【 潰れたミニトマトたち 】
◆2LnoVeLzqY
77 :No.18 潰れたミニトマトたち 1/5 ◇2LnoVeLzqY :07/07/08 23:41:51 ID:a7gW29xM
彼女の外見を描写することにどんな意味があるのかと訊かれたら、残念だけど納得のいく答えを返せる自信が僕にはない。
もし街ですれ違っても、きっと三分もすれば忘れてしまうような女の子。それが彼女だ。あるいはガールフレンド募集中の冴えない男なら、「お、あの子かわいいじゃん」くらいの感想は抱くのかもしれない。
けれどその程度だ。今回のキャンプ旅行に参加した彼女の服装だって、決して猟奇的なわけでもエキセントリックなわけでもない。ふわふわしたカットソーと膝までのデニムのハーフパンツ。
そしてボブに近いような黒髪のショートヘアは、その服装と相まって、彼女をどこにでもいそうな、健康そうで“普通の女の子”に、図らずとも“見せる”ことに成功していたのだから。
とにかく彼女の外見描写が示すのは、彼女の正常性、ただそれだけなのだ。だから意味なんてないだろうと言われれば、はいそうですねと僕は返すしかない。
けれどひとつだけ、たったひとつだけそこから意味を探し出すとすれば……彼女は、全国に数万といるほかの全ての大学生と同じように、
あるいはあのテントで寝ていた六人のアホ大学生と同じように、外見上はとてもとても、“普通だ”ということなのだ。
そしてそれを言う僕もまた、とてもとても、“普通”なのだ。
アホ男三人が女子四人の仲良しグループを、夏休みに海でのキャンプに誘った。目的なんて最初からバレバレなのに、大学一年生といえば大抵アホなのでキャンプは何事も無く開催決定になってしまった。
けれど男が三に対して女子が四だとバランスが悪い。そこで白羽の矢が立ったのが僕だった。その男三人とは、なりゆきで大学祭の準備を一緒にやった縁があったのだ。
友だちなんてまるでいない僕は、断ればいいものを、「もしかした何か面白い、普通じゃないことが起きるかもしれない」なんてアホな悪魔のささやきのせいで、結局断れずに参加してしまったのだった。
結局のところ、このキャンプが彼女と出会うきっかけになった。
今井舞。彼女の名前は男女別に分譲した車がキャンプ場に着いてから知った。海岸に面したキャンプ場で、砂浜は思ったよりもずっとずっと綺麗だった。はだしで歩いても、花火の燃えかすが足に刺さる心配はなさそうだった。
「日下部くんだよね? あ、わたしの名前は今井って言うんだけど、実は大学祭で同じシフトだったんだけど覚えてたりする?」
「んー……覚えてる、かも」
「あはは、それは覚えてないって言ってるのと同じだよ」
もしもスイカ割りさえなければ、僕は彼女の名前も他の女子たちと同様に、三日も経てば忘れていただろう。
誰が言い出したのかは知らないけれど、近所の小さなスーパーでスイカとビニールシートを買ってきて、誰かが持ってきた野球用の木製バットでスイカ割りが始まったのは、夕方になってからだった。
「よし、次は舞ちゃんだ! ほら、いいからいいからバット持って」
終始リーダーっぽい役割をこなしているアホ男にそう言われて、今井舞は……今井は、バットを持って目隠しをされた。
僕が彼女に、ほんの小さな違和感を抱いたのはこのときだった。
恐らく普通の連中はまず気づかない、小さな小さな“違い”。普段友だちもおらず、斜めに構えて人を観察してばかりいる僕だから、気づけたのかもしれない。
スイカ割りは、目隠しされた状態で周囲からの声だけを頼りにスイカの上に棒を振り下ろす。だから相当に難しい。現にスイカはいまだに割れずに残っているし、僕だってさっき見事な空振りを披露した。
けれど彼女は……周囲からの指示などまるで必要ないとばかりにまっすぐスイカへと歩み寄り、そしてバットを、寸分違わずにスイカのてっぺんへと打ち下ろしたのだった。
ばかん、と鈍い音がした。
スイカは綺麗に割れて、アホ男三人も他の女子三人も盛り上がった。当の彼女、今井はというと、割れたスイカの破片に、目隠しをされたままなおもバットを打ち下ろしていた。ぐしゃん、とスイカが潰れる音がした。
