【 中継パイナップル 】
◆Cj7Rj1d.D6




34 :No.08 中継パイナップル 1/5 ◇Cj7Rj1d.D6:07/07/08 17:54:48 ID:WOIoR4Ed
ギギギギギィィィィ、と玄関の大きな扉が音をたてて開いた。中は昼間だというのに驚くほど暗く、奥行きがまったくわからない。ゆ
らり、と前方でふいに視界に現れたのは、
「お待ちしておりました」
 俺と同じクラスの櫛枝松子、通称――日本人形、だった。

 季節は夏。本日は一学期終業式。渡された宿題。二人分。「お前今日、日直だろ? これ櫛枝ん家に届けてやれ」という、担任から
の理不尽な依頼をこなすべく今俺がいるのは……仏壇のある、部屋だった。俺は宿題を渡すだけなのに何故か招かれるままに家――館、
といったほうがいいでかさだが――の中に入り、櫛枝に案内されてこの部屋で一人あぐらをかいている。
 六畳程度のこの部屋は、この家には似つかわしくなかった。この家は外観からして巨大なのだ。中だって思った通りに高い天井と長
い廊下だ。さしずめ、某ミステリー漫画の蝋人形館、と言ったところ。それはさておき、この部屋。実はでるんです、なんて言われた
ら、ああやっぱり、なんて言ってしまいそうなこの部屋。薄暗く畳がしかれた純和風テイストなこの部屋。怖い。何が怖いってそりゃ
仏壇に置かれているものに決まってる。遺影があるならまだいい。

35 :No.08 中継パイナップル 2/5 ◇Cj7Rj1d.D6:07/07/08 17:55:04 ID:WOIoR4Ed
どうして、日本人形が鎮座してる? そこに置かれた日本人形は髪
がやたらと長く、寺とかが引き取るやつと相違なかった。そしてその傍らには何故か、パイナップル。日本人形様はトロピカルなのが
お好きなのだろうか。まさに陰気と陽気のコラボレーション。
「お待たせしました」
 そうこう考えているうちに、櫛枝が部屋に戻ってきた。両手でお盆を持ちその上には
「麦茶でも、飲んでいってください」

 櫛枝は、高校では日本人形というあだ名で少しばかり有名人だ。いつも無表情。いつも長髪前髪ぱっつん。そんな容姿のためか、変
な噂が飛び交っている。やれ呪いが使えるだの、牛の刻参りをしてるだの。まあこの部屋を見てしまった俺としては信じずにはいられ
ないのだが。
「麦茶はね、いいのですよ」
 さりげなく勧める櫛枝の誘いに乗って、俺はごっつぁんです、の仕草を軽くして麦茶を頂いた。少し、しょっぱい。
「クエン酸はね、夏にいいのですよ」
「あ、ああ、クエン酸はいいよな」
知ったかぶってしまった。しっかしこの部屋は暑い。
「櫛枝、暑くねえか? 」
 櫛枝は着物を着ていた。が、そのことについてはさほど不思議には思わない。櫛枝の家は代々受け

36 :No.08 中継パイナップル 3/5 ◇Cj7Rj1d.D6:07/07/08 17:55:20 ID:WOIoR4Ed
継がれてきた茶道の家元らしく、
今日休んだのは茶会があったから、だそうな。ピピッ、と音がしたと思ったら、天井についている換気口と思っていた所から冷えた風
が流れてきた。
「エアコンです」
文明の機器である。
 暫し沈黙。
「まーさんは、学校楽しいですか? 」
 不意にちゃぶ台を挟んだ真ん前に正座する少女が話かけてきた。ちなみにまーさんとは俺のことだ。まー君、とも呼ばれる。
「まぁ、楽しいっちゃ楽しいかな。櫛枝は? 」
「楽しいなんて、思ったことないです」
 カミングアウトである。
「な、なんで? 」
「日本人形にだって、感情はありますよ」
「ご、ごめんなさい」
 何故だか謝ってしまった。これじゃあ俺まで櫛枝を日本人形だと思っていたみたいじゃないか。
「まーさんが謝ることはありませんよ。ただ、私だって女の子なのに……牛の刻参りって」
 頬をぷくっと膨らませながら斜め上をじとっと睨むその姿は、日本人形とは似てもにつかない。
「あ、あのさ、櫛枝。あの日本人形、なに? 」
 日本人形と言う言葉に一瞬ピクリと眉を動かした彼女は、少しうつ向いて。
「あれは……母です……」
「や、やっぱり……」


37 :No.08 中継パイナップル 4/5 ◇Cj7Rj1d.D6:07/07/08 17:55:34 ID:WOIoR4Ed
 と、ついポロっとでてしまった自分の失言に気づいても後の祭りだ。
「やっぱりてなんですか! まーさんもやっぱり私のこと……もー! 」
 彼女の背後に見え隠れするのは怒りのプロミネンス。まずい、これはまずい。
「あ、じゃ、じゃあ、あの横のパイナップルは? お、お供え物? 」
「んなわけないじゃないですかバカですか。あれは、親戚のボンボンが置いていった果物詰合せの内の一つです。ちなみに日本人形は
まーさん用の悪戯です」
 なんという策略家。意地悪そうに笑うその顔には悪意が満ち満ちている。ん? まてよ。
「で、なんでパイナップルが置いてあるの? 」
「いや、だから、それは」
 もじもじと着物の袖をいじりながら、彼女は気恥ずかしそうにした。色白の頬がほんの少し赤らんだ気がする。
「まーさんは、確か、パイナップル、好きでした、よね? 」
「え? うん、まぁ」
「だ、だったら食べていきません? 」
 ふっ、と息が思わず漏れた。
「な、なんですか!? 今笑いました!? 」
「うん、食べてく」
そう言うと、彼女はみるみるうちに頬を赤く染めた。
 「もう…… 」と、彼女は小さく呟いて立ち、パイナップルを持

38 :No.08 中継パイナップル 5/5 ◇Cj7Rj1d.D6:07/07/08 17:55:47 ID:WOIoR4Ed
って部屋を出ていこうとする。部屋を出る間際、
「ど、どこにもいっちゃだめですよ。直ぐに戻って来ますから」
 と早口で言って、返事も聞かずに出ていった。
 彼女は、やっぱり日本人形なんかじゃない。少なくとも自分の前では一人の女の子なのだ。だってせうだろう。帰って欲しくないか
らって、あんな手のこんだ可愛いことをするんだ。普通の女の子でしかない。
 不意に眼があった冗談みたいに髪の長い日本人形に俺は一人心の中で呟く。
 お母さん、娘さんとは健全なお付き合いをさせてもらっています、と。
【完】



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