【 よくない薬 】
◆BV.fqgxxRU




32 :No.08 よくない薬 1/2 ◇BV.fqgxxRU:07/07/15 22:48:50 ID:Zq2WaRw6
 閉めきった部屋に薬品の匂いが充満している。
「あー、出来たー」
 白衣を着て、長い髪を無造作に首の辺りで一まとめにしている女が、液体の入ったフラスコを片手
に特に感慨もなさそうな声を漏らす。
「出来たんですか」
 その女の横でなにをするでなく、女の作業をぼけっと見ていた眼鏡の男が特に感慨もなさそうな感
想を漏らす。
「うん、出来た」
「こういうときはあれ。あれを言ったほうがいいですよね。えーっと」
 男は腕を組み、首を傾げ「うーんうーん」と数秒なにかを考える。
「あ、そうだ。おめでとうございます」
 ぺこりと頭を下げる男。
「ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げる女。
「じゃあ、はい」
 女は頭の位置を元に戻すと男にフラスコを差し出す。
「なんですか?」
 男はとりあえず、そのフラスコを受け取ったものの女の意図が理解出来ず首を傾げる。
「飲んでください」
「嫌です」
「嫌なんですか?」
「はい」
「それを飲むと『欲』がなくなるんですよ? 聖人も夢じゃありません」
「食欲、睡眠欲、呼吸欲とかはどうなるんですか? 生きたいという欲求までなくなりませんか?」
 女は腕を組み、首を傾げ「うーんうーん」と数秒なにかを考える。
「わかりません。わからないので飲んでください」
 その言葉を聞いた男は手にしているフラスコを女に差し出す。
 女はまだ男が持っているフラスコをしばらく見つめ、視線をそのまま男に向ける。
「それを飲むと『欲』がなく――」
「それはさっき聞きました」

33 :No.08 よくない薬 2/2 ◇BV.fqgxxRU:07/07/15 22:49:05 ID:Zq2WaRw6
 言葉を遮られた女はじっと男を見つめる。男もじっと女を見つめる。
「飲んでください」
 男は横に首を振る。
「何故ですか?」
「死にたくないからです」
「なるほど。ごもっとも」
 女はフラスコを受け取り、再びそれをじっと見つける。
「じゃあ、これどうしましょう」
 女と男は二人そろって腕を組み、首を傾げ「うーんうーん」と数秒考え込む。
 数秒考えたのち、二人は目線を交えるが二人そろってもう一度首を傾げるだけだった。
 二人して首を傾げていると、不意に部屋の扉が開いた。
「おーい。どうじゃ調子は……ってなんじゃこの部屋は」
 入ってきたのは白髭を蓄え、白衣を着た老人だった。
 老人は部屋に入ってくるなり、窓を開け換気を始めた。
「こんなことでは二人とも薬にやられてしまうぞ」
 老人が振り返ると二人、椅子に座りぼーっと空中を眺めていた。
「どうやらもう遅かったようじゃな。だが人体実験はしなくて済んだようだの。どうやら生きる意欲
までは失わないようじゃ」
 二人は老人の言葉にもなんら反応を示さず、ただ空中を眺めていた。
「ただ実験に対する意欲は失ってしまったようじゃの」




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