「おっけーおっけー舞ちゃんもういいよ。あとは包丁で食べやすく切るからさ」
リーダーじみたアホ男に笑いながらそう言われ、ようやく彼女は手を止めた。目隠しを外された彼女は、心底嬉しそうな、むしろ恍惚に近いような笑みを浮かべていた。
78 :No.18 潰れたミニトマトたち 2/5 ◇2LnoVeLzqY:07/07/08 23:42:30 ID:a7gW29xM
バーベキューでは勝手に誰かが焼いてくれたのを食べるだけだったし、花火では線香花火の炎を見つめているだけだった。
結局、普通じゃないことなんてまるで起こらなかった。だいたいが予想通りのことが過ぎ去って、長い長い一日がようやく終わろうとしていた。
僕はこれに参加したことを、だんだんと後悔し始めていた。
皆が寝静まったのは夜の十二時ぐらいだけど、大して疲れてもいなかった僕は少し寝ただけで目が覚めてしまった。一瞬だけランプをつけて時計を見ると、午前三時になっていた。
夜の三時なんて、普段ならパソコンの前に座っている時間なのだ。実は今でもチャットをしたかったりもする。もっともキャンプに来た以上、そんなものを望むべくもないけれど。やはり、参加するんじゃなかった。
テントの中は少し暑かった。男女別にはなっているけれど、この中には僕の他にも男三人が転がっているのだ。汗だか何だか良くわからない臭いもするし、目が覚めた状態ではあまり長くいたい空間ではない。
僕ははだしのまま、テントから静かに外へと出た。涼しい風が頬を撫でて、しばらく外にいよう、と思った。
外は思ったよりも明るかった。男子のテントも女子のテントも静かに並んで立っている。狼男なら喜んで変身しそうな満月が、空に浮かんでいるせいだろうか。照明はとうに消えていても、周りの様子は良く見える。
だから波打ち際に座っている彼女の背中にも、僕は即座に気がついた。
歩く僕の足音は、打ち寄せる波の音にかき消されていた。だから彼女の斜め後ろに立っても彼女にはちっとも気づかれなかった。満月は海の上に浮かんでいたから、影は僕の後ろに伸びていた。
その服装から、今井舞だとすぐにわかった。
僕は話しかけようとした。けれど彼女のとっていた行動が、話しかける気を、きっかけを、僕から奪い去ってしまった。
彼女は体育座りをしたまま右手を水平にまっすぐ伸ばして……その先で、何故かミニトマトを、親指と人差し指で挟んでいた。
その光景は、どこか滑稽でもあった。
けれど僕は夕方に彼女に抱いた違和感を思い出した。バーベキューのときも花火のときも彼女は普通に振舞っていたのだ。
それなのに今、指の先にあるミニトマトを見つめる彼女の後姿は……あのときと、全く同じ違和感を放っていた。
波の音だけが聞こえている。しばらく彼女はその姿勢のまま動かなかった。
話しかけよう。僕がついに心に決めた、その瞬間だった。
彼女は、持っていたミニトマトを二本の指でそっと潰したのだ。ぐしゅ、という音がした。とてもとても嫌な音。普段なら決してそんなことは感じないはずなのに。
たった今この瞬間、ミニトマトの潰れたその音は、僕の背筋にざっと寒気を走らせた。
ああ、この子は普通じゃない。僕はそのとき確信した。それから僕は話しかける気も失せてしまって、ぼんやりと、彼女をじっと見つめていた。
――彼女が、くるりとこちらを振り向くまでは。
僕は思わず悲鳴を上げそうになった。けれど彼女は僕の顔を見ると、小さな声でくすくすと笑い始めたのだ。彼女を見つめる僕の表情が、相当おかしかったに違いない。
けれど今の彼女は、昼間僕に笑いながら挨拶したときの彼女だとは、到底思えなかった。ふわふわしたカットソーもデニムのハーフパンツもそのままだ。ボブのようなその髪型だって変わっていない。
おまけに月明かりからは逆光になっていて、ここからはその表情もあまり見えない。けれど、そもそも雰囲気が、まるで、違うのだ。
彼女が座ったまま、自身の左横の地面の砂を、ぽんぽんと叩いた。座れということらしい。
僕は複雑な気持ちのまま、結局彼女の横に、同じように体育座りをした。ハーフパンツから伸びる彼女の白い脚は、月明かりに照らされてとても綺麗だった。
