【 ヘビと果実 】
◆MKvNnzhtUI




93 :時間外No.01 ヘビと果実 1/5 ◇MKvNnzhtUI:07/07/09 00:28:17 ID:iikt04n5
 朝がやってきた。ドーム内に響き渡るじいさんの鐘の音で目を覚ました。ガラスを通してもまぶしい朝日の中、上体を起こ
し辺りを見回す。既に仲間たちはツタの間を潜り抜け朝食へと向かったようだった。急いで寝床から飛び起き、服を着て横
にそびえる木に登る。おれの寝床から朝食の果物がある木まではかなりの距離がある。おれのぶんは果たして残っている
だろうかと焦りを感じつつ、上から垂れ下がるツタに素早く渡った。いつもは早起きだというのに、こんな日にかぎって寝坊
してしまうだなんて。テンポよくツタの間を潜り抜ける。やっとのことで見えてきた木には既に沢山の仲間たちが集まり、それ
ぞれが極彩色の果実を頬張っていた。せめてマンゴーくらいは残っていればいいのだが。マンゴーの木の前にすっと降り
立つ。足の下の枯葉がこそばゆい。振り仰ぐと一食分ほどのマンゴーがぶら下がっていた。素早くもぎ取り、そのまま地面
にあぐらをかいて空っぽの腹の中に無理やり押し込んだ。よかった、十八歳の誕生日の日に、朝食にありつけないなんて
ことにはならないで済んだのだ。
 「おう、アダム」背後から呼びとめれ、反射的に振り向く。じいさんだった。
 「なんだ、じいさんか」じいさんはこのドームの管理人だ。名前がないからみんなじいさんと呼んでいる。
 「おまえも今日で十八か」
 「ああそうさ、これでやっとおれも『外』に出られるよ」おれがそう言うとじいさんは少し悲しそうな目をした。おれが行ってし
まうのが悲しいのだろうか。
 「はは、おめでたいこった。それにしても、おまえは他の連中と比べてずば抜けてがっしりとしているな」
 「なんだい、こんな日に限ってお世辞を言うのかい」
 「いや本当さ、この体つき、たいしたもんだよ」
 じいさんはそう言っておれの肩を軽くぽんと叩いた。たしかにじいさんの言うように俺は周りの奴に比べてがっしりしている
かもしれない。とくにこの三年間で腕の辺りに大きく肉がついたように思う。毎日、仕事をしっかりとこなしているからかもしれ
ない。
 「あとで、ドーム中の十八の奴を小屋に集めるから、伝えておいてくれ」じいさんはそう言って軽く手を振った後茂みのほう
へ消えていった。おれはまたマンゴーを齧った。そうだ、十八なんだ。
 午前の仕事を済ませ、昼過ぎに小屋の前にやってきたときには、まだ誰も小屋のほうには来てはいないようだった。じい
さんの話によると今年このドームで十八になる子供は全部で三十人いるらしいのだが、おれは全員の事を知っているわけ
ではないので、こうして全員が集まるというのは何かしらおれを刺激するものがあった。しばらく待ってみたが一向に誰も来
ないので、俺は小屋の中に入ってみた。ドアを開けると、獣のような独特の臭いが鼻を突いた。誰かいるかな、と辺りを見
回す。とじいさんがよく腰掛けている椅子にも、傾いた窓の下にある軋んだベッドの上にもだれもいない。やっぱり少し来る
のが早すぎたかな、と思いながら小屋の裏手に回ってみると、物陰から突然男の話し声が聞こえてきた。素早く腰を落とし、
耳をすます。
 「今回の生産高はいつもより少し少ないな、人間のほうはいつも通りだが」

