【 毒りンご 】
◆DppZDahiPc




24 :No.06 毒りンご 1/5 ◇DppZDahiPc:07/07/08 13:24:14 ID:WOIoR4Ed
 雨が降っていた。
 家を出るときに傘くらい持ってくれば良かったなあと彼は考えたが、それは今更な話だよなあと諦め、小さな身体を雨に曝し。
『ここで待っていてね』
 そういって彼の前から立ち去った母を待ち続けていた。
 小学校の授業が終わると母と別れたこの公園を訪れ、日が暮れるまで母を待つ。
 それも、もう三日目。彼も決して言葉にして考えてはいないものの、待っていても母が来ないのではないかということに、なんとなく気づき始めていた。
 だがそれを認められるほど大人ではなく、母の言葉を信じ待っていた時のことだった。
 その人と会ったのは。
「よお坊主、なにしてんだこんな時間に」
 それまで幼い肢体をいたぶっていた雨が唐突に止んだ。
 あれと思い空を見上げると、そこには空より黒い傘を持った背広を着た男。
 誰だろう、知らない人だったけれど、誰とも話さずにいた時間の寂しさが彼の口を開かせた。
「……お母さんまってるの」
「ほお、そいつは大変だ。で、いつごろ来るんだ」
「なんでおじさんがそんなこと聞くの? お母さんのともだちなの?」
 彼が不思議そうに訊くと男は慌てたように手を振り。
「ああいや、そうじゃなくて、そうじゃなくてだな。なんというか……そう、俺も人を待っていてな」
「おじさんも?」
「ああそうだ、俺と坊主は待ち人仲間ってわけだ」
 男の言う言葉はイマイチ分からなかったけれど、言いたいことだけはなんとなく分かった。
「おじさんもお母さん待ってるんだ」
「あア? ……ああ、いや、まあそれでいいわ」
 それから二週間ほどして彼が孤児院に収容されるまで、彼と男は度々会い一緒に待ち続けた。
 再会は、彼が孤児院から抜け出し母親を探していた時のこと。
 男は母探しに協力してくれたけれど、見つかった母は既に彼の母ではなく、知らない子の母となっていて、彼を拒絶した。
 居場所を失った彼を男は養子として迎え入れた。理由を聞いても男は笑って誤魔化し答えなかった。
「まあただの気紛れだ。つっても、お前が一人立ちできるようになるまでくらいは面倒みてやるよ」
 その時の彼には男の手を握り返すだけの力しかなかった。
「ありがとう。……ねえ、おじさんてなんて呼んだらいいの?」
「あ? 別になんでもいいけど――ああ、そうだ。なら」

25 :No.06 毒りンご 2/5 ◇DppZDahiPc:07/07/08 13:24:29 ID:WOIoR4Ed
***
「オジサン、目的地に着いたよぉ」
 黒い開襟シャツを着た少年が、目の前にある煉瓦色のビジネスホテルを眩しそうに目を細め見上げていた。耳に当てた携帯電話の向こうにいる養父へ呼びかけると直ぐに答が返ってきた。
『よし、ならさっさと済ませて帰って来い』
 拾ってもらった頃より重みを増した声、既に四十に届きそうな年齢らしい深みのある声に、彼は小さく口元を弛める。
 気楽な足取りでホテルの中へ入ると、平日の朝ということもありロビーには従業員のほか、殆ど人はいない。彼は真っ直ぐエレベーターへ向かう。
「ねえオジサン聞いていい?」
『なんだ?』
「今日やる人ってどんな人なの」
『……聞いてどうする、何か気になることでもあるのか』
 彼はエレベーターの前に立つと上へのボタンを押し、くすくすと笑った。
「なんとなく。理由がヒツヨーなら考えるよ」
 素直に答えると、オジサンは少しの沈黙の後ため息を吐いた。
『まあ知っておいても損はない、か。今日お前が殺すのは、うちが専属で契約していた掃除屋だ。といっても、殺しが専門じゃなく死体処理を専門にしていた』
「へー、あれ? なんで殺すの? 敵じゃないんでしょ」
『最近上のほうでサツから要求があってな。面が割れてる掃除屋を何人か引き渡せって言われたそうだ。手柄が欲しいらしい』
 ようやく着いたエレベーターに乗り込むと、5と書いたボタンを押し、扉を閉じた。
『自由にやらせてもらう代償って奴だ。普段はチンピラに麻薬渡してしょっぴかせてたんだが、署長もそろそろ上に行きたいような、大手柄が欲しいんだと』
「んー、よくわかんないんだけど。なんで殺す必要あるの。映画じゃないんだし、デッドオアドライブだっけ? 死体渡しても意味ないんじゃ?」
 エレベーターが五階に着き、扉が開くと一人の男がエレベーターを待って立っていた。
 彼は男の横をすり抜けエレベーターから降りると、男がエレベーターに乗り込んだのを見計らい、振り返った。
『殺すのはこっちの事情だ、生きたまま渡して余計なこと喋られたくないからな。それに、残忍な犯罪者が街から消えた――それだけでも価値があるのさ連中には。それとデッドオアアライブだ』
「そうだっけ?」
 彼はシャツの中に吊っていた拳大の銃を抜いた。
『そうだ、ドライブだと車の――』
 子供のころオジサンから習った通りに、相手の胸を狙い引き金を引いた。
「そうかもね」
 小さく銃声が響いた。
 エレベーターの扉が閉じ、降りていくのを電光表示板で確認しながら彼は更に訊いた。
「でもさ、なんでこの人たちだったの。ほかにもいっぱいいるんじゃないの?」

