【 放課後、体育館裏で 】
◆Wy27zvpXdg




87 名前:放課後、体育館裏で 1/4 ◇Wy27zvpXdg[] 投稿日:07/07/02(月) 17:54:08 ID:yZqkj/4k
 社会人も大学生も、小学生だってどこかだれている月曜の朝。遊び放題だった週末気分が未だ抜けない山野辺
翔太は、正門をくぐったところでそのだらだらとした足取りを親友によって止められた。
「はよっす、翔太。なんだその寝ぼけ顔は」
「はよ、陸。お前いい加減俺のランドセルにタックル食らわせるの、やめろよな」
 なんかへこんできてるんだよ、とぼやきながら翔太はうだうだと振り返った。陸はからからと笑い、気にすん
な、ともう一度ランドセルごと背中をひっぱたいた。その勢いに翔太は前のめりにバランスを崩しかけたが、陸
の「あ、佳奈ちゃん」の一言で慌てて体勢を立て直した。
 長浦佳奈は、二つ隣のクラスにいる可愛らしい女の子だ。翔太は目下片思い中の相手を目にし、赤くなった。
にやにやする陸の視線から逃れるように走り出し、下駄箱へ向かう。少々乱暴に開けると、なにやら白い封筒が
見えた。
「なんだ、それ。まさかラブレターだったりして?」
 追いついてきた陸が背中越しに覗き込む。そんなばかな、と言いながら封筒を開いた翔太の目に飛び込んでき
たのは、なんとも簡単な一文。
「おいおい、そのまさかじゃん。すげぇ」
 傍らで陸が騒ぎ立てるが、翔太の耳には少しも届かなかった。心臓がバクバク言っている。もう一度、読み違
えたりしないよう丁寧に字面をなぞる。
『放課後、体育館裏に来てください  長浦佳奈』
 間違えようがない。差出人は片思いの相手、佳奈だった。

 一、二時限目と上の空で終えた授業の後の休み時間。自分の席で、翔太は何十回目か白い封筒を開けた。放課
後、体育館裏に来てください。知らず頬が緩んでくる。と、背後から影が落ちた。振り向くと、幼馴染の伊藤麻
衣が腕組をして見下ろしていた。
「なんだよ、麻衣」
 訝しげな翔太をきれいさっぱりと無視し、麻衣は胡散臭げな声を出した。
「『放課後、体育館裏に来てください』。……体育館裏? 翔太、この長浦さんってB組のひとよね」
 それがどうしたんだよ、と返す翔太に、麻衣はもう一度忌々しげに体育館裏、と呟いて去っていった。
「なんだったんだ」
 訳がわからない、という顔をした翔太に、一部始終を見守っていた陸が耳打ちした。

88 名前:選考対象外No.02 放課後、体育館裏で 2/4 ◇Wy27zvpXdg[] 投稿日:07/07/02(月) 17:55:19 ID:yZqkj/4k
「委員長もお前のこと好きなんじゃねぇの?」
 佳奈ちゃんに取られまいと乗り込んでくるかもよ。他人事とばかりにやにやする陸に、翔太はあほかよ、と返
した。麻衣とは幼稚園に通っていた頃からの付き合いだ。気心も知れている。そんなことありえなかった。
 しかし、言い切った翔太を裏切るかのように、麻衣は「常にはない」態度を取り続けた。友達とおしゃべりに
興じるはずの休み時間にむっつりと黙り込み、目が合うたびにあからさまにそっぽを向き、授業で一度も手を上
げないとなっては、これはただごとではない。陸はますます確信を深め、翔太も陸のばかげた思い付きを一蹴出
来なくなった。
 四時限目のために実験室に向かう途中のことだ。佳奈と廊下ですれ違った。なんとなく気まずくて、顔を伏せ
た翔太を麻衣が横目で睨む。
「委員長ってば、よっぽどおまえのこと好きなんだなぁ。きっと嫉妬してるんだぜ」
 陸はあからさまに面白がって茶化した。

 教科書47ページ、という教師の声をぼんやりと聞き流しながら、翔太は頬杖をつき思考の海に溺れていた。
 佳奈のことは、好きだ。恋を自覚してもう半年にはなるだろうか。佳奈は肩につく程度に伸ばした髪をいつも
二つに分けてお下げにして、淡いピンクやオレンジのリボンで結んでいる。ふわふわのスカートやレースが似合
う、女の子女の子した子だ。
 一方の麻衣は背中まであるストレートの黒髪が綺麗な、同級生達とは一線を画した落ち着いた雰囲気の持ち主
である。斜め前に座る麻衣を盗み見る。口は少し悪いかもしれないが、風邪で休んだときに授業のプリントとバ
ニラアイスを持って見舞いに来てくれるのは、いつも麻衣だった。
 考え出すと急に意識し始めてしまい、翔太は小さく首を振った。自分が好きなのは佳奈のはずだ。それは変わ
らない、でも。
 佳奈も麻衣も、どちらも可愛い。捨てがたい。
 とてもじゃないが本人達には聞かせられないようなことを考え、はぁ、とため息をついた。
 一日の授業を悩み苦しんで終え、迎えた放課後。佳奈か、麻衣か。結局自分がどうしたいのかがわからない。
どっちも可愛いということだけはいえる。どっちも、というわけにはいかないことも。幾度となく繰り返した思
考をまた無駄にリピートさせていると、陸が肩を叩いた。
「おい、なにぼうっとしてんだ。HRとっくに終わったぞ、早く行かないと佳奈ちゃん帰っちゃうだろ」
「うわ、本当だ」