94 :時間外No.01 ヘビと果実 2/5 ◇MKvNnzhtUI:07/07/09 00:33:20 ID:iikt04n5
 「まあ、植えた量が少ないからな」じいさんの声だ。相手はだれだろう。
 「ふむ、そうだな。それにこの第八ドームでの生産高が少なくとも、あと百二個のドームの生産をあわせたら十分だ」
 「そうか」
 「まったく毎度毎度無愛想な奴だな…ところでいつ納品できる?」
 「明日にはできるさ」
 「それはいい、いいから一刻も早く納品してくれよ、本部からお叱りが来るのはこっちなんだからな」
 話している男はだれだろうかと少しずつ陰のほうへと近づいてみて、驚いた。そこには「外」の人間がいたのだった。おれは
久しぶりに見る「外」の人間にしばし震えた。あこがれの「外」の人間がいる!高ぶる気持ちを必死に抑えつつ慎重に近づいて
いった。「外」の人間は四十くらいの小男で、肌が青白い太っちょだった。「外」の人間が着る銀色に光る服を着ており、頭は少
し禿げかかっていた。男とじいさんはしばらく話しこんでいたが、(おれはその内容がさっぱり分からなかった)やがて軽く手を
振った後、男が扉のほうに、じいさんが小屋のほうに、それぞれ戻っていった。俺は急いで小屋の前まで戻った。
 「アダム、もう来ていたのね」
 唐突に声をかけられ、俺はぎくりとした。見つかるまいと戻っていたため、感づかれてしまったのかと思ったのだ。だが声をか
けてきたのはイヴだった。
 「まあ、午前の仕事が、はやく終ったからね」
 「今年で私たち十八になるのね、待ちに待った十八歳よ! 」イヴはいつも嬉しそうな声だ。
 「そうだね、とうとう十八だ」
 そのときじいさんがおれたちを呼び止めてきたので、おれたちは小屋の前まで向かった。皆はいつのまにか集合しており、
おれが来ると遅いぞ、どこ行ってたんだよ、と声をかけてきた。イヴはいつまでたっても来ない俺を心配して探していたらし
い。全員が揃ったところで、じいさんは話をはじめた。明日の朝に、「外」から今月分の果物を運びにくること、そこで果物とと
もにおれたちは積まれ、「外」へと旅立つことができること。おれたちは高揚感のなか無言でその話を聞いた。毎年十八のや
つらがこの時期になると何度も自慢してくるから、とっくの昔に分かっているはずなのに、いざこうして聞いてみるとやはりう
れしいものだ。とうとうだ。とうとうこのドームから出られるのだ。毎日果物の世話をし続ける日々は終るのだ!皆が来るべく
希望に対してそれぞれ何かしらの思いを抱いているようだった。イヴはうっとりとしたようにじいさんの話を聞いていた。
 小屋から寝床に戻る頃にはあたりはすっかりと暗くなっていた。特殊加工されたガラスからは「外」の明かりと星が見えた。
イヴはひたりとおれの横に付いてきた。イヴはおれに気があるのだろうか、と思うことがときたまある。何かあるたびにこうやっ
て近づいてくるからだ。でも、別におれは悪い気はしなかった。横を見ると、イヴは相変わらず楽しそうに話している。不思議
なものだ、どうして女はこうも楽しく話せるのだろう。まるで世の中は何一つとして気に病むことがないのだというかのように、
目の前には何一つとして不安なものが存在していないのだというかのように。
 いや、何も知らないだけなのだろうか?知らないから、笑っていられるのだろうか?

95 :時間外No.01 ヘビと果実 3/5 ◇MKvNnzhtUI:07/07/09 00:33:35 ID:iikt04n5
 「アダム!」突然木の陰から誰かに呼び止められた。
 おれはイヴとともに素早く伏せた。誰だ、誰だ。聞き覚えのある声だったが、おれは全神経を集中させて木の陰を凝視した。
男のような影がぼんやりと浮かんでいた。おかしい、この大きさはおれたちのような子供とは違う誰かだ。地面の小石を拾う。
こちら側に声の主の陰が少しづつ近づくにつれ、その姿は月明かりに照らされ明らかになってきた。もし知らない奴だったら
石をぶつけて全速力で逃げよう。男はゆっくりと近づく。そして顔がはっきりと確認できたそのとき、おれはあっと声を上げた。
 「ヘビ、ヘビじゃないか!」
 「おお、俺のことを覚えていてくれたのかい、うれしいや」
 そこにいたのはヘビだった。十八を過ぎていたのに、「外」に出ることを許されなかった男、ヘビ。ドームの端にひっそりと暮らし
ていたが、四年前突然その姿を消した男、ヘビ。いつもなんだかおかしなことを言って、皆に嫌われていたが、不思議と俺と馬の
合った男、ヘビ。おれは友との四年ぶりの再会に思わず男泣きをしそうだった。ヘビは辺りをかなつぼ眼で素早く見回すと、
 「おまえに、大事な話が、あるんだ、ちょっと、来てくれないか」そういっておれを木の陰へと誘った。おれは言われるままヘビのもと
へと向かった。だいたいヘビがこういうときは本当に重要な話なのだ。イヴは怪訝そうな顔をしてヘビのもとへ行くのをためらった
が、おれが心配ない、と言うと(それでもまだ不安そうではあったが)やがてゆっくりとこちらに近づいてきた。
 「おまえ、今年で、十八になるよな?」木の陰に座りこんでおれたちは話しはじめた。
 「ああ、今日でちょうど十八になる」
 「そうか、それは良かった」
 「どうしたんだ?」
 「おまえ、明日の「外」からの迎えには絶対に乗るな」おれはヘビがそこまでおかしくなったのかと思い、ヘビの首もとを掴むとぐいぐいと揺らしはじめた。
 「おい、何を言っているんだ。おまえは四年のうちにそんなにまでおかしくなったのか?」
 「待ってくれ、待ってくれ、話を、聞いてくれよ、いいか、おれは、この、4年間、こっそりと、辺りを旅してきたんだ。「外」に出て、いろ
んなものを、見てきたんだ。そこで、おれは、恐ろしいことを、知ったんだ」
 「恐ろしいことって、なんだい、果物運びの仕事ができなくなることかい」おれはほとんど喧嘩腰になっていた。
 「そんなもんじゃ、ないさ」
 「じゃあどんなことだい」
 「『外』に送られたら――殺されてしまうんだよ」
 ヘビの突然の言葉に、おれはあっけにとられた。信じられない筈なのに、なぜだかその言葉はおれの胸にすんなりと収まった。
 「待って、そんなことがあるわけないわ」今まで口を閉ざしていたイヴが、急に口を挟んできた。
 「なぜだい?お譲ちゃん」
 「だって、みんなは『外』は素敵なところだって、そう言ってるわ」
 「そんなこと、分からない、だろう?だって、お譲ちゃんが、見てきたものじゃ、ないんだからさ」

