【 果実の味 】
◆PXfJMYpBYM




17 :No.04 果実の味 1/5 ◇PXfJMYpBYM:07/07/07 22:22:21 ID:iyDC5oG0
「ファーストキスはレモン味って、一体何でヤンすかねぇ?」

俺達は矢部のこの突拍子もない一言に動きを止めた。
夕日の差し込む放課後の高校、その教室の片隅で机を寄せ合い、迫り来る期末試験の勉強会をしていた俺達四人。
俺こと大川と、小川と早川と宮川はクラスでは“フォーリバーズ”と呼ばれていた。
矢部がいないって?
矢部はあだ名であり、本名は宮川。理由はパワプロの矢部になんとなく似ているからだ。ついでに、“ヤーペン”とも呼ばれている。
知らない奴はマジでなんなのかわからないあだ名だよなぁ、名付け親の俺はそう思う。
そんな感じで紛らわしい名前の俺達は矢部同様にあだ名があるのだ。
俺は“もやし”。
小川が“メガネ”。
早川が“ガリ”。
由来は言わなくてもわかるだろう。
ちなみに四人ともキスなんて未経験で、もちろん童貞だ。
「…甘酸っぱいって意味じゃね?」
俺はそう答えた。
「だ、唾液の味がかなぁ??」
メガネがうわずった声で言う。友達だが、こいつのこの喋り方は一々腹が立つ。いつか眼鏡を叩き割りたい。
ガリは口を閉じてもごもごさせている。まさか…
「唾液は焼肉の味ですね」

18 :No.04 果実の味 2/5 ◇PXfJMYpBYM:07/07/07 22:22:36 ID:iyDC5oG0
やっぱりか。それはお前が歯を磨いていないからだ!と心の中で突っ込む。
「レモンってことは、言い出したのはアメリカ人でヤンすかね?」
矢部は俺達の顔を見回した。そして、俺をじっと見る。見るな。
「で、でもレモンってさ…」
俺は紙にこう書いた。
「檸檬って書くだろ?」
三人は水を打ったように静まり返った。
「…だから?」
ガリが首をかしげる。
「や、だから…日本の物かも…」
三人は顔を見合わせ、はぁと溜め息を付いた。
メガネが俺の書いた“檸檬”を見て言った。
「な、なんで檸檬が書けるのに、漢字の書き取りテストはへ、平均以下なのか、かなぁ???」
お前こそインテリ臭い眼鏡かけてるくせに、なんで学年最下位の成績なんだよ。
「胃液は酸っぱい臭いがするでヤンすよ」
矢部が言うと、ガリがぽんと手を打った。
「だからゲロは柑橘系の臭いがするのですね!」
「と、言うことはレモン味のしょ、正体は…!!」
メガネがヒステリックに、エキセントリックに叫ぶ。
「違うだろ…」
俺は掃き捨てるように言い、一番ヤバイ数学のテキストに視線を落とす。
…なんだか、メガネの様子がおかしい。無駄に息が荒い。

19 :No.04 果実の味 3/5 ◇PXfJMYpBYM:07/07/07 22:22:55 ID:iyDC5oG0
「セ、セセセク…初セックスにも味があるのではははは…!!!!」
おおっ!と驚きの声を上げる童貞ども。まあ、俺も童貞だけど。
「それはいろんなトコをナメナメするわけでヤンすから…」
グヘヘ、と笑う矢部を俺は本気で気持ち悪いと思った。
「処女は血が出るそうですよ!」
ガリが叫ぶ。
廊下で女子率の高い吹奏楽部が筋トレしてるんだから、そういうことは叫ばないでくれ。
「と言うことは、血の味でヤンすかね??」
だから、なんで俺に聞くんだよ。
「それではロマンがありませんから、“ワイン味”というのはどうでしょうか!」
またも歓声を上げる童貞ども。
どうでしょうか、ってなんだよ。
「しょ、処女の血とはまさに美酒!!ハッ、キ、キスがレモンならセ、セックスはぶどうにしませんか!?」
メガネが叫ぶ。
大体、全ての男の初体験相手は処女とは限らないだろ。
まさかこいつら、初体験=処女とするものだと…?
堪り兼ねた俺は立ち上がり、声を張り上げた。
「お前ら、いい加減にしろ!レモンだのブドウだの…んな味する訳ねーだろッ!!勉強しろ勉強!!!!」
三人はシンと静まり、じと目で俺を見据えた。
な、なんだこの不気味なまでの静けさと視線は…。
俺はたじろき、静かに座って奴等と目が合わないようにうつむいてペンを握った。

20 :No.04 果実の味 4/5 ◇PXfJMYpBYM:07/07/07 22:23:08 ID:iyDC5oG0
「もやしは彼女が出来たから調子に乗っているでヤンす」
矢部がボソッと呟いた。メガネとガリは低く小さな声で
「そーだぁー」
「そーだぁー」
と繰り返し繰り返し歌い始める。
「べ、別に俺は調子に乗ってなんか…!」
「キスはまだでヤンしたね?」
矢部は邪悪にニタリと笑う。俺はその笑顔に寒気が走った。
「隣りの教室は漫研の部室で、最近は部長のトーギューさんが一人で漫画描いてますよねぇ」
ガリも悪党の笑いを浮かべた。
ちなみに、トーギューは裏で呼ばれている漫研部長のあだ名であり、由来は闘牛…うん、闘牛なんだ。特に黒づくめ(冬セーラー)になる冬は。
「ま、まさかお前ら…」
嫌な予感がする。マジで嫌な予感がする。
メガネの眼鏡がキラリと光った。
「ト、トトトーギューさんと初キスを…その気になったら初セ…」
「ふ、ふざけるな!なんで彼女がいるのにそんな事…」
「い、いるから、なんだよ。そ、それにかっ、彼女声だけは可愛らしいじゃないかかか!!!!」
…確かに、声は可愛い。萌え声優並みだ。
目をつぶってならセックス出来…
「るわけねぇだろうがあああああああッ!!!!!!!!!!!」

21 :No.04 果実の味 5/5 ◇PXfJMYpBYM:07/07/07 22:23:28 ID:iyDC5oG0
俺はまた立ち上がって、今度は机を横倒しにした。
もう上に乗った教科書も筆箱も関係ない。
「お前ら!ちったぁ人の気持ちってもんを考えやがれ!!犯罪だろ、じっくり考えなくてもそれは犯罪だろ!!」
俺の剣幕にビビったのか、三人は青白い顔で俺を見上げている。
メガネがガタガタと震えながら口を金魚のようにパクつかせて言った。
「い、いいいやだなぁ…じょ、じょ、じょ冗談に決…」
他の二人は赤べこのように首を上下させる。
「ほーう…」
俺はニジリと一歩前へ踏み出した。
「お前らが二度とそんな軽口を叩けないようにしてやるよ…」
「な、なんです…?」
ガリが声を振り絞って俺に聞く。
俺はそんなガリの顎をクイッと持ち、
「URRRRRRYYYYYY!!!!!!!!!」
奇声を発しながら奴の薄い唇を吸った、吸った、吸った!
抜け殻になるガリ、フリーズする矢部&メガネ。
俺は順々に奴等のファーストキスを奪った。
最後のメガネの唇をむさぼっている最中、背後で教室のドアの開く音が響いた。
振り向くと、俺は彼女と目が合った。そう、彼女と。廊下で筋トレをしていた吹奏楽部員の彼女と。
走り去る彼女。
もやしのように真っ白になる俺。

ファーストキスはレモン味だなんて嘘っぱちだ。
ファーストキスの味は

焼肉味だ。





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