【 鳥を飼う 】
◆HRyxR8eUkc




98 :選考外No.02 鳥を飼う 1/6 ◇HRyxR8eUkc:07/07/09 11:45:59 ID:iikt04n5
 小さなログハウスの中央に円テーブルが置かれ、背格好の違う三人が並んで座っている。古くなって茶がかった色の小屋の中で、無垢の白木
のテーブルは不自然に目立っていた。一番左には黒い髪に紅白の衣装を着た茶の瞳の東洋の少女が座り、その右に背の低い、ぼさぼさの金髪の
可愛らしい少女が座っていた。赤い服に菱の連なった髪飾りをして、眼も服と同じ赤い色の瞳が入っている。
 その隣に、ヴェールを被った小柄で物静かな少女が、何かあるみたいに机の一箇所を注視して座っていた。髪は紫で長く、被っているヴェー
ルと同じ白い色の服を身に着けていた。
 東洋風の少女は霊夢、残る二人はフランとパチュリーという。三人の格好はそれぞれ、同じ所もあれば違っている所もあるという具合だった。
暫くすると、金髪の少女がお盆を手に持って現れた。
「はいお茶」
 彼女は三人の前にお茶を出すと、真向かいに座った。彼女はアリスという。この小屋の持ち主で、時々彼女は住処にしている屋敷を離れて
ここにやって来ることがあった。
「それにしても、最近よく来るわね」
「お菓子が無いと食べられないなあ、ちゃんと持ってきてよ」
 そう言ったのはフランだ。
「やっぱり人の家にいると落ち着くわね」
「はいはい」
 アリスは渋々おやつを取りに戻った。霊夢はいつもの調子の二人に驚くこともなく、出されたお茶を飲んだ。
「それで、何で集まったんだっけ?」
「何言ってるのさもう、私の偉大なるたくらみを実現するためだよ、ねえ」
「そうね」
 顔の向きを変えずにパチュリーが答えた。彼女の隣には、いつ取り出したのか数冊の本があった。
「これを見て……『吸血鬼に己の身の上氏素性過去の秘密など語らせるには、彼の氏ヴィオレッタ子爵の残せし偉大なる書「不死の者と通ずる
為の秘法」を精読されるが最良なり。
以下抜粋す……秘薬の製法はこの通り、まず朝鮮人参、大根の葉、生きた蛸の切り身を少しずつ、それに胡椒と山椒を振りかけて暫く待つ』」
「……なんだ、私の家の側で全部手に入るじゃないの」
「それに石灰と麦とタールを入れて煮込み、菖蒲と生姜と黒レンガを粉にしたものを加える。泡が浮いてきたら直ちに火から外し、錆びた鉄と
銅片、ミョウバンを加えそれらが全体にいきわたるまでそのままにする。
それに『高慢な批評家の鼻を圧し折ったもの』『吝嗇家の出した埃』『雀の涙』他を加えれば完成である……無ければニンニクでも良い」
「……じゃあまずニンニクを探してきましょうか」
「いや、これは見なかったことにしてこの『薬草等食用植物の効能』を読みましょう」


99 :選考外No.02 鳥を飼う 2/6 ◇HRyxR8eUkc:07/07/09 11:46:14 ID:iikt04n5
 そう言ってパチュリーは別の本を取り出した。アリスはタルトやパイを持ってきて皆の前に置き、また元の通り座った。
「ええと、『ブルーベリーは鳥目に効く、但し長く用い絶つ事なきが肝要……』どこに書いてあるのかしら」
「……いつになったら見つかるのよ」
「まあいいじゃない、これでも食べて落ち着きなよ」
 フランは早速、アリスの持って来た皿の上の肉入りパイに手を伸ばした。今回三人が集まったのは、フランの姉であり吸血鬼でもある
レミリアの秘密について知ろうという策謀を巡らせる為だった。その後三人が暗黙の内に「こういう時にはアリスの家に集まったほうが良い」
という見解で一致した事については、何故だかわからないが特に言うことも無い。滅多に人と会わない筈のアリスの住まいが、こんなにも
賑やかなのはその為だった。
「お姉様の知り合いかあ……どんな人なのかな。きっとね、こう背が高くて年取った人だと思うんだよね」
「何で?」
「いや何となく」
 パチュリーはいくつか本を手に取ったが、やがて言った。
「そうね、柘榴の実と蓬の絞り汁にニンニクを加えて、それを飲み物か何かに混ぜてみましょう」
「ほんとに効くの?」
「いや、後は催眠術で」
「おいおい」
「うちの近くに柘榴の木が植えてあったはずだよ。そこに行けば幾らでも取れる」
 パチュリーの話を聞いて、フランが言った。
「ええと、じゃあこれを使いなさい」
 そういうとアリスはペンダントを取り出した。中に何か色の付いた液体が入っている。
「催眠薬よ。必ず返すのよ」
「頼りになるわね」
「……そう、そりゃ良かったわね」
 アリスは呆れながら、霊夢に向かって言った。