96 :時間外No.01 ヘビと果実 4/5 ◇MKvNnzhtUI:07/07/09 00:33:48 ID:iikt04n5
 ヘビは午前二時におれたちを迎えにきた。おれたちは眠気のなかヘビにふらふらと付いていった。イヴはまだ納得できないようだ
ったが、それでも付いてきた。ヘビは寝床からずいぶんと長い距離を移動したのち、ドームの端で停まった。ここは『外』への扉とは
逆方向だ、とおれが指摘すると、ヘビは扉から出るんじゃない、あそこに見える穴から「外」に出るんだ、と言った。振り仰ぐと確かに
バナナの木四本分ほどの高さのところに金網のついた穴のようなものが見えていた。イヴはばからしい、帰るわ、と言って帰ろうと
したが、ヘビが死にたいのかいと聞くと黙りこくっておれたちとともにドームの表面にかかる梯子を少しづつ登りはじめた。梯子は長く、
途中で何度か滑り落ちそうになった。ヘビはもくもくと登っていく。ヘビはやはり分からない男だ、とおれは思った。ひょうひょうとし
ているかと思ったら、あるときはとてつもない行動力を発揮する、そんな男。頼もしいのか、頼れないのか、よく分からなかった。
 一時間ほどしておれたちはなんとか穴の高さまで登りつめた。イヴは息を切らし、穴の中に入ると途端に床面にへたりこんだ。穴の
中は広く、ドームの中と違って冷ややかで、不思議な臭いがした。上には光を放つ不思議なものが取り付けられ、おぼろげな光が中で
くるくると回った。ヘビの指示の元、おれたちはこの広い穴をゆっくりと前進する。途中で何度か強い風が吹き付けた。
 穴を抜けると広い部屋に出た。この部屋は穴の数倍眩しい光が上から注がれていた。ヘビは目の前にある四つの道のどれを進むか
しばらくの間考えていたので、おれとイヴは部屋の隅にある銀色に光る椅子の上でヘビが行き先を決めるのを待った。
 「ねえ、アダム、ほんとうにあの人信用できるの?わたし、やっぱり不安だわ」
 「おれは、信用しているよ、いい奴だから」
 「でも、わたしたちを騙しているかもしれないじゃない、殺されるだなんて、怪しいわ」
 「もしそうだったとしても、きっと何か理由はあるだろうさ。おれは、ヘビの友達だ。ヘビを、信じるよ」
 やがてヘビが右に行き先を決めたので、おれたちは再び歩き出した。イヴはそろそろ疲れてきたようで、途中で何度か座り込んだ。
 「待った」ふいにヘビがそう言っておれたちを止めた。「ちょっと、横の窓を見てみろ」おれたちは横にある丸い小さな窓を覗き込む。窓の
外では、大きな腕型の機械が、小さななにかを掴んでは箱の中に入れていた。何を掴んでいるのだろう、そう思い機械の先に目を凝ら
して、おどろいた。そこにあったのは、生きた人間だったのだ。
 「こ、これは、どういうことだい」
 「簡単さ、果物を栽培のと同時に、人間を栽培して、育ったら、果物と一緒に、出荷させて、食うのさ。人間は、有用な、タンパク源になる
からね、食うのは、とても理にかなっているよ」おれたちは窓の外を目を見開いて眺めた。人間は流れる床に乗せられ、次々に箱詰めされ
ていった。悲鳴さえ聞こえない。恐ろしかった。箱の表面で、「東亜製肉の人肉」という文字が、てらてらと光った。
 しばらく行った所で、休憩をとることにした。十人ほどの入る小部屋におれたちは座り込んだ。イヴは着くと疲れていたのかすぐに眠り込んでし
まったので、おれとヘビは起きるまではここでじっとしておくことにした。
 「それにしても、どうして人間を食うんだい、『外』の人間は。狂っているのかい」
 「理由なんてものはないさ、人間が知恵をつけるうちに、いつのまにか、そうなっただけさ。効率的で、合理的なら、べつにどんなことでもいい。
そういうもんさ」
 「そんな理由で人を食うのかい?信じられないな」