89 名前:選考対象外No.02 放課後、体育館裏で 3/4 ◇Wy27zvpXdg[] 投稿日:07/07/02(月) 17:55:51 ID:yZqkj/4k
 陸が呆れたような顔をするのを尻目に、翔太は教室を飛び出した。ドアの近くにいた三人組が慌てて避ける。
 体育館裏そばまで来てみると、なにやら争うような声がする。歩きながらも頭の中で続けていた「麻衣か佳奈
か論争」を中断し、耳をすませてみると、なんと麻衣と佳奈の声だ。もしかして、俺の取り合いしてるのか? 
女の闘いは怖いって言うし。いや、とにかく、止めなくては。
 飛び出しだ翔太が見たものは、子猫を胸に抱き込む佳奈と、その猫を胡乱げな目つきで睨みつける麻衣が対峙
する姿だった。
 事態が把握できず固まる翔太をよそに、二人は言い合いを続けている。
「だってこの子、放って置いたら保健所行きだったのよ。そんなことできない!」
「だからって学校で飼うのはまずいわ。吉田先生だって薄々気付いてるのよ、動物の鳴き声がするって。それで
私に何か知らないかって聞いてきたんだから」
 小学生にあるまじき迫力で迫る麻衣に、佳奈は半べそ状態だ。
「でも、うちはマンションなのよ。うちじゃ飼えない、無理よ――」
 なんだか見ていられなくて、翔太は思わず口を挟んだ。
「俺が飼ってやるよ」
 とたん自分に突き刺さる二人分の視線に怖気づきながらも、翔太はどうにか続けた。
「え、えっと、ほら、うち一軒家だし、親もあまり煩く言わないし。その……」
「本当に?」
 え、と口ごもった翔太に佳奈が重ねて聞く。本当に、この子、飼ってもらってもいいの?
 こくこく頷く翔太をちらりと見て、麻衣はそれなら問題なしね、と腰に手を当てた。先程までのオーラという
か、迫力はもうどこかへ消え去っている。こういうところが麻衣の怖いところだ。こいつとだけは喧嘩するまい
。改めて誓った翔太に、麻衣はちゃんと連れて帰ること、世話を欠かさないことを一方的に約束させ、ついでの
ように恐ろしい言葉を発した。
「そういえば、翔太は猫のこと知らなかったのよね? 私、翔太が関係してるならぶっ飛ばしてやろうかと思っ
てた」
 なぜかは知らないが、麻衣にとって体育館の裏に子猫を隠す、というのは許しがたい行為らしい。今度はぶん
ぶんと首を振った翔太にならいいのよと言い残し、麻衣はその場を颯爽と去っていった。
 その後姿を呆然として見ていると、佳奈が子猫を指にじゃれ付かせながら話し掛けてきた。

90 名前:選考対象外No.02 放課後、体育館裏で 4/4 ◇Wy27zvpXdg[] 投稿日:07/07/02(月) 17:56:29 ID:yZqkj/4k
「私、この子、タマのこと、前は裏庭に隠してたの。そしたら伊藤さんに見つかっちゃって。それでこっちに移
したんだけど、またばれちゃった。でも、おかげで山野辺君に飼ってもらえることになったんだから、よかった
かな」
 俺はよくないよ、っていうかなんだそれ。翔太は内心そう叫んだが、賢明にも口には出さず、代わりに今日一
日の悩みのもととなった手紙について言及した。
「あのさ、下駄箱に入ってた手紙。あれって……」
「あれっ。山田君のとこに入れたつもりだったのに。子猫見たいって言うからここに来てねって。ごめんね、間
違えちゃったんだ」
 翔太はあんぐり口をあけた。ラブレターでもなんでもない上に、自分宛ですらなかったのだ。
「別クラスの男の子に直接会いに行くのは恥ずかしいから手紙にしたの。それより、タマのことなんだけど」
 佳奈はその後暫くタマについて語っていたが、翔太の耳にはほとんど入ってこなかった。この子は意外に可愛
いだけじゃないのかもしれない。しゃべりまくる佳奈を見つめ、そんなことを思う翔太だった。


 陸は、自分が最初に言ったことは棚に上げ、翔太をさんざんからかった。それから数週間。佳奈はほぼ毎日、
猫を見に翔太の家に遊びに来るようになった。不思議なことに麻衣も一緒だ。佳奈は手作りのお菓子を持ってき
てくれるし、麻衣は以前より態度が柔らかい。傍らで呆れかえる陸は放っておいて、今、翔太は懊悩の只中にい
る。

 佳奈も可愛いけど、麻衣だって可愛い。ああ、どうしよう――


   了




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