【 需要と供給 】
◆dx10HbTEQg




39 :No.11 需要と供給 1/5 ◇dx10HbTEQg:07/07/15 23:42:08 ID:Zq2WaRw6
◆終焉

『起床の時間です』
『朝食の時間です』
『洗顔の時間です』
『通勤の時間です』
『昼食の時間です』
『帰宅の時間です』
『夕食の時間です』
『性交の時間です』
『就寝の時間です』
『起床の時間です』
『朝食の時間です』

 嗚呼、従わなければならない。逆らってはならない。逆らう気もない。
 システムから発せられる音声に、体は勝手に動く。食事、睡眠、排泄に至るまで、全てを管理されて生きている。 
 なぜシステムの命じるままに、生きなければならないのだろう。そこまでして生きたくはないのに。
 人類に残った願いはただ一つ。それは死への欲求だった。


◆誤算

 システムの声で、目を覚ます。睡眠は人類にとって最適と思われる時間が設定され、それ以上も以下もない。生まれてからずっとその機
械に従って生きてきた彼女には、睡眠への欲求など既に存在していなかったから、特に感じるものがあるわけでもなかったが。
 洗顔をして、化粧をする。身だしなみを整えるのは、社会的に生活するにあたって必要なことだ。生まれてからずっとその機械に従って生き
てきた彼女には、美への欲求など既に存在していなかったから、特に気合をいれることがあるわけでもなかったが。
 そして食事。食事というには簡素すぎる、カプセルが数錠。バランスよく整えられ、飽きぬようにとの目的で毎日味は変わる。生まれてから
ずっとその機械に従って生きてきた彼女には、食事への欲求など既に存在していなかったから、特に飽きる事があるわけでもなかったが。

40 :No.11 需要と供給 2/5 ◇dx10HbTEQg:07/07/15 23:42:24 ID:Zq2WaRw6
「おはよう」
「おはよう」
 義務以外の理由もなく挨拶を交わし、出勤してすぐに彼女は与えられた仕事を開始する。
 彼女の職場は衣服の生産工場だ。ほとんどが自動的に機械が行ってくれるから、彼女は最終チェックをするだけでいい。機能以外の何
物も想定されていない白い衣服が、目の前を次々と通り過ぎる。全人類共通の衣服。もちろん彼女の着ているものもそれで、システムに従
っている限り無料で配布される代物だ。
 昨日も一昨日も、ずっと同じことを繰り返して生きていた。休日などないが、規則的な生活により特に疲労はないため支障はない。
 明日も明後日も、ずっと同じ事を繰り返して生きていく。世界のありとあらゆる病気は既に駆逐されているから、体調不良で欠勤ということも
起こりえない。
(私は何をしているのだろう?)
 一瞬思って、すぐに思考を振り払った。
 考える必要なんてない。


◆普及

 淫らに赤く染まった裸体を見つめ、彼はため息をついた。
 彼に最適とされて配給された女性。人口を管理するため、彼は二人の子供を作る事を義務付けられている。そのためには勿論性交渉をし
なければならないのだが、肝心の彼の陰茎が反応していない。
(またか)
 薬に手を伸ばすと、女性もまたうんざりとした様子でため息をついた。
 生まれて始めての性行為には興奮した記憶があった。未知の感覚、その快楽。
 勿論体の構造自体が変わったわけではないから、快楽が消失したわけではない。ただ、積極的に得ようという気持ちがなくなっただけだ。
 それでもシステムの予定通りに物事は運ばなければならない。性行為は仕事の一種であり、こなさなければ生きていく資格を失う。
 苦心しつつやっとのことで膣内に射精した。
 もしちゃんと子供が出来たなら、それは間違いなく男の子だろう。人口制御を目的として、そのための薬を女性は処方されているのだから。