97 :時間外No.01 ヘビと果実 5/5 ◇MKvNnzhtUI:07/07/09 00:34:04 ID:iikt04n5
 「おまえみたいに、ドームの中で、ろくに教育も受けずに、食われるためだけに育ってきた純粋なやつには、わかんないかもしれないよ
 「それはちょっと言いすぎだよ」
 「いや、そうさ。おまえらみたいにドームのなかでぬくぬくと育っているだけじゃ、なにも分かりやしないんだよ。考えずに生きて、そのまま
殺されるだけじゃ、果実とおんなじさ」ヘビがはっきりとそう言ってきたので、おれは話を変えることにした。
 「そういえば、どうしてヘビは十八になっても外に出られなかったんだい?」
 「簡単だ、頭の病気だからさ。病気の肉なんて、だれも食いたくはないから、出荷されずドームの中で暮らす羽目になったわけ。じいさんも同じさ」
 イヴが目を覚ましたので、おれたちはふたたび歩き始めた。もうすぐで完全にドームの外に出られる、とヘビは多少落ち着いた面持ちで言った。
道は幾度となく曲がり、もはやおれたちがどこにいるのかはヘビにしか分からないように思えた。イヴはさきほどよりはいくぶんか希望を持
った足取りで歩いた。もうすぐで出られるのだ。殺されないで済んだのだ。
 そのときだった。突然ぶいんぶいんと爆音が聞こえ、辺りが瞬時に真赤な光に包まれた。「どうしたの?」イヴが怯える。ヘビは辺りをきょろ
きょろと見回したのち、全速力で走り出した。「やばい、『外』の人間に見つかった!」ヘビが叫んだ。おれはイヴの手をとり必死に走る。最
後の最後で、こんな目に会うとは。後ろから何者かの足音が聞こえだす。おれたちは息も絶え絶え、膝がくがくとなるなか走る。「追え!」
後ろで怒鳴り声がする。右に素早く曲がる。バンと爆裂音。後ろの壁が轟音を立てて砕け散った。ヘビはなおも走り続ける。ああ、後ろからの
足音が続々と強まる。急げ、急げ、急げ、急げ、急げ。ふいにヘビが立ち止まった。前からも人が来る!ヘビはためらいもなく横の鉄塊を持つと
うおおと唸り声を上げ銀色の人影めがけ斬りかかった。ヘビ!おれは叫ぶ。ヘビは前の男たちを蹴散らしながら吼えた。「おまえだけでも、先に行け!
おまえのような奴が生きれば、それでいいんだ!」おれはイヴの手をとると最後の力を振り絞りヘビに向かって韋駄天走り、そのまま前の扉
目掛けてとびこんだ。ガラスの割れる音、そして落下。薄れゆく意識の中、かすかに爆裂音と叫び声と水音が聞こえ…暗転した。
 気がつくとおれたちは川の下流に流されていた。辺りはすでに明るみはじめ、遠くに見える街の向こうからかすかに朝日が立ちのぼってきていた。
おれは起き上がるとすぐさま横のイヴの介抱をした。イヴは水を飲んでおり、脈も定かではなかったが、やがて息を吹き返した。
 「ここはどこ?」
 「どうやら、『外』に出られたらしい、川に流されてここまで来たみたいだ」イヴはしばらくの間戸惑っていたようだったが、やがて事情が飲み込めてく
ると、顔を押さえてわっと泣き出した。
 「ああ、もう、嫌よ!こんなの。『外』は狂ってるし、ヘビは死んでしまったし、わたしたちには行くあてもない、死んでしまいたい、死んでしまいたいわ!」
 「だめだよ、こんなところで死んでしまっては。さあ、立って」イヴはしばらくの間さめざめと泣いていたが、やがておれの肩に手をのせ、ふらりと
立ち上がった。目元は赤くはれ、唇からは血がにじんでいる。
 おれは前に進みながらヘビの最後の言葉を思い出していた。ヘビはおれのような奴が生き残らなくてはならないと言った。そうだ、生き残らなくては
ならないのだ、ヘビが教えてくれたことを、無駄にはできないのだ。なにも知らぬまま、のたれ死ぬなんてこと、あってはならないのだ。

おしまい



BACK−禁断の◆ukZKI4rkTU  |  INDEXへ  |  NEXT−鳥を飼う◆HRyxR8eUkc