「さっきの表情、すごくおかしかったよ。って、また同じ表情してる」
79 :No.18 潰れたミニトマトたち 3/5 ◇2LnoVeLzqY:07/07/08 23:43:57 ID:a7gW29xM
僕は、彼女の白い脚に付いたミニトマトの、赤みがかった汁を見つめていた。
そんな僕を見て、彼女は右手に残っていたミニトマトの残骸を、打ち寄せる波の中へとぽいと放り投げた。
それから脚についた赤い汁を指で拭き取って……そのままその指を、口に咥えて舐めてしまった。
僕は思わず目を逸らした。どことなく恥ずかしかったのだ。逸らした先にはさっきミニトマトの残骸を飲み込んだ海があった。
すると、突然その海の前に、彼女の白い腕がすっと現れた。その指の先にはまたミニトマトが挟まれている。
そして今度は、この僕の目の前で、彼女はミニトマトを容赦なく潰した。ぐしゅ、とまた嫌な音がする。赤い汁が四方に飛び散るのを、僕は確かにこの目で見た。
「きみさ……何か、少し、ヘン……変わってる、ね」
ミニトマトの汁が付いた指先を口に咥えて舐める彼女に、僕はようやくそれだけ言った。
よく見ると彼女の右横、彼女から見てちょうど僕が座っている反対側には、ミニトマトのパックが置かれていた。さっきのバーベキューの残り、だと思う。
バーベキューのときにそんなのを食べてる人なんていなかったから、きっとパックの仲にはまだまだたくさん残っているのだろう。
そう思う僕を尻目に、彼女は何故か座ったまま、足の下の砂をとんとんと踏み固めていた。それからミニトマトをまた取り出すと、その白い足の下に置いたのだった。
彼女はかかとでゆっくりと、そのミニトマトを踏み潰した。ぐしゅり。
けれどこの時は、僕は彼女の表情をしっかりと見ていた。それは思ったとおり、夕方のスイカ割りのときと同じような表情だった。
彼女の横顔は一心にトマトが潰れる様子を見つめていて、その表情は、どこか恍惚感とでも言うべき、不思議な笑みに満たされていた。
ミニトマトが砂とかかとの間に消えると、ようやく彼女が口を開いた。
「汁さ、日下部くんの服に付いちゃってるけど、怒らないでね」
確かに僕のシャツには、ミニトマトの汁がついていた。さっき彼女が目の前でミニトマトを潰したときに飛んだものだろう。
別にいいよ、こんなの。僕はそう言おうとした。けれどそのとき、僕はふと、月明かりに照らされた彼女の服を見てしまった
彼女のカットソーの前面は、ミニトマトの汁でぐっしょりと濡れていたのだった。ほのかに、赤く。
さっき彼女が立っている僕を振り向いたときには、月明かりから逆光だったせいで気づかなかったのだ。
今度は、彼女は反対側の足の下の砂を踏み固めた。そしてまたミニトマトを置くと、ゆっくりと踏み潰した。それはまるで、ミニトマトが潰れる感覚を、楽しんでいるかのようですらあった。
むしろ彼女の表情から考えれば、その感覚を、あるいはトマトが潰れる様を見るのを、本当に楽しんでいるのかもしれない。
「それってさ……楽しい?」
「やってみればわかるよ?」
パックからまたミニトマトを取り出しながら、彼女が笑って言う。実はこの時点で、僕の中の好奇心が他の感情に勝りつつあったのだ。
後ろを振り返る。どのみち、誰かに見られる心配なんてないけれど。
僕は彼女の中の、普通じゃない部分に惹かれていた。外見は普通の女の子なのに、その中に、彼女は普通じゃない何かを持っている。
大学には、外見普通で中身も普通、または外見普通で中身は普通以下、なんて下らない連中がうじゃうじゃいる。
そいつらと絡んでいると、僕まで普通に染まってしまいそうな気がするのだ。だからこれまで、あえて友だちを作るのは避けてきた。
けれど彼女となら、友だちになっても良い、気がする。普通の連中と友だちになったって仕方ないけれど、彼女となら。
80 :No.18 潰れたミニトマトたち 4/5 ◇2LnoVeLzqY:07/07/08 23:45:21 ID:a7gW29xM
