【 りんごとトマト的な 】
◆TiSQx1Mr3U




56 :No.13 りんごとトマト的な1/3 ◇TiSQx1Mr3U:07/07/08 22:47:06 ID:a7gW29xM
小さなテラス、小さなテーブルと、小さなグラス、輝く三日月。あとは綺麗な女の子でも隣に座っていれば映画のワンシーンのような画だが、
生憎今日俺の隣には野郎が座っており、さらにグラスの中身はサイダー。もっとさらに言うと俺達は二人とも未成年だった。
「りんご……」
サイダーをかっこつけてチビチビやりながら、野郎が言う。
「リンゴなら、ほれ、さっきからここにあんじゃん」
 実際にはそれしか俺んちになかったのだ。野郎の失恋を癒すものが、サイダーとリンゴしかないというのも情けない。
「いや、アイツのこと」
 いつもは饒舌な野郎も、今日ばかりは口数が少ない。いつもの皮肉っぽい話し方も今は影を潜め、失恋の傷の深さをものがたっている。
「最初はさ、りんごみたいだなって思ったんだ。そのほっぺがさ。」
 さっきアイツのことはもう忘れると言ったばかりなのに、もう語りに入ってしまっている。
「図書館で見たっきり、どうもそのりんごのほっぺが頭から離れなくてさ、不思議に思ってたんだ」
「あれ、お前一目惚れだったって言ってなかったっけ」
 三ヶ月前、いきなり家におしかけて、鼻息荒く恋愛宣言をした迷惑千万なコイツの姿は、今も記憶に新しい。
「そだっけ……いや、まあ悶々としてたわけだ」
 辻褄の合わなさをうやむやにするいつもの癖が戻っているのを見ると、三十分前の泣き上戸モードからは抜け出しているようだ。
「んで、なんで惚れたんだよ」
 俺は相槌をうつ。
「俺んちの台所に、りんごがあってさ」
 言いながら、野郎はリンゴを手に持ち、右ほほの辺りに当てる。
「なんかそのままのりんごって、久しぶりに見たんだよな」
「そのままのリンゴ?」
「剥いたり、切ったり、おろしたりしてないりんご」
「なるほど」

57 :No.13 りんごとトマト的な2/3 ◇TiSQx1Mr3U:07/07/08 22:47:44 ID:a7gW29xM
「で、めずらしいからそのりんごをじっと見てると……」
 野郎はそのまま少し黙る。おれの目を見て、その視線の間にリンゴを挟む。俺の視界にはリンゴしか見えない。
「……恋に落ちたわけだ」
「……で、そのままこっちまで来て恋愛宣言。と」
「そゆこと」
 野郎はリンゴを視線からどかし、へらへらと笑っている。話すと楽になったのだろう、いつもの笑い方だ。
「恋というのはいつも不思議だが、お前のは輪をかけて不思議だ。摩訶不思議だ。奇想天外だ」
「まあそういうなよ」
「大体なんだよ。リンゴみて人を好きになるって」
「まあそういうな。それで一番苦労するのは誰だ?」
「好きになられた女の子だ」
「俺だろ……結構苦労するんだぜ。これが」
 泣き上戸から抜け出し、へらへら笑いも取り戻し、饒舌さも戻りつつある。この回復の速さなら引きずり
すぎることもないだろう。明日からも学校に来れる。そろそろ……
「でもさ、あいつってリンゴか?」
そろそろ俺も話していいだろう。
「なんかイメージ違くない?話し方ぞんざいだし、結構ずばっと物言うし、どっちかって言うとアネゴ肌だし」
「……まあ俺のは外面の第一印象だからな。外面と内面は別物だ」
 後半の心の叫びのようなものは無視する。
「なんとなくリンゴって清楚なイメージあるしさ。あいつ活発じゃん。ギャルじゃん」
 野郎はそれについてむうと考え込んでいる。それから俺に視線を向け、発言を促す。
「だからさ、俺はあいつのほっぺ見たときさ、トマトみたいだなと思ったんだ。先に性格聞いてたから」
「トマト?」
「うん、みずみずしくて、挑発的で、甘酸っぱい。そんな感じ」

58 :No.13 りんごとトマト的な3/3 ◇TiSQx1Mr3U:07/07/08 22:48:07 ID:a7gW29xM
野郎はまたそれについても考え込む。そしてまた、発言を促す。
「お前には合わなかったんじゃないか?」
 野郎はしばらく黙っていたが、やがて、
「そうかもな」
 野郎は明るく言った。あのへらへら笑いといっしょに。
「お前に必要なのはさ、リンゴみたいな優しい甘ささ。酸っぱいの苦手だろ。お前」
 野郎はうんうんと頷き、席を立つ。大きく背伸びをして、三日月にこぶしを突き出す。吹っ切れた合図か、
または次回の恋愛への意気込みか。まあどっちにしろもう大丈夫だろう。
「今日、はさ……ありがとな。ホントに……」
 こんなときだけ素直なんだよな。コイツは……
「まあ、いいってことさ。俺だってお前に凹まれると、困るからな」
 つられて俺も素直になってしまう。恥ずかしさを感じないことが恥ずかしい。
「次は泣きつくこともないだろうさ」
 野郎の生意気な発言とガッツポーズ。
「言ったな」
「言ったさ」
「泣きついたら俺に何を奢るよ?」
「ん……」
 考え込むコイツを見ながら、俺は思う。次のコイツの恋は実りますようにとか、そんなことを。
 テーブルに置いたままのリンゴをみながら、俺は思う。こんな立派で赤い実が実りますようにとか、
そんなことを……
「りんご、いっこ」
 テーブルの上のリンゴを俺になげつけながら、野郎は言う。俺はそのリンゴを三日月にかざす。
 リンゴは、欠けたところすっぽりと収まっていた。

終わり



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