【 荒地と風車と少年の話 】
◆D7Aqr.apsM




82 :No.19 荒地と風車と少年の話 1/4 ◇D7Aqr.apsM:07/07/09 00:19:30 ID:iikt04n5
 夜。闇の中に波の音だけが響く中、カルロはただひとつ灯る明かりに近づいていった。
 靴底を通して感じる、人工的に平らで、ざらざらととした地面の感触と、Tシャツの中を吹きぬけていく風。
 カルロは月のない夜、ここを歩くのが好きだった。
 小さな電気式のランタンが、あたたかみのある色で、周囲を浮かび上がらせていた。ぼんやりと、丸く。
 ランタンの横には赤い工具箱。そして、何かの骨組みのような鉄骨が上に伸び、闇の中に消えていた。
 小さく息をついて、カルロはポケットからタバコを取りだし、火をつけた。一口目を吐き出すと、工具箱に
手を伸ばし、一本のコンビネーションレンチを手に取った。何度も油にまみれ、使い込まれながらも、大切に
使われてきた工具だけが持つ丸い感触を、手の中で確かめる。
「十二ミリ」
 不意に、カルロの頭上から声が響いた。カルロはランタンのあかりを頼りに、工具箱からレンチを取りだすと、
おもむろに手を真上に伸ばした。闇に向かって。
「ん。メガネだぞ」
「おう」もう一本の手が、レンチを受け取る。

 カルロは、海風で灰になるのがやけに早いタバコの火を消しながら口を開く。
「なあ。キイ、お前何してんの?」
「創作活動」
 暗闇の中から、何か機械をいじっているような金属音と共に返事がふってくる。鉄骨に何かを固定しているのか、
地面に立っている部分が時折、ぶるぶると振動していた。倒れてきたら見捨てて逃げよう、とカルロは思った。
「そうなんだろうけどな、こんな時間にか? なんかひらめいたりしちゃったのか?」
「『神さまが降りてきた!』 ……なんて言ってるうちは創ってるんじゃなくて、創らされてるだけだろうがよ!」
「こないだは『ひらめきこそが命!』とか言ってなかったか? ま、いいけど」
 タバコの煙が、ランタンの光にぼんやりと照らされる。
「ドライバー。プラスのでかい――柄が赤いやつ」
「ん」カルロは差し出された十二ミリのスパナを受け取り、変わりにドライバーを渡す。
 しばらくすると、耳ざわりな金属音と、何かを力任せに叩く音が響いた。
 不意に響いた音に首をすくめながら、カルロはつぶやいた。
「なんでドライバーでそんな音がでるんだよ。壊してんじゃないのか?」
「まあ、俺様くらいのレベルになるとな。色々と自由自在なわけだ」自慢気な声。「――ところでさ。こんな話、
知らないか?荒地と風車と少年の話なんだけど」

83 :No.19 荒地と風車と少年の話 2/4 ◇D7Aqr.apsM:07/07/09 00:19:44 ID:iikt04n5
「荒地というかさ。半分砂漠見たいなところに、小さな村があったんだよ。すげえ田舎……というか、辺境な?
こう、ナショナルジオグラフィックとか、ディアゴスティーニな感じの」
「……後ろのはちょっと違うだろ。それで?」
「その村のはずれにさ、一軒、小屋があるんだよ。すげえだろ? 辺境の小さな村の、さらにはずれ。もうな、
キングオブハズレ、とか、ザ・ハズレみたいな感じだよな」
「変な英語はいいから、先に進めろよ」
「せっかちだなあ。ま、いいか。でな? そこには一人、少年が住んでいたんだ。みなしごでさ。村の人の手伝いを
しながら、かろうじて食いつないでいたんだ。村自体、食うや食わずだから、引き取って育てる、なんてのは
できないんだよ。作物も育たないし。あ、ガムテープ取って」
「壊してんじゃねえかよ」カルロはテープを差し出した。
「でな? ある日、旅人が倒れているのをその少年が見つけて、助けてやるんだよ。辺境なのに、自転車に荷物を
くくりつけた、まあ、ある種の物好き。よくいるじゃん? 自分探ししちゃったりなんかする奴。社会復帰できないだけの
人だったりもするけれど」
「お前も学生の時やってただろ?」
「あれは自分探しじゃなくて、自分を紛失だった気がする――って、それはよくて。話の腰を折るなよな!」 
「すまん。つづけろ」カルロはポケットの中からウィスキーの入ったフラスコを取りだした。もともと、そのために外にでたのだ。
「なんだっけ? あ、旅人。そう。旅人は病気だったんだよ。もう助からない、ってわかってたみたいなんだよな。それで
彼は亡くなる前に、少年に自転車と、荷物と、倒れてから必死に何かを書きつけた、一枚の紙切れを託したんだ」
「ん。それで?」
「それはさ、井戸と、風車が描かれていた。設計図だったんだよ。少年にもわかるように可能な限り絵で描かれた。
荷物の中には、多分、元々は自転車の為だったんだろうけれど、針がねとか、ゴムのチューブや、携帯食の為の干した果物と、
そして――なあ、一口くれよ」
 カルロは全部飲むなよ? と念をおしながらフラスコを差し出してやった。
「自転車の車輪を分解して、ダイナモを取り出す。荷物の中に入っていた小さなポンプとバッテリーを使って、
井戸水をくみ上げられるようにするんだ。そうすれば、やせた土地でも少しマシな作物が取れる。それを少年は理解したんだ。
拾い集めた木で支柱をつくって、ダイナモに板をくくりつけて羽にして、風車を作った。村の人に手伝ってもらって井戸を掘ったんだ。
風が吹くと、水がくみ上げられた。……何年もかかったみたいだけどな」
 ほい、と声がして、フラスコが戻ってきた。振ってみるとまだ中身がある。
 よしっ、と声がして、キイがすとん、と支柱から飛び降りてきた。
 伸び放題に伸びた癖毛を無造作に頭の後ろで結んでいる。カーゴパンツのポケットは、工具やらテープやらで膨らんでいた。