僕は彼女からミニトマトを受け取ると、足の下を踏み固めた。それからそこにミニトマトを置いて……そっと、かかとで踏み潰してみた。
それは、不思議な感覚だった。
最初、ミニトマトは反発するかのように僕のかかとをその弾力で押し返そうとした。けれど、人間の力がミニトマトの弾力に負けるわけもないのだ。
いつかミニトマトの弾力は限界に達する。ぎりぎりまで変形したミニトマトは、ある一点を超えると一瞬で、ぱんと弾けてその中身をぶちまけてしまう。
すると、弾力が急になくなるのだ。さっきまで必死に頑張っていた何かが、とうとう力尽きたような、そんな感じがする。僕もそのときのぐしゅりと言う音を、この耳ではっきりと聞いた。
「何か感じた?」
「うん」
僕が感じていたのは、足の裏に残るひんやりとした冷たさ。それと……何かを潰してやった、という征服感。嗜虐的で残酷な達成感。彼女が感じていたのときっと同じ感覚。
気がつけば僕は、彼女に向けて手を伸ばして、ミニトマトをもう一個頼んでいた。
「あ、日下部くんもわかってくれた!? いいよねこの感覚! このぐしゃっと潰れるときの感じがさ、本当に本当に最高なの。スイカもいいけど、ミニトマトも凄く気持ちいい」
彼女は嬉しそうに僕にミニトマトを渡してくれた。今度は足で潰すんじゃなく、指で潰してみようと思った。
人差し指と親指で挟んで、そっと力を入れてみる。足のときよりももっとはっきりとミニトマトの反発を感じる。もっと力を入れる。すると、ある一点でその反発は消える。
あんなに頑張っていたミニトマトが、ついに力尽きたのだ。かわりにぐしゅりと音がする。赤い汁が飛び散って僕のシャツに掛かった。けれど気にならなかった。
ミニトマトの残骸を波間に投げ捨てると、彼女が汁で濡れた僕の指を掴んでそっと舐めてくれた。
「やっぱり、日下部くんなら、わたしをわかってくれると信じてた。日下部くんは、他の月並みな連中とは違う。大学祭のときからそう思ってたの。
ねぇ、日下部くん……わたしと、友だちになってくれない? ううん、友だちなんかじゃなくて、もっとそれ以上の関係だっていい」
僕が言おうとしていたことを、彼女はそのまま言ってくれた。やはり、彼女は僕と同じ人種だったのだ。
「僕も、同じことを思ってたんだ」
「やっぱり! わたしはやっぱり正しいことをした。日下部くんを残したわたしの判断は間違ってなかった!」
僕はそう言われてとてもとても嬉しかった。もしかしたら彼女も、僕の中にどこか“普通とは違う部分”を感じ取ってくれたのかもしれない。ということは僕にも、僕自身が気づいていない“普通とは違う部分”があるのかもしれない。
「ところで、僕を残したっていうのは」
「あ、そっか。えっとね日下部くん、驚かないで聞いてほしいんだけど……」
「いや、気づいてたよ。ただ今の話を聞いて、あれをやったのはきみだったんだ、って思っただけ」
「ってことは日下部くん。それを知っててわたしと平然と話してたの? 日下部くんって、結構変なんだね……」
「きみに言われたくないけどね」
やっぱり、テントの中のあの三人は、僕が寝ている間に死体になっていたらしい。汗の臭いと一緒に漂ってきた匂いは、血の臭いで間違いないらしかった。
テントの中でランプをつけた時に、もしかしたらと思ったけれど、どうでもいい奴が死んでいようが死んでいまいが、僕は興味はないのだった。
それよりも、一人づつ呼び出してはあのバットで殴って殺して、それから三人ともテントに戻した彼女自身に、そんな面倒なことわざわざご苦労さん、と言ってやりたい気分だった。
「きみはさ、これからどうすんの?」
「これから? うーん……あ、こんなつまんない場所抜け出して、二人でどっか行っちゃおうか? 今から歩けば、ちょうど始発が出るくらいに電車の駅に着くよ。早くしないとみんなが起きだしてきちゃう」
81 :No.18 潰れたミニトマトたち 5/5 ◇2LnoVeLzqY:07/07/08 23:46:51 ID:a7gW29xM
「まぁ確かに、テントに戻る気にはなれないけどさ……」
とはいえ、僕にはテントに戻る必要性などないのだった。あの中には僕の荷物は寝袋しか入れてない。
