【 空腹 】
◆u/KY5yXSjc




22 :No.05 空腹 1/2 ◇u/KY5yXSjc:07/07/15 21:57:14 ID:Zq2WaRw6
二週間前、俺は食欲が無くなった。 
 決して拒食症というわけではないらしい。食べようと思えば、腹がふくれるまで食べることは出来る。だが、食
欲が全く沸かないのだ。気付いたのが二週間前だから、実際はもっと前からだったのかもしれない。

 気付いた理由は至極簡単なことで、食べる物がないからだった。冷蔵庫を開けても入っているのは残りわずかな
マヨネーズとケチャップのみ。
 仕送りまで一週間もあるのに、残金が三十二円という現実に対してあまり実感が持てなかったのを覚えている。
食べる物がなくなった初日は一日おきに昼食を友達に奢って貰おうと考えていた。だが、その日の夜、講義を終え
て家に帰っている途中に違和感を感じた。腹が減っていないのだ。いつもなら駅の中にある、ファーストフード店
で夜食を買うのだが、夜食どころか夕方頃に襲って来るであろうと予測していた空腹感も感じなかったのだ。
 金欠だったことも手伝って、この分なら明日は奢って貰う必要もないとは思ったものの、何故空腹感が来ないの
かはあまり考えないでいた。

 それから友達に昼食を奢って貰ったのは二回で、残りの三日は飲まず食わずだった。そしてちょうど一週間前。
ついに仕送りが届いた。今回の様な失敗はすることのないように、計画的に金を使っていた。しかし、その間も全
く食欲は沸かなかった。
 流石に一週間も経つと自分の体が大丈夫なのかと不安になる。そこで三日前に医者にも行ったのだが、原因が分
からずじまいで挙げ句の果てに体重の減少も見られなかったので健康だと診断された。しかし、口の中に何も入れ
ないのが気持ち悪くて、二日前に普段では行けないようなちょっと高めの店に行って、たらふく食べてみた。満腹
にはなった気がしなかったが、もう少しで仕送りの金額が半分になる所でだったので、会計をすませた。腹の中に
入ってる物が消化されたら、少しは腹が減るだろうと思い、昨日は何も食べなかったのだが、やはり当然のごと
く、むしろ必然のように仕事を怠けている満腹虫垂は空腹感を告げなかった。

 そして、今日に至るわけだ。今日は休日なのだが、彼女が生まれてこの方出来たことがなく、大多数の友達が
画面の向こう側に居るため俺を誘ってくれる人は誰もいなかった。電気代を心配して今までパソコンは点けてお
らず、テレビが無い俺はあまりにもすることがないので、横になって最近のことを回想していたわけだ。娯楽も
全くない。携帯もそろそろ買おうと思うのだが、そのためにはバイトをしなければ…… 俺は対人のスキルを持
ち合わせていないので、脳内会議で即却下されてしまった。


23 :No.05 空腹 2/2 ◇u/KY5yXSjc:07/07/15 21:57:30 ID:Zq2WaRw6
 色々なことを考えていたためか、少しまぶたが重くなってきた。気付くと、カラスの声が五月蠅くなり、部屋が
少し暗くなっていた。時計を見れば、既に短針は七を、長針はそろそろ短針を追い抜く所だ。
 カーテンを閉めて、部屋の電気を点けるために立ち上がろうとする。
 途端、襲い来る、眩暈。数瞬遅れて、気持ちの悪い浮遊感と自由落下をしている気分が続いてくる。周りを見る
と、風景全てが溶け出していた。

―― そして、俺は起きあがった。
 つまり、上半身だけを持ち上げたのだ。これの意味することは…………
「夢かよ」
 自分で自分に言い聞かせるように何気なく嘆いてみた。数分か数時間か分からないが、ベットの上で時計の針が
進んでいくのを見ていると喉が渇いてきた。心なしか腹も痛むようだ。夕飯でも食べようかと思い立ち上がる。
 眩暈、再来。今度は先ほどの浮遊感はなかったが、代わりに手足に力が入らなかった。続けて胃の中から酸性の
液体がせり上がってくるのを感じる。
 貧血だろうな。と思って床に倒れたままになっておく。することがないので壁に掛けてあるカレンダーに目を
やった。今日は食欲が無くなった日と同じ日だったことに気付く。段々と腹の痛みが強くなってきた。

 何か悪いものでも食べただろうかと思い、考えてみて気付く。何も食べていないことに。
 部屋が段々と暗くなっていくのを感じた。



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