【 果実 】
◆PXfJMYpBYM




12 :No.03 果実 1/5 ◇PXfJMYpBYM:07/07/07 22:20:38 ID:iyDC5oG0
してはいけない事とはわかっている。
だけど、私はどうしてもこれが欲しいのだ。
どうしても、どうしても。


どこにでもある、日本の田舎道。
まばらに建つ家と、広々とした畑が夕日に照らされていた。
そんな道端に一人の少女がいた。
少女は素早く辺りを見回し、周囲に人気がない事を確認する。
林で拾った長い枝を握り締め、爪先立ちになり精一杯背を伸ばして重そうに垂れた赤い実を枝で突っ突く。
バランスを崩し、少女は枝を握ったまま前に倒れた。
「痛い…」
ゆっくりと起き上がると、肘が痛んだ。見ると、泥に塗れて血が流れていた。
少女の目に涙が浮かぶ。しかし、ぐっと口をへの字に結び、目許を強く擦って少女は立ち上がった。
その時だった。
「何してンのよ?」
後ろから若い女の声が飛び込んで来る。
振り返ると、十代後半と思われる女がじっと幼い少女を見据えていた。
「あ…」
少女は言葉を詰まらせ、青い顔をして固まってしまう。
自分が盗みを働いている現場を見られてしまった。
少女は逃げ出そうと思ったが、膝は笑い、足は言うことを聞かなかった。

13 :No.03 果実 2/5 ◇PXfJMYpBYM:07/07/07 22:20:58 ID:iyDC5oG0
震える少女に気付いた女は困ったように笑い、手をおばさんのようにパタパタさせた。
「やだぁ、あたし別に怒りにきた訳じゃないのに」
少女の顔から緊張と恐怖が消えた。
女は腕を組み、唇の端を持ち上げてニッと笑った。
「あたしにも一個ちょうだい。口止め料よ」
少女はコクリと頷き、再び枝をたわわに実った林檎に差し伸ばす。
しかし、どんなに背伸びをしても飛び跳ねても、少女には届かない。
じっと見守っていた女はついに痺れを切らし、
「あぁ、まったくもう!」
と怒ったように声を上げた。
体を強張らせ、怯えた目で少女は女を見た。
女はツカツカと少女に詰め寄り、少女を抱き上げて肩に乗せた。
「これなら届くでしょう?」
女は飽きれたように言い、肩の上でぽかんと女を見下ろす少女を上目遣いで見た。
「あ…」
少女は何かを思い出したように声を漏らす。
「ほら、ちゃ〜んとおいしいやつ選びなさいよ」
女の言葉に促され、少女は目の前に競うようにして実かったる赤々しい林檎を見回した。
ぐっと腕を伸ばし、大きな林檎を二つむしって胸に抱き抱えた。
「よいしょっと」
少女を下ろし、女は首をぐるりと回した。

14 :No.03 果実 3/5 ◇PXfJMYpBYM:07/07/07 22:21:14 ID:iyDC5oG0
少女はおずおずと林檎を一つ、女に差し出す。女はニッコリと笑い、
「ありがと」
受け取って腰を下ろせる場所を探した。
林檎の木の裏には河原があり、椅子代わりになりそうな岩がゴロゴロと転がっていた。
「あたしはそこの河原で食べるけど、あんたはどうするの?早いとこ隠しちゃった方がいいよ。胃袋に」
少女が頷くと、女は土手を下っていった。少女も後に続き、危なっかしいその様子を女は姉のように見守っていた。
二人は並んで岩に腰を下ろし、ほぼ同じタイミングで林檎に齧り付いた。女はすぐに飲み込むと、林檎から口を離した。
「うっわ、この林檎酸っぱ〜い!」
一方、少女は両手で持った林檎に視線を落としつつ、
「うん、あの木の林檎は酸っぱいの…」
静かにそう言った。
「だったらなんで最初からそう言わないのさ〜!」
「………」
ギュッと林檎を抱き抱え、ポロポロと涙を零し出す。
女は一気に毒気を抜かれ、おとなしくなった。
「だって…お兄ちゃんが…お兄ちゃんが来て…くれて…!!」
涙で声は震え、言葉も濁り、話は断片的だった。

15 :No.03 果実 4/5 ◇PXfJMYpBYM:07/07/07 22:21:31 ID:iyDC5oG0
少女の話をまとめるとこうだ。
少女には兄がいた。
兄はつい先日、病で他界した。
生前、先程と同じようにあの木から林檎を取ろうとしていたら兄に見つかり、肩車をしてもらって林檎を取った。

あの時、少女の漏らした声の意味に女は気付いた。
おそらく、自分に兄の面影を見たのだろうと。
女は無言で林檎をガツガツと食べ始め、芯だけ残して完食した。
そして、肩から下げた鞄の中を漁り始める。
取り出したのは、ペンと折り紙。
それを少女に差し出すと、少女はぽかんと女を見上げた。涙は止まったようだ。
「今日は七夕でしょう?願いでも何でも書きなさいよ」
「え…」
「手紙でもいいんじゃない?お雛様なら、兄貴のとこにだって届けてくれるよ。今日はサービスデーだもん」
女はニッコリと笑った。少女はペンと折り紙を受け取った。
「…織り姫様だよ」
「あ〜、そうだっけ?まあいいや。あたしも書こーっと」
足を組み、女は折り紙の裏の白い面にペンを走らせる。
少女はその横顔を盗み見する。女の顔は真剣そのものだった。
少女は岩肌を机代わりにして、兄への手紙を書き出す。
手紙を書き終えると、二人は手を繋いで笹の葉を探し、笹船を作った。
空にはもう、一番星が輝いていた。

16 :No.03 果実 5/5 ◇PXfJMYpBYM:07/07/07 22:21:45 ID:iyDC5oG0
二人は折り紙に書いた手紙を笹船に乗せ、川に流す。
沈まないように、倒れないように祈りつつ、下流にその姿を消すまで二人はじっと舟を見送った。
「…そう言えば、あんた兄貴になんて手紙書いたの?」
少女は女を見上げ、しっかりとした口調で答えた。
「頑張るよって。私、お兄ちゃんが心配しないように頑張るからって」
微笑む少女は、先程とは別人のように逞しく見えた。
「そっか」
「お姉さんは誰になんて書いたの?」
「彼氏。何書いたかは大人のひ・み・つ」
女は意地悪そうに笑って少女のふわふわの髪をガシガシと撫で回した。
「さ、もうすぐご飯の時間だから帰るよ!」
女は少女の手を引いて土手を駆け上がって行く。
二人は姉妹のように笑い合い、手を繋いで歩いて行く。

『この手紙はあんたの妹と書いているよ。あたしと同じで、すごく寂しくて悲しいみたい。
正直帰ってきてほしい。でも、それは無理だからあたしはあんたが心配しないように生きるつもりだよ。
いつかあたしがそっちに行った時、胸を張ってあんたに会えるように。
今まで、たくさんたくさんありがとう。』





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