僕の荷物のほとんどは、今となっては死体になってるリーダー男の車の中に入れてある。おまけにそのカギは、誰でもすぐに開けれるように、タイヤの下に隠してあるのだ。
「それよりきみは、その服を着替えた方がいいと思う……」
「うーん、確かにね。ちょっと待っててね、トイレで着替えてくるから」
そう言うと、彼女はまっすぐ女子のテントの方へと歩いていった。恐らくは、同じように死体が三つ転がっているテントへと。彼女は僕と違って、荷物をテントの中に入れておいたらしい。
僕は、彼女と一緒にここから抜け出してしまっていいものか考えていた。彼女はあんな自信たっぷりに言うんだから、たぶん証拠は残してないんだろう。僕はどのみち犯人ではないのだから、何をしたところで構わない。
僕の腹は決まった。あとは彼女が着替えて戻ってくるのを待つだけだ。けれどそのとき……女子のテントから、彼女の悲鳴が聞こえた。
僕は急いで駆け寄った。彼女は顔面蒼白になってテントから飛び出してきた。テントの中は彼女が点けたらしいランプに照らされていて、思ったとおり、撲殺死体が三つ転がっていた。
一つだけ腑に落ちないのは、彼女のこの驚きようだった。
「もしかして、し、死んでるの……みんな……何で、何でこんな……わたしが起きたときにはみんな生きてたはずなのに……」
「え? だってこれ、きみがやったんじゃないの? さっきそう言ってたじゃん」
「どうしてわたしが!? さっき言った? わたしはそんなこと言ってないっ」
「ちょっと落ち着け。じゃあさっき僕に言おうとしたのって何だったんだ?」
「あれは、わたしがこのキャンプで、この女子三人と男子三人を思い通りにくっつけて楽しんでた、って話をしようとしただけ。これを主催したのもわたしだし。なのに、まさかこんな……」
「ちょっと待って。ってことはきみは誰も殺してないの? 向こうのテントにも男子三人の死体が転がってるんだよ?」
僕がそう言うと、彼女はぺたりと地面に座り込んでしまった。
「知ってたのに、わたしと会話してたの? 日下部くん、絶対おかしいよ……。そんなの、普通じゃない」
彼女は僕にそう言った。どうやら僕はその点が、“普通と違う部分”らしかった。
それから一度だけ僕を見上げて「日下部くんは、やってないよね?」と訊いたけど、僕が首を振って答えると、波打ち際へと戻って塞ぎ込んでしまった。
僕は念のため、男子用のテントも覗いてみた。やっぱり男子三人の撲殺死体が転がっていて、僕は少し迷ったあとで、警察に電話を掛けた。
僕はそっと、波打ち際でうつむく彼女に近づいた。その隣にはまだミニトマトのパックが置かれていて、僕はまとめてそれを、海へと放り投げた。
彼女は、普通の女の子なのだ。ミニトマトとか、スイカを思いっきり潰して優越感に浸ったり、思い通りに男子と女子をくっつけてはそれを観察して楽しんだりと、変なところもあるけれど、やっぱり、普通の女の子だ。
そして僕は……彼女と同じように、ミニトマトを潰すことで優越感を感じることができたり、
あるいは他人の死に無頓着だったりして、それが彼女からすればおかしいらしい。けれど、やっぱり普通の人間の部類に入るんだろうな、とは思う。けれど僕たちには、確かに“普通じゃない何か”があるらしい。
テントにいた他の連中は、まるでスイカやミニトマトみたいに、何かで容赦なく顔を潰されて殺された。けれど僕たちは、殺されなかった。
そう、得体の知れない犯人は、何故か僕たちを殺さなかったのだ。何故だろう。わかるはずがない。ただ一つ確かなのは、その犯人の前では、僕と彼女の変なところなんて、霞んで見えるということだ。
警察が来て足跡などを色々調べて、僕たちも色々訊かれた。けれどやっぱり彼らにも、犯人の正体と、どうして僕たちが殺されなかったかは、わからないらしかった。
だから僕たちは今では、殺されなかったその理由を、僕たちには“普通じゃない何か”があるから、ということにしている。
その何かはさっぱりわからないし、そもそも知ろうという気持ちもないけれど……今はとりあえず、生きていることを彼女と一緒に、感謝することにする。