41 :No.11 需要と供給 3/5 ◇dx10HbTEQg:07/07/15 23:42:41 ID:Zq2WaRw6
◆経過

 システムが全人類に行き渡るのには長い年月が掛かった。
 しかし、全ては予定通り。システムの命令は合理的で、それに従いさえすれば万が一にも間違いなど起こりえないのだ。
「楽だよな、欲しいなって思ったら、もう目の前にあるんだから」
「そうそう。あーうまっ! ていうかさ、欲しいなって思う前からあったよな?」
 長時間に日光に晒され、水分不足になっていた彼女たちの前に、道路に設置された大きなシステムから水が運ばれてきた。彼女たちが
一人一人持っているそれとネットワークがつなげられているらしい。システムの口にコップを戻すと、自動的に収納されていった。水音が聞こ
えてくるのはおそらく洗浄しているためだろう。
 彼らの両親の時代には、飢えや渇きで死ぬ子供がいたという。到底信じられないが、事実らしいからすごいものだ。
 両親は語る。システムの導入によって、ありとあらゆる柵から開放された。何もかもを管理されているはずなのに、開放感さえある。
 その話を直接聞いてきた彼らは、システムの尊敬と戦争への嫌悪をその胸に育てて生きてきた。
「あ、そういえばさ」
『次の昇進には資格が必要です。勉強のための本を購入しなさい。タイトルは――』
 言おうとした矢先にシステムに先を越され、彼は軽く肩をすくめた。
 さすがシステム。


◆過程

 初めて手に取ったシステムを見て、彼女は思わず笑ってしまった。
 政府のお偉いさんが毎日熱心に語る理想。恒久的に続く平和のために、こんなちっぽけな機械が役に立つらしい。
 スイッチを入れると、機械的な音声が彼女に告げた。
『出勤の時間です』
 彼女に与えられた仕事は、そのシステムを増産する工場での誤差チェック。
 システムの命令で、システムを作るのか。
 思わず笑ってしまった。

42 :No.11 需要と供給 4/5 ◇dx10HbTEQg:07/07/15 23:42:55 ID:Zq2WaRw6
◆始動

 計画は長期に亘るだろうことが想定された。そのシステム一つ一つは、それほど高価なものではない。しかし、全人類に行き渡らせる事を
考えると気が遠くなる。
 しかし、世界の平和と人類の幸福のためなのだ。
 誰もがそう信じていた。


◆披露

 真剣に聞き入る大勢の人々の前で、男は手に力を入れて語っていた。子供のときに戦争に巻き込まれた彼の、嘗てからの夢が叶うかもし
れない瞬間なのだ。
 人は争う生き物だ。何千と時を経ても尚、人類は懲りずに殺し殺され、何かを破壊し続けている。なぜ人は歴史を繰り返さずにはいられな
いのだろう。どれだけ科学が進歩しようと、人類自身は何の変化もしない。変化しないそれとは、一体何物だ。
「全ての争いは、人々の本能の所為なのです。土地が欲しい、金が欲しい、食料が欲しい、女が欲しい。全てはそんな個人の勝手な都合で
す」
 貧困に耐えられず、やむなく武器を取った人間を彼は知っていた。裕福であるにもかかわらず、搾取するためだけに武器を取る人間もまた
知っていた。
 誰もが満足するためには、この世界の資源は圧倒的に足りない。
「ならば、人が欲求を覚える前に与えてしまいさえすればいい!」
 個人個人に彼の発明した、あるシステムを与える。それに従いさえすれば、土地も金も食料も女も、全て最低限に確保できる仕組みだ。満
ち足りるほどには入手できないが、しかし足りなくなる事も絶対にありえない。
 もちろん仕事はしなければならない。人が働かなければ何も生み出されず、必要な物品はすぐに消耗されてしまう。しかし職業難の続く昨
今、システムに従いさえすれば職を得ることが出来るのは素晴らしいことだ。
 戦争の原因の一つは貧富の差だ。つまり全ての人間が同じように生きれば、貧富の差はなくなる。
 導入には莫大なコストがかかるだろう。しかし、戦争に掛かる費用を考えれば安いものだ。
 理解した聴衆の拍手と賞賛に浸りながら、男は満足げに微笑んだ。

43 :No.11 需要と供給 5/5 ◇dx10HbTEQg:07/07/15 23:43:10 ID:Zq2WaRw6
◆発端

 とある戦場の真ん中で、既に息の根の止まった母親の背に隠れ、一人の子供がうずくまっていた。
 生きたかった。死にたくなんてなかった。
 唐突に建物が爆発し、銃撃が始まった。説明すればただそれだけのことで、だからたったそれだけのことに沢山の命が絡めとられてしまっ
た事が信じられなかった。
「皆がちゃんと生きれる世界が出来ればいいのに……」
 彼にあった願いはただ一つ。それは生への欲求だった。



どっとはれー



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