【 もちろん果物は大好物 】
◆DCalVtagfA




22 :No.05 もちろん果物は大好物 1/2 ◇DCalVtagfA:07/07/08 13:23:27 ID:WOIoR4Ed
 足下にナイフがある。これをどうするかが問題だ。もちろん普通に拾うことは出来ない。そんなこ
とをすれば約二メートル先から、すぐさま色つきの砲弾を投げつけられる。なぜ今それをしないかは
明らかだ。もし――この距離では考え難いが――外すか、私に避けられでもすれば、次の準備をする
までに今度はこちらが突進するなり、最悪ナイフを使う。そうなれば力の強い私が勝つのは火を見る
より明らかだ。
 なるほど、正に「先に動いた方が死ぬ」だ。しかし今のところは私が有利なのではないか。一撃く
らい食らっても怯まなければ、避けた場合と同じ結果になるのではないか。もちろん失敗すれば悲惨
な結果になるだろうが、膠着状態の今、試す価値はある。そう私が考えているのを見抜いたように口
元で笑って、左手を少し後ろにやると、新しい果物が空だった手に窺える。
 しまった。やるとしたら今しかなかったのだ、と悔やむ間もなく赤い物が目の前で光る。何とか避
けるが、既に相手は投げる動作に入っている。一瞬ナイフに目を向けると、それが失敗だと戒めるよ
うに黄色が顔に当たる。雨あられの様に飛んでくるだろう悪夢から目を背けると、そこに救世主が見
えた。相手の顔色が変わるのが分かる。当たり前だ。こんなもの使われたら終わったも同然だろう。
私は勝ち誇った顔で胸の前にフライパンを構える。
 にやにや笑いを作りながらゆっくりと一歩を踏み出すと、体制が崩れた。上の方で棚が倒れる音が
して、ふと見るとあちらも膝をついている。家具がいくつか倒れたようだ。私が渋面を作ったのはそ
れが理由ではない。地震の影響は最悪だった。ふと手の軽さを感じ目線を下げると、あるはずの物が
なかったのだ。最終兵器は初期位置よりも少々離れた二人のちょうど中間辺り、唯一の窓の前で威厳
を示している。彼女が一歩踏み出すのと同時に、牽制の蜜柑が足下に放たれる。体重移動を見逃す私
ではない。
私は今が好機とばかりに数発放った。長い黒髪の色が少々変わっても、同情する素振りは全く見せな
い。そんなものは端から拒絶している様に力強い目付きで睨まれると、加虐的な気分になり笑い出し
そうになる。

23 :No.05 もちろん果物は大好物 2/2 ◇DCalVtagfA:07/07/08 13:23:43 ID:WOIoR4Ed
 そこでふと気付いた。まずい。残弾はいくつだ。相手と違って手元で補給というわけにはいかない。
このままのペースでは危険が近い。幸運なのは彼方側がそれに、恐らくだが思い至っていないこと
か。
 どうにかしなければとイライラしながら考える。突然の集中砲火が長いこと止むのは宜しくない。
気付かれれば際限なく逆襲される。弱っている今なら……考えていると右手から汁が滴る。しまった。
貴重な残弾を潰してしまったか、と地団駄踏みたくなるのを、口元に指先を運びながら堪える。
 しているとなぜか彼女に口惜しそうな表情が浮かんだ。
 まさか今のを余裕と取ったのだろうか。こんな最中に口を潤しているのだから、分からないでもな
いが。その美しい誤解がいつまで続くか。少なくともこの間は罠かも知れないという意識も手伝って、
攻撃は控えるのではないか。いま現在そうなのだから恐らく正解だろう、というのは単なる希望では
ないはずだ。
 今しかないと体を右に傾かせる。ナイフが光るのが見える。窓から陽が差しこんでいるのだ。ドア
の外に手を伸ばし、ダンボール箱の近さに顔が喜ぶ。あと一歩というところで体を固い物がかすめ、
一瞬の後右手を同じものがはじく。しまったと思う暇もなく続くと思われた攻撃は、なぜか続きを見
ない。
 防御体勢の耳に声が届く。
「もう弾切れ? でも補給させないなんて野暮なことはしない」
 はっとしてゆっくりと顔を向ける。最悪がそこにあった。黒い鉄の塊を右手にたずさえ、左手の先
を光らせた彼女は見たことがない程に加虐的な笑みを魅せて、
「さあ、続きをしましょう」





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