84 :No.19 荒地と風車と少年の話 3/4 ◇D7Aqr.apsM:07/07/09 00:19:58 ID:iikt04n5
 キイはカルロのポケットから無言で煙草を抜き取ると火を付け、一口目の煙を吐き出してから、さんきゅーと言った。
「少年はいつか大人になって、くみ上げた水を使って畑を作り、少しずつ大きくして農園を作った。旅人が残した干した果物から
手に入れた数つぶの種からな」
 キイはポケットの中からくしゃくしゃに畳まれた雑誌の切り抜きを取り出し、カルロに差し出す。
 背の低い支柱に、ツギハギだらけの板が羽として付けられた風車の写真が、記事の中に添えられていた。
 村の人だろう、何人かの大人がその風車を囲み、笑っている。赤茶けて、乾いた、やせた大地の上で、その風車はなんだか
頼りなげにみえたけれど、周りを囲んでいるのは、とてもいい笑顔だった。
「へえ。良かったじゃない。『いい話嫌い』のおまえにしては珍しいな」
 カルロは記事を丁寧にたたみ直すと、キイに返す。
「まあな。でも、この話のすごいのはここからなんだ。農園を持った元少年――もう少年じゃなくて、男だな――は家族をもって、
子供も二人生まれた。村の中では一目置かれる存在になったんだ。でもな。男は子供が成人したときに、全てを子供と村に譲り渡したんだ」
「早めの隠居生活か?」
 キイはゆっくりと首を振って、言った。
「少しばかりの荷物を自転車にくくりつけて、男は旅に出たんだ。数年すると故郷に戻って、発電機や小さなポンプを手に入れて、
また旅に出る、という事を男は繰り返す。そして、何度目かの旅に出ると、そのまま二度と戻らなかったんだ」
 キイは髪を結んでいたひもを解いて、ばさり、と頭を振った。
 気がつけば、夜が明けようとしていた。
 東の空が藍色に変わり、水平線とその上あたりのそらが赤く焼けている。
 カルロが見上げると、そこには奇妙にいびつな鉄骨の上にのせられた風車があった。
 羽には、訳のわからないマークが書き付けられている。
「で、おまえがここに風車を立てるのはなんでなんだ? ここじゃあ水なんてでないぞ?」
「いいんだよ。そんなの。全然。――できるのかどうか、試したかっただけだからな」
 キイは足の先で、ランタンのスイッチを切って、明かりを消した。あたりが夜明け独特のグレースケールに染まる。
「後から解ったことだけど、旅人はさ、宗教団体関係の人で、干し果物を配って、根付かせようとしていたんだってさ。だから、まあ、
最後の最後に大成功だったわけだよな。村が一つ救われたわけだし。でもさ、旅人が、少年に渡したのは、食べ物とか、
少しだけ楽な暮らしなんかじゃないよな。きっと」
 キイがストッパーを外すと、風車がゆっくりと回転を始めた。しばらく回り続けると、風車横に取り付けられた
ラジオが、音楽を流し始める。
 太陽が昇った。朝焼けの光が、足下に引かれた白線を浮き上がらせる。その先に獅子の紋章。振り返ればそこには
大きな艦橋が見えた。獅子の紋章を付けた旗が翻っている。

85 :No.19 荒地と風車と少年の話 4/4 ◇D7Aqr.apsM:07/07/09 00:20:13 ID:iikt04n5
「退役を控えてのドック入り直前とはいえさ、原子力空母の甲板で風力発電ってのはないんじゃないか?」
 そろそろ見つかるだろうなあ、と思いながらカルロは艦橋を見上げた。
「アンチテーゼ!」
「俺らの職場だしよ。アンチテーゼでどうすんだよ。っていうか、意味、わかってるか?」
「いんだよ。もうさ、戦争も終わったし。次の事考えようぜ?」
「次なあ。どーするかなあ?」
 カルロはぼんやりと風車を見上げた。中心のスピナーは、少しいびつに楕円を描きながらも、勢いよく回っている。
「旅に――出てみるか?」
 キイがにたり、と笑いながらカルロの顔をのぞき込む。
 カルロは博物館に展示してあった古いスポーツカーを思い出していた。恩賞をまだもらっていないから、
あれをもらい受ける交渉をしてみるのも悪くない。
「自転車じゃなくてもいいならな」
 キイはカルロにアイデアを話し始めた。

<荒地と風車と少年の話> 了



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