26 :No.06 毒りンご 3/5 ◇DppZDahiPc:07/07/08 13:24:45 ID:WOIoR4Ed
『……電話しながら銃を撃つのはやめろといっただろ』
「ごめんなさい」
 素直に謝り、もう一人のターゲットがいる部屋へと歩き始めた。
「それでさ、なんでこの人たちを選んだの?」
『面が割れてるからだけじゃ不服か』
「そういうわけじゃないけどさ、なんとなく」
 眠っているのか出かけた後なのか、銃声が響いても部屋から飛び出してくるようなものはいなかった。
 ここで誰かに見られたら、ぼくも殺されるのかな? 彼はそんなことを考えたが言わなかった。
 彼にはオジサンが彼を殺そうとすることなんて考えられないし。
 それにオジサンに殺されるのなら、それはそれで嬉しかったりした。知らない誰かに殺されるくらいなら、オジサンに殺されたほうがマシというものだ。
『知ったところでつまらない話だ、お前に聞かせるような話じゃない』
「そっか」
 オジサンがそういうのならそうなのだろう、彼は納得すると、もう一人がいるであろう部屋の扉をノックした。
 ほどなくして扉が開き女が出てきた、彼は銃口を向け、引き金を引いた。
「バンっ」
 女が倒れるのを見届け扉を閉めたところで視線に気づいた、廊下の端にホテルの従業員が立っていた。
「……あ」
『だから電話しながら撃つなと、おい、聞いてるのか』
 従業員は僅かに悲鳴を上げると、洗濯物を詰めた籠を放り出して逃げた。
 彼も直ぐに走って追いかけたものの、ホテルの構造を理解した従業員を、この場に長居できない彼が探し出せるわけもなく。
『おい、どうしたんだ。答えろっ』
「ごめんオジサン、どうしよう、人に見られた」
 痛いほどの沈黙の後、受話器の向こうからいつも以上に重たい声が響いた。
『……なんだと』

***

「ついてこい」
 彼がオジサンの家に帰ると、彼に言い訳するまも与えずオジサンは一言だけ喋ると歩き始めた。
 無言で歩き出したオジサンに言い訳したかったが、これ以上余計なことを言えば、オジサンに嫌われるんじゃという恐怖が彼にそうさせなかった。

27 :No.06 毒りンご 4/5 ◇DppZDahiPc:07/07/08 13:24:59 ID:WOIoR4Ed
「ここで待ってろ」
 オジサンは地下の部屋に彼を入らせると、外から鍵を締め、直ぐに立ち去った。
 ここのことを彼は知っている、当然だ、この五年ほど彼はオジサンと二人、この家で暮らしているのだから。。
 コンクリート剥き出しの地下室、換気するための窓もなく、普段扉も閉められているため淀んだ空気が漂い、落ち込む彼の気分を更に沈ませた。
 血の跡が残る床に座り込む。
 壁に取り付けられた拘束具で磔にされなかっただけマシかぁ、ぼんやりと考えた。
 これからぼくはどうなるんだろうか?
 仕事始めたころオジサン、失敗したらそれ相応のばつがあるっていってたけど、殺されちゃうのかなあ。
 そういえば今日殺した掃除屋さんたちも、顔見られたから殺されちゃったんだし、ぼくも殺されるのかあ。
「……あ、あれ?」
 そんなことを考えていたからか、頬に涙が伝った。
 涙の止め方が思い出せなかった、腕で拭って拭って、それでも涙が溢れてくる。なんでだろう、理由が解らなかった。
 死ぬことがこんなに怖いことだとは思わなかった、考えただけで怖いなら、今まで殺してきた人たちはどれだけ怖かったんだろう?
 彼は頭を抱え、ダンゴ虫のように丸くなってすすり泣いた。
 泣いたのは久しぶりだった。
 今より幼かったころは母恋しさに毎晩のように泣いていた、いつもオジサンが慰めてくれた。
 そのオジサンはどこかへ行って今はいない。もしかしたら上の人たちに会って殺すかどうかを決めているのかもしれない。
 殺すことになったらオジサンはどうするのだろう?
 失敗したぼくのことを殺すのかな?
 涙は溢れ続け眼孔が痛くなってきても、オジサンは戻ってこない。話したいことが一杯あるのに、オジサンは戻ってこない。
 姿を見られたことが理由なら、姿を見たホテルの従業員を殺せばいいんだろうか。そうすれば殺されなくていいんだろうか?
 そうだ、あいつが悪い、なんであんなところにいたんだ。あいつのせいでぼくはこんな場所に閉じ込められて、こんなことを考えなきゃならなくなった。
 そうだ、全部あいつが悪い。ぼくはおじさんとずっと一緒にいたいのに、あいつのせいだ。あいつの。

