と言ったところか。とりあえず三十日間裸で猫耳ニーソックスの刑は無しだ」
 「一つ増えてませんか!?」
 天使はすかさず切り返した。
 「気にするな。大体にしてこれが遠山さんじゃなかったら、お前は本当に三十日間スクール水着で猫耳でニ
ーソックスで語尾は必ず『ああん、おしっこでちゃう』の刑だったのだぞ」
 「よりマニアックになってませんか!?」

47 :時間外No..01 マスターオブパペット 2/5 ◇BNKSJSBM4A:07/07/16 01:31:45 ID:tAphvlMC
 遠山隆は二十八歳にして童貞だった。一浪の一留で地方の無名私立大学を卒業。その後親戚のコネで地元企
業に就職した。この三つの文だけでおおよその遠山の人生を表せる。
 うだつの上がらない、底の浅い、劣等感に塗れた人生だ。
 天使はこの男の『欲望の枷』をうっかり外してしまった。
 人間の中には思ったことや祈りは叶うものだと考えるものがいるが、ある意味でそれは事実だ。
 例えば、金が欲しい。
 例えば、名声が欲しい。
 これらの思った事を瞬時にすべて実現させる力が人間にはある。
 だが、神はそれを良しとしなかった。だから人間の魂に『欲望の枷』をかけ、思考したことを容易に実現さ
せないようにした。
 神は人間に努力を望んだのだ。
 遠山は思考したこと全てを叶えるという、人間本来の能力を取り戻したということになる。
 
 遠山の目下最大の欲望。それはセックスだ。二十代も後半になって遠山は風俗にさえ行かなかった。
 行動力の欠如、過剰な自意識。遠山は二十八歳にして鬱屈し、屈折し、男としての底辺を這いつくばってい
るのだ。
 いずれにせよ遠山は童貞で、隣に新しく越してきた羽山家の新妻に欲情していた。
 『枷』の外された遠山の欲望はいともたやすく現実を変える力に変換される。
 遠山が会社から帰宅している途中、偶然羽山家の新妻、美幸を見かけた。
 遠山は何となしに美幸の後を追う。近所で見かけるより華やかな衣服がただなんとなく、気にかかったのだ。
 突然、遠山の後ろから彼女の名前を呼ぶ声がした。
 彼女は反射的に振り返る。彼女と遠山の視線がぶつかった。とたんに彼女の表情が強張る。
 声の主は遠山をゆっくりと追い越し彼女の元へ歩み寄る。
 男は彼女の浮気相手だった。
 遠山は偶然――否、必然的に彼女の秘密を握ったことになる。
 翌日の夕方。美幸は一人暮らしの遠山の家のベルを鳴らした。
 浮気の事を誰にも口外しないという条件で、遠山は美幸と交わった。

48 :時間外No..01 マスターオブパペット 3/5 ◇BNKSJSBM4A:07/07/16 01:31:59 ID:tAphvlMC
 「一番最初に実現させた思考がこれですか!? 男って何考えているか分かりませんっ!」
 観察モニターから目を離すなり、およそ三千歳の天使は息巻いた。
 「私は予想していた。基本的な彼のデータを見ればすぐ分かることだ」
 「それでも理解できません。これじゃ神様と同じじゃないですか。変態ですよ。初めてのくせにいきなり手
錠なんて、この男おかしいですよ!」
 「私と同じとか言うな。彼は重要な実験対象なのだ。うかつに手をだすんじゃないぞ。ついでに言うが、私
はもっと変態だ」
 神の右手が天使の臀部を撫で回す。天使は顔を真っ赤にして声をはりあげた。
 「この色ボケおやじ!」

 鬱屈した人間は欲望が強い。
 欲望の強さはそのまま現実に作用する力の強さだ。
 遠山の鬱屈した欲望はこの時代において、他の誰よりも高い数値を示していた。神はそれに目をつけた。
 神といえど、人間の思考を読み取ることは出来ない。
 そこで枷を外し、欲望を直接的な形で具現化させれば、人間の心のメカニズムを解明する手がかりになるの
ではないか。神はそう考えた。
 遠山の鬱屈した欲望は、それ自身によって、悉く叶えられた。
 それも遠山が不気味に感じるほど簡単に。
 少しでも遠山が敵意を抱いた人間は死んだ。
 テレビに映るペテン師に、パソコンのモニタの向こうの人間。電車で乗り合わせた乗客。
 金が欲しいと思えば、その瞬間に臨時収入が入る。気まぐれで入ったパチンコ店で大当たりする。
 遠山はこの日、一等の宝くじが当選したので、銀行に赴いていた。
 「金が欲しい」と願えば金が手に入るので、当然と言えば当然のことではある。
 銀行に入り受付に名前を告げると、そのままVIPルームに通された。中には既に数名の幹部がいささか緊張
した面持ちで遠山を待っていた。
 長期契約を取り付けるために、彼らも必死なのだ。
 「遠山様、このたびは当選おめでとうございます。私、浦川と申します」
 幹部の一人が、懐から大層な肩書きが印字された名刺を取り出す。
 「あ、どうも、こちらこそ……」
 遠山が名刺を受けとろうとしたその時、受付窓口の方から銃声が響いた。

