【 蕾の少女 】
◆InwGZIAUcs




29 :No.07 蕾の少女 1/5 ◇InwGZIAUcs:07/07/08 14:31:43 ID:WOIoR4Ed
 春の日。セリス教師は朝からシルビアの寝室に訪れていた。
 シルビアは既に学園の制服に着替えをすましており、寮に常備されている椅子に座っていた。
 線の細い印象を受けるシルビアの肌は蒼白く、髪はそれに反するかのような艶やかな黒。幼くも端正な顔立ちから、
その座っている様はまるで人形のようにも感じられた。
「おはよー! いきなりだけど良い物持ってきたよ。うん、今期の課題はその種に無事実を成らすこと! 私は
今から植木鉢を用意してくるから、シルビアは朝ご飯食べたら中庭にその種を持ってきて? いいかな?」
 セリスは一粒の種をシルビアに手渡した。
 教師の中でも二十代後半と若いセリスは、春の木漏れ日のような笑みを浮かべシルビアの頭を撫でる。
 それに対しシルビアは笑うでもなく、その冷めた瞳をセリスに向けたまま小さく頷いた。
 その返答に満足し飾り気のない寝室を後にするセリスを、シルビアは座ったまま光を宿さない瞳で見送った。

 王都魔法学園と呼ばれる、魔法師最高峰の学舎が存在する。
 当初は、魔法の才を持つ幼い子供が暴走し、危険を一般市民に与えてしまうのを防ぐために作られた寮。
それが王都魔法学園の始まりと言われており、その名残からか学生寮に住み、学園に在籍する生徒がほとんどである。
 シルビアもそこの生徒の一人だ。しかし彼女は他とは違い特別な扱いを受けていた。
 シルビア・レトグル。十一才。魔法師としては未熟の域。しかし、その内に秘めている魔力は教える側の
教師ですら脅かしかねない程の力を持っている。そしてそれは、今だ発展途上でもあった。
 そんな彼女の事を教師達は特別監視生徒ととして扱った。この特別監視生徒は、
桁外れの魔力を持ちながらも制御することの出来ない生徒を指し、生徒一人につき教師一人が当てられる。
 シルビアの担任はセリス教師だった。

 朝の薄い青空の下、朝食を済ましたシルビアが中庭に顔をだした。
「お、来た来た」
 そこには明るくも綺麗な顔を土で汚しながら、植木鉢を弄くっているセリスの姿があった。
 シルビアはセリス前に立ちつくし、その様を無感動に見つめている。
「ほら、さっきの種、自分で埋めなさいな」
 ニッと笑ったセリスは、感情表現の乏しいシルビアの背を豪快に叩いた。
 嫌がるでもなく、シルビアはそっと少しだけ土を掘り返しそこに種を植え、土を被せてやる。
「よし! 後は、一日一回お水と魔力を込めてあげること。ああ、込める魔力はちょっとだけよ、
あまり込めすぎると種が壊死しちゃうから。見本……見せるね」

30 :No.07 蕾の少女 2/5 ◇InwGZIAUcs:07/07/08 14:31:57 ID:WOIoR4Ed
 セリスはしゃがみ込むと指先をシルビアが種を埋めた辺りにそっと添え、魔力を一点に集中させる。それは、
風が吹けば消えてしまう程小い灯火のような魔力だった。指先がぼんやり光っている。暫くしてセリスが立ち上がった。
「こんな感じかな? 毎日一分位。オーケー?」
 こくこくと首を動かすシルビア。どうやら彼女にしては少し興味を示しているようだ。
「じゃあ今度は水をあげよっか?」
 もう一度頷いたシルビアは、音もなく水場へと歩いていく。
 シルビアを目線で見送った先、中庭に面した校舎に見えた人影を確認すると、セリスは一人大きく嘆息をした。
「マーシル教師……あなたは本当に不器用な人ですね」

 それは昨晩のこと。セリスは夕食を終え教師寮に戻ろうとした時、低く重い声に呼び止められた。
「セリス教師」
 振り返るとそこには、中年を迎えて間もないといった印象を受ける男教師が、
まるでそこに生えているかのように立っていた。セリスのよく知った顔である。
「今晩は、マーシル教師」 
「うむ。……時に、セリス教師よ。シルビアの調子はどうだ?」
 その話題に、セリスは苦い笑みを浮かべ、寡黙なマーシルが話しかけてきた意図に納得する。 
「相変わらずですよ。感情表現に乏しいというか、いつも眠たそうにしているというか……」
 まるで我が子のようにシルビアを語るセリスに、マーシルの眉が少しだけ動いた。セリスは目聡くそれに気付く。
「シルビアが心配ですか? “マーシル・レトグル”教師……ふう、心配なら貴方が担任に
立候補すれば良かったのに。父親なら子の側にいて上げないと……」
「それなら以前も会議で述べた通り、私は教師でありシルビアは生徒だ。私があの子一人の担任になることは、教師と
生徒としての関係を維持することは難しい。それに、あの子の為になるとも到底思えない」
 マーシルにしては大変饒舌であった。セリスは呆れると同時に、ならもっと普段から構ってあげればいいのにと思う。
「そうですか……では、シルビアの部屋にも、たまには顔を出してあげて下さい。きっと喜びますよ」
「……恥ずかしながら一体どんな顔をして何を話せばいいのか分らない……妻に任せっきりだったからな……」
 マーシルの妻、つまりシルビアの母、彼女はもうこの世にいなかった。
 シルビアが幼い頃、感情の高ぶりで暴走した彼女の魔力が母の命を奪ってしまった。セリスはそう聞いていた。
当然当時の事など覚えていないだろうシルビアだが、あの聡い子は全て覚えているのかもしれないと、セリスは
なんとなく思っている。事実、それ以来彼女の心は時が止まってしまったかのように、感情が欠落してしまった。
「私ではあの子の母親の代わりはできないかもしれないけれど……それでも――」