「よお、待たせたな」
 うずくまったままいつの間にか寝ていた彼の元に、ようやくオジサンは帰って来た。
 閉じ込められてから何時間経過したのか、何日経過したのかも解らなかったが、彼はオジサンが帰ってきたことを喜び抱きつくと。
 オジサンは小さなころと同じ様に彼の頭を撫で、こけた頬に微笑みを滲ませたが、それは直ぐに消えた。
「オジサン違うんだ、ぼくが悪いんじゃない。あのホテルの奴が悪いんだ。顔見られたのは、だから、ぼくのせいじゃないんだ」
 すがってくる彼をオジサンは押し返し、引き離した。

28 :No.06 毒りンご 5/5 ◇DppZDahiPc:07/07/08 13:25:14 ID:WOIoR4Ed
「分かってる、分かってるから」
「ほんとっ。そうだよね、オジサンはぼくのことなんでも分かってくれてるんだよね」
「ああ、だからお前も分かってくれ。タイミングが悪かったんだ」
「……オジサン?」
 オジサンの言葉が理解できず呆然とする彼へ、オジサンは背広の内から抜いた拳銃の銃口を向け、引き金を引いた。
 銃声が密閉された室内で反響した。撃たれたというのに、彼はその音の大きさに驚いてしまい、撃たれたことに気づいたのは床に尻餅をついてからだった。
 右わき腹が真っ赤に染まっていて、息がしにくかった。声の出し方が分からず空気を噛む彼へオジサンは言った。
「お前を殺すことによって、俺は出世できる。気紛れで拾っただけのお前だ、こんな所で役に立つとは思わなかったよ」
 彼は血が溢れてくるわき腹を押さえたが、指の間から血が溢れ出し、止まらない。痛みよりそればかりが気になった。
「……なんで撃ったの」
「お前の面が――いや、俺の出世のためだ」
「そっかぁ……オジサンのためかあ」
 オジサンに拾ってもらわなければ、こうして生きていたかは分からない。ならオジサンのために死ぬのも当然かもしれない。
 そう考えるとこうして撃たれたのも、受け入れれることが出来た。
「そうだぁ、あのさ、なんであの時、ぼくのことひろったの」
「理由なんかない、気紛れだ」
 彼はくすくすと笑うと、首を振った。
「それじゃやだよ。なんか、その……りゆーがほしいよ」
 その言葉にオジサンの頬が小さく緩んだ。
「お前は、いつもそれだ。自分の行動に理由なんかないくせに、俺にだけ理由ほしがって」
「あったよ」
「あ?」
「りゆうなら、あった。ぼくはオジサンのことが好きだから、だからオジサンのためにはたらけたんだ」
「……そうか」オジサンは小さく答えると、口元から緩みを拭い去って。「俺も孤児だった、ただそれだけだ」
「そっか……」
「だから怨みたけりゃ怨め、俺はお前を利用して捨てた。それだけなんだ。……仏壇にお前の貯金通帳がある。もし死に損なったら持っていけ」
 もはや答える力すら失った彼へ、それだけ言うとオジサンは顔を歪め背を向けた。

 滲む視界/耳鳴りしか聞こえない耳/壊れたように鳴る心臓/零れていく血涙/失われていくモノ――それらは彼にとって、さして重要なものではなく、彼が真に欲するものは……
 引き金を引く力だけ、遺っていた。



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