 霊夢とパチュリーは、パチュリーの住まいである図書館までやって来ていた。建物の奥に光の差す場所が無い為、明り取りの窓の側に二人は
鮨詰めになって座る羽目になった。丸い紫水晶に、主と思しき少女と、彼女に食事を運んで来たメイドの姿がはっきりと写っている。少女は
白い肌に同じ色の服で、パチュリーと同じ紫の髪をしていた。
『お嬢様、おやつをお持ちしました』
『ありがとう。』

100 :選考外No.02 鳥を飼う 3/6 ◇HRyxR8eUkc:07/07/09 11:46:29 ID:iikt04n5
 写った皿には大きな柘榴の実が載せられていた。その実は弾け、中身が飛び出している。
「うまく行ってるみたいね」
「妹様にかかれば何が起こるか分からないわ……もう少し様子を見ましょう」
「それにしても、そこまでして調べたい過去があるのかしら?」
「何言ってるの貴方、妹様の命令は絶対なのよ」
「何で?」
「何でも何も、妹様が事を始めて私達が首を突っ込んだ以上、その時点で最後まで完遂する事が決まってしまったのよ」
「そうなの」
「別にそんなことないけど」
 突然フランが現れて言った。
「あれ、向こうに行ったんじゃなかったの?」
「行ったのは分身だよ。どうなるか見ものだね」

「柘榴……酸っぱいのよね。出され方もダイナミックだし」
 彼女レミリアは日光を嫌い、この屋敷から出ることは無かった。尤も彼女がどうして過ごすかは自身の一存で決めることができ、
"特殊な事情"さえあれば、いつも使っている日傘を持って出掛けていた。彼女はゆっくりと動作で柘榴を手に持って、その赤い実を齧った。
彼女は少し顔を顰め、柘榴を皿に置いた。
「そうそう、フランが良く食べてたわ……いつも顰め面して。そう、酸っぱそうな顔で……ふふ、そんな顔をする位なら食べなくてもいいのに。
私はどうも好きになれないわね……血の味などと言われているけど、本当はもっと……」
 ドアをノックする音とともに、誰かが部屋に入って来た。
「お姉様今日は。何してらっしゃるの?」
「少し、昔のことを思い出して……ほら、あなたの好きな柘榴の実よ。懐かしいわね、フランがまだ小さかった頃は……」

「これは……もう薬が効いてるのかな。私が小さかった頃の話って……何年位前になるのかしら」
「いや、あんまり普段と変わらないわね。もうちょっと様子を見たほうがいいわ」
「そうなのかしら」

「そうだ、お姉様の知っていた人の事について話して下さらない?この前言っていた人の事よ」
「昔の話ね……いいでしょう」

101 :選考外No.02 鳥を飼う 4/6 ◇HRyxR8eUkc:07/07/09 11:46:44 ID:iikt04n5
 もう大分昔の話になるけれど、私は一日中この屋敷に閉じ篭っていたの。私の面倒を見て呉れていた人達はとても親切で、不自由な思いを
した事は全く無かったけれど、私は何か不満の様なものを常に持っていた。そういう思いはそれまでした事が無かったわね……何と言ったら
良いのか分からないけれど、私に子供らしい愛嬌や振る舞いを教えて下さったのはお父様とお母様だったわ。でも自分ではそれに気付かずに、
却って自分の一部が欠けてしまったように感じていた……私が人間だった頃は、絶望を感じる前に人間としての生を終えてしまったのかも。
でも自分が吸血鬼として生まれ変わっても、私は人間として生きて、その続きを経験したんだと思うわ。そうやって理由も無くお母様を
憎んだりしていたのも、私が人間として避けて通れない、自然なことだった。
 
「……効き過ぎてるかな?」
「いや、そんな事無いわよ。まあ……普通位かしら」
「普通位?」

 私はお父様を困らせようとして、鍵を掛けて部屋から出なかったりした……でも私が一人を好むのはお父様もお母様も知っていたから、
これは効き目が無かったわね。その内私は人間のいる所まで出掛けて行って、人間と親しい振りをしたり、愛想を振りまいたりするように
なったの。件の少年とはその時に会ったのよ。
 彼とは随分色んな話をしたわね。私は殆ど彼の言う事を聞いていたけれど。初めて会った時は、私の方から声を掛けたんだっけ……その頃
私がよく行った森の辺りで、ぼうっとして佇んでいた。何でも彼は学生で、テストの問題がどうにも不服だったんですって。「飛蝗はよく空を
飛ぶ」という箇所を彼は「よく跳ねる」と書いて零を貰ったと言うのだけど、飛蝗は飛ぶのと同じ位跳ねるし、何よりただ飛蝗とだけ書いて
あるなら種類も分からないのだからって言って、丸にして貰おうとしたらしいの。それから……
「この問いでは近くなかったら遠いと答えるようだけど、近くないなら遠いとは限らない。なぜなら近いといえるのに十分な距離以上離れて
いるという事しか言えないんであって、『適度な距離離れている』というのが正しいんじゃないか」って……先生に向かってこう言ったらしい
の。そしたら皆変な顔をして、教室中静まり返ってしまったんですって。皆からは馬鹿にされるし、先生は丸を呉れたのは良かったけれど、
碌に口も利いて貰えなくなって、何を言ってもつっけんどんな返事しか返って来なくなってしまったらしいわ。
 でも私にとったら余りにも馬鹿馬鹿しくて、その話を聞いて笑ってしまった。その後私は彼を森まで連れて行って、そこで色んな話をしたの。
気が付いたら彼はもう帰ると言い出していたから、私は散々話を引き延ばした挙句、身に着けていたリボンを彼に手渡して、また来るからと
言って家に戻ったの。