31 :No.07 蕾の少女 3/5 ◇InwGZIAUcs:07/07/08 14:32:11 ID:WOIoR4Ed
「大丈夫。あの子は貴方になついていますよ。私も貴方に感謝している。ありがとう。これからもよろしくお願いしたい」
 そう言ったルーシルの表情は紛れもなく父親のものであった。そして彼は片手の平を差し出す。
 その手には種。一粒の種がのっていた。
「これは? 確か魔法の種?」
 その種は、主に初等部の授業に使われていた。育てて成った実を食べ、頑張った成果を実感するといった目的だ。
また、自分の魔力にのせた想いも果物に籠もる為、その味は他では味わえない美味しさになる。イメージとしては
長時間労働した後の、冷たいお酒や甘い物が美味しく感じるという原理に似ているだろう。
「シルビアに渡して欲しい……この種を育てることで、もう少し情緒に変化が見られるかも知れない」
 頷き微笑んだセリスは、「了解しました」とその種を受け取った。

 魔法の種が芽吹いたのはそれから一週間後の事。この種は他の種と違い、とても成長が早いのが特徴的だ。
 シルビアは楽しんでいた。自分の力で、行動で、少しずつ大きくなっていく植物を眺めるのは、
なんとも言い難い高揚感に包まれるのである。その変化に気付いたのはやはりセリスだった。
「楽しそうね?」「……うん」
 セリスの問いかけにも、珍しく声を出して答えるシルビア。その事をセリスも嬉しく思う。
 シルビアはこの時、この植物と共に成長している自分に気付いていない。“この植物は、私を必要としている”
この事実が、シルビアが自分の存在意味を見いだすのに一役どころかほぼ全役買っていた。
 しかし、次の日とんだ事件が起きるとは、この時誰も気付かなかった。

 早朝。辺りがようやく日に照らされ始め、気温が少しずつ上がり始めた頃、中庭に二つの影が動いていた。
「なあ、今更だけど、なんでそんな悪戯するんだよ?」
 自分たちの行動に対する疑問を友人に投げかけたのは、シルビアと同学年程の少年、マルスだ。
 深い紺色のオカッパな髪にあどけない顔立ち、パッと見優等生といったところだろう。
「いや、気に入らなくてさ。ほら、あいつひいきされてるだろ?」
 答えたのはマルスとは正反対に、野性味のある少年だった。短い金色の髪が獣のようにも見える。しかしまだ幼い
彼は、せいぜい子ライオンといった所かも知れない。彼の名はレン。双方とも、王都魔法学園の生徒である。
 二人は今、シルビアの育てている魔法の種の植木鉢の前にきていた。
「毎朝あの女はこの植木鉢で何かやってる……うんそうだな、隠しちまおうぜ?」
 ヒヒヒと笑うレンに、マルスは呆れて溜息をつく。レンはお構いなしにその植木鉢に手をつけた。しかしその時。
「……何をしてるの?」

32 :No.07 蕾の少女 4/5 ◇InwGZIAUcs:07/07/08 14:32:26 ID:WOIoR4Ed
 朝靄の中に、小さな、とても小さな声が凛と響いた。波紋のように広がっていく声は明確な怒気を孕んでいる。
 言い訳をする間もない。マルスとレンは涙目になって、睨み付けるシルビアに怯えていた。その可憐な姿からは、
想像できない程の魔力が溢れている。この魔力を目の前にして、並の魔法師は戦慄する以外出来ることはないだろう。
 シルビアはぽつり「光の弓」と呟いた。すると彼女の手に光の弓矢が現れる。それをマルス、レンに向けて放とうと
身構える。その間に彼らは、二人で防御するための障壁を展開していた。しかしそれは残念ながら、大砲とおり紙で
拵えられた盾程の差がそこにはあった。
 次の瞬間放たれた矢に、二人の視界は全て光が埋め尽くした。そして闇が混ざる。彼らの意識はそこで途切れた。