49 :時間外No..01 マスターオブパペット 4/5 ◇BNKSJSBM4A:07/07/16 01:32:15 ID:tAphvlMC
 次いで、男の怒声。
 強盗だ。
 遠山は驚いた。それも生半可な驚きではない。
 受け付け嬢を見て遠山は、例えばこんな時に銀行強盗が来て、この綺麗な受付嬢が人質に取られるものの、
自分は勇敢にも強盗をやっつけ、受付嬢と恋に落ちる妄想をしていたからだ。
 その場にいた者全員が強盗に拘束される中、遠山だけが難を逃れた。
 完全なる予定調和。実現する妄想。ここにきてやっと遠山は自分の力を自覚した。世界を思いのままに動
かせる。正しく、世界は遠山隆の私物となった。
 次の瞬間、遠山がこれまでに腹に溜め込んでいた、鬱屈したどす黒い劣等感が堰を切ってあふれ出た。
 これまで一方的に抱いてきた感情を全て吐き出した。
 銀行強盗の血液が沸騰し、身体は破裂した。遠山がそう願ったから。
 受付嬢の拘束を外すと、受付嬢は既に遠山に恋をしていた。
 残った強盗が遠山へ発砲する。発砲された銃弾を素手でつかみ強盗へ投げ返す。強盗は死んだ。
 受付嬢を抱えて外に出る。すると外は巨大な怪物が街を破壊していた。
 遠山は巨大化した。すかさず怪物の首を締め上げ、そのまま引きちぎった。ぶちぶちと筋が切れる感触、
軟骨がはがれる感触が直に伝わる。
 断末魔の叫びが街に響く。怪物の血しぶきが、内臓が、街を穢す。地獄絵図。
 世界を救う残忍な英雄。否、英雄ではない。遠山はひたすらに己の自意識過剰な欲望を満たす人形だ。
 思い出す。会社での出来事。
 同僚の飲み会に誘われなかった事。
 上司に成立しかけの契約を横取りされた事。
 意中の女性に食事の誘いを六度も断られた事。
 人間ならば誰もが少なからず経験する事だが、遠山はそれに一々傷ついていた。
 会社を破壊する。中に取り残された人間も完全に殺すために何度も何度も踏み潰した。
 会社の周囲の土地は陥没し、遠山自身も地中にめり込んでいく。
 くさびとなった遠山の身体は日本に大きな穴を開けた。日本は沈没した。
 遠山はさらに踏み続ける。地球にヒビが生えた。
 地球はぱっくりと二つに割れた。
 重力バランスは崩れ、自転軸がぐちゃぐちゃになる。津波が世界各地で起こり、地球を覆っていた大気が
宇宙空間へ放り出される。ついに世界は遠山隆の自意識によって破滅した。

50 :時間外No..01 マスターオブパペット 5/5 ◇BNKSJSBM4A:07/07/16 01:32:28 ID:tAphvlMC
 「ひゃあっ、地球壊れちゃいましたよ! どうするんです!?」
 一部始終を見届けていた神は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
 「どうもこうも無い。地球は終わりだ。速いところ次の地球を組み立てよう。私が人間を作ったと言うの
に、私の知らない力を持っているなんて滅茶苦茶だ。やはり人間の心はブラックボックスとして放置するか
……。何かめんどくさいし」
 「なんて適当な神様。そしてなんて可愛そうな人間たちなんでしょう」
 神はむっとして言った。
 「何を言ってるんだ。お前が遠山隆の枷をうっかり外したのがそもそもの始まりではないか。そうだ、お
前、やっぱり明日から三週間スク水猫耳ニーソックスにランドセルの刑な」

                                             
                                    ――了(^ω^;)



BACK−ぷにっとほっぺ。ぷにぷにおなか◆VXDElOORQI  |  INDEXへ  |  NEXT−平和な世界物語◆InwGZIAUcs