「なんか盛り上がらないなあ」
「そうね」
「お母様に対しては『憎んだり』して、お父様に対しては『困らせようと』するって所が何て云うか、注目に値するね。

102 :選考外No.02 鳥を飼う 5/6 ◇HRyxR8eUkc:07/07/09 11:47:00 ID:iikt04n5
お姉ちゃんの性格というか、子供っぽい所がふがっ……」
「いいから黙ってなさいって!」

 次に行った時は、彼は随分やつれていて、家の中で一心不乱に何かを紙に書き付けていた。私は二度とこんな事をしてはいけないときつく
言われていたから、せめてリボンだけでも返して貰おうと思って、その様子をずっと見ていたの。彼は私が声を掛けても気が付かない位夢中に
なっていて、私はひとしきり彼の様子を見て帰ったわ。でも私がまた彼の所へ行った時も、彼はずっとそこでそうしていたみたいに、前と同じ
調子で何か書き続けていたの。以前よりやつれて頬骨が浮き出て、肌も黄土色に近くなっていたし、目は遠くを見ているようで、殆ど微動だに
もせず机の上の紙に凄い勢いでペンを走らせていた。それを見てなんだか恐ろしくなって、私は彼の側まで近づいて言った。
「どうしたの?随分やつれているようだけど」
 それで彼は驚いたようにこちらを向いて、まるで夢から醒めたようにぼうっとして言ったわ。
「ああ、君か。驚いたなあ。今さっきまでこちらにいたと思ったのに。ところで君が僕に話してくれた物語は、僕がずっと持っていても構わな
いものなのかな?僕は中々これを記録する為に時間を割くことが出来ないけれど……ほら、もうこんなになるよ」
 そう言う彼の隣には、膨大な量の紙の束があった。彼は殆ど一日中、この物語を書いていたのね……私は考えて、こう言ったの。
「好きにしていいけど、随分疲れているようじゃない。何か食べたのかしら?」
「どういう事?」彼は鸚鵡返しに尋ねた。
「君と一緒にあの木の茂った森まで訪ねて行って、其処で君が持って来たパンやクッキーや果物のジャムやらを一緒に食べてたじゃないか。
何でそんなことを訊くんだい?」
「そうだったわね、ごめんなさい」
「あの森の中の無人の建物で一緒にね。そうだ……今度君の住んでいる所にも行ってみたいな」
「そう、わかったわ。また今度にしましょう。以前置いて行ったリボンはあるかしら」
「ああ、リボンなら……あれ、手に持っていたみたいだ。じゃあ悪いけど少し横になるから、君は帰ってくれていいよ。さようなら」
 彼はそう言って気を失ってしまった……すぐに林檎の汁を絞って、彼に飲ませたわ。

「その後は?」
「別に何も……私は彼をここまで連れて帰ったけど、それ以外は特には……」
「じゃあその彼はどこにいるの?」
「紅魔館の鳥籠の中……」
「ふーん」
 それを聞くと、フランの分身は一目散に鳥籠のある部屋へ駆け出した。

103 :選考外No.02 鳥を飼う 6/6 ◇HRyxR8eUkc:07/07/09 11:47:16 ID:iikt04n5
「結局連れて帰って来ちゃったのね。いかにもお姉さまらしい事……それはそうと、もうすぐ話題の彼とご対面だよ」
「大丈夫なの?」
「うんうん」
 フランの分身が鳥籠を持って現れた。鳥かごを置くと、分身はフランに吸い込まれた。籠の鳥はぴいぴいと鳴いたり何やら複雑な鳴き方を
していたが、暫くして三人に話しかけた。
「こうやって居ても皆さんには見抜かれていることでしょう、申し上げにくいのですが、レミリア殿がお怒りです。
大変憤慨しておられるようです」
「ええ、どうして?」
「ご自分で何もかも話してしまわれたので、その場に居合わせたフラン殿を疑っているようです」
「間違ってないわね」
「しかしあれから長い月日が経ってしまいました、あれ程優しかったレミリア殿も、今では私を疎んじてこんな鳥籠に閉じ込めるようになって
しまわれた」
「あんたのなりと口調まで変わったみたいだけど」
「思えばあの頃は、私の為に自ら古今東西のあらゆる書物を読み聞かせて下さり、私の為に食事まで作って下さりもした。ああレミリア殿…
…」
「これはいつまで続くのかしら」
 レミリアは紅魔館で、勝手に鳥籠を持ち出したフランの帰りを首を長くして待っていたという。







BACK−ヘビと果実◆MKvNnzhtUI  |  INDEXへ  |  NEXT−木造二階建下宿の果実◆59gFFi0qMc