 音も無い、破壊もない、消したい対象だけを吹き飛ばすことの出来る光の弓。その弓の進路を、大きな盾が防いでいた。
 光が朝の空気に散った頃、そこにはルーシルが立っていた。一瞬で張った彼の防御が間に合ったらしい。
「……お父、さん?」
 するとシルビアは、今自分の放った強力な魔法が手応えとして肌を伝う。信じられなかった。大分力を制御出来る
ようになってきたと思っていた。普段ならこんな事は無い。しかし今、感情に流され魔法を制御出来なかったのだ。
「殺すつもりか? こんな小さな植木鉢の為に……人の命は取り返せないのが解らないのか?」
――コンナ? アレハワタシノ、ワタシノ……コロス? ヒトヲ? ワタシハ……マタ……
 制御出来なかった自分自信への恐ろしさと、自分という土台を作るきっかけとなっていた対象(魔法の種)を父に
否定されたことが彼女の胸を抉った。そしてシルビアは、生徒二人を介抱するルーシルを背に、ゆっくりと、
危うい足取りでその場を後にした。
 
 その日シルビアは、再び自分の殻に閉じこもった。最低限の反応に、最低限の会話。授業も上の空で、
セリスがいくら「何かあったの?」と聞いても、彼女は何も答えようとしない。
「すまない……私のせいかもしれない」
 夜、そう言ってセリスの部屋を尋ねてきたのは当のルーシル教師であった。彼は今朝起きた経緯を丁寧に話す。
 彼が偶々早起きをして校舎から中庭を見ていた事、悪戯しようとしていた生徒に注意をしようとした時シルビアが
現れた事、彼女が最大級の魔法を放った事、そして……おそらく自分の失言が彼女を傷つけたこと。
 一通り聞いて、顎に手を置き唸っていたセリスは、ようやく口を開いた。
「多分……あの子は種を育てる事で自分の存在価値を見いだしていたんだと思います。それを一番見て欲しい、
認めて欲しい貴方に否定された……それが悲しかったのでしょう」
「しかし、私がいなければあの生徒二人は死んでいたのも事実だ……だが、私は決めたよ。これから私はシルビアの
鞘になろうと思う。あの子が自分で鞘を拵える事のできるその日まで」

33 :No.07 蕾の少女 5/5 ◇InwGZIAUcs:07/07/08 14:32:40 ID:WOIoR4Ed
「……そのシルビアを思う貴方の気持ちが、少しでも伝われば良いのですが……そうすればきっと、あの子も」
 眉をひそめるセリス。その時、一つの閃きが彼女に走る。
「あ、……良い案があります……ルーシル教師……お手を貸して下さい」

 一ヶ月。シルビアにとっては意味なく過ぎていく日々。あれ以来植木鉢は見ていないし、最近はいっそ世界からふと
消えてしまえれば楽だろうとも考えていた。自分は無意味に力を持つ厄介な存在以外の何者でも無いのだから……。
 そんな日の午後、シルビアはセリスから中庭に来るよう呼び出された。特に断る理由もない。
 昼食もそこそこに、シルビアは中庭へとやってきた。そこには、「あ……」彼女は思わず声を漏らしていた。
 魔法の種を植えた植木鉢に、見事な果物が成っていたのだ。そしてその周りに、ニッコリ笑うセリスと、
相変わらずムッツリとしたルーシル、悪戯コンビのマルスとレンも立っていた。
 セリスが蔓に成っているミカンのような実を、シルビアに手渡す。
「ほら、立派に成ったでしょ? 食べてごらん?」
 言われるまま、シルビアはその実の皮をゆっくり剥き、一口囓った。
 その瞬間、シルビアに衝撃が走る。その果物を通して、皆の気持ちが流れ込んでくるのだ。自分を心配する想いが、
愛おしいという想いが、仲良くしたいという想いが、そして、自分の、“存在したい!”という想いが。
 ここにいる皆が彼女の為にここまで育ててくれた。その事が、シルビアに痛いほど伝わってくる。
――ワタシハココニイテモイイノカナ?
 ゆっくりと嚥下(えんか)するシルビアの頬に涙が伝う。
「こ、この間は悪かったな」「素直じゃないねー、悪戯しようとしたのも仲良くなりたかったからだろ?」
 悪ぶるレンに、それちゃかすマルス。この二人の想いもシルビアは嬉しかった。友達が欲しかった。
「この前はお前の気持ちを考えない発言……すまなかった。私はお前の父だ……いつだってお前を見守っているぞ」
 ルーシルは真っ赤になりながらそう言った。よくよく考えれば、シルビアが暴走した時、“私を”最悪の事態から
助けてくれたのは彼だったのだ。その言葉に嘘がないことは、食べた実が教えてくれている。
「シールービーアー……皆心配したんだぞ?」
 そしてセリス。彼女はコツンとシルビアの額に自分の額をくっつける。シルビアは申し訳なさで一杯だった。
 せき止める術を忘れたシルビア瞳。溢れてくる涙を擦りながら彼女は精一杯の言葉を紡ぐ。
「ご……ご、めん、なさい……」

 何だ何だと、中庭にはちょっとした人溜りが出来始めていた。マルスやレンたちの級友である。彼らもシルビアが
気になっていたらしい。そして、控えめな嗚咽が止んだ昼下がり、蕾だった芽に一輪の笑顔が咲いた。   終わり



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