【 秋の探索 】
◆59gFFi0qMc




91 名前:選考対象外No.3 秋の探索 1/5 ◇59gFFi0qMc[] 投稿日:07/07/03(火) 00:47:57 ID:VAA7y4G1
 学校の友達から、とある山でアケビが取れるとの情報を入手した。
 早速バイクで出掛けたが、情報にあった国道から林道への入り口付近で道が分からなく
なっってしまった。
 ちょうど付近を歩く女性がいたので声をかけてみたが、その人はまるで機械のようにき
つく振り返り、俺をまるで敵か何かのように睨みつける。
 一体俺が何をしたというのだ、その形相にテンションが一気に下がる。一泊二日の予定
を投げ捨てて、逃げ帰ろうかとさえ思った。
 だが、女性は一応林道への入り口を教えてくれた。そのまま帰るのも何だか悪い気がし
て、とりあえず林道へ向かってバイクを走らせることにした。

 林道に入ると、さっきの女性のことが段々と頭から薄れていった。悪路を走るには相当
な集中力が必要になるので、少々のことは気にしていられないのだ。
 しばらくの間、あちこちで紫色にぶらさがる実を見つけた。だが、ぱっくりと割れた中
身は、遠くからでも空っぽと分かるものばかりだった。
 一度も口にしたことのないアケビ、なんとか食えないものか。中身が無い皮だけの姿を
見るたびに、段々とむかつきを覚えてきた。
 ついにひとつもありつけないまま、キャンプ場手前二キロ地点にまで到達した。
 ここでも紫が目に入った。無駄だろうとは思ったが一応ブレーキを握りしめ、視線を向
ける。すぐに分かった、空っぽだ。
「何なんだよ」
 俺はバイクを停め、ゴーグルとヘルメットを取った。
 地面へ座り込んで、ポケットから煙草を出して火をつけた。ひと吸いしてから煙を吐き
出す。鬱蒼とした林の隙間から漏れる群青色の空へ、あっという間に広がっていった。
 歩いてもキャンプ場へ着く距離だが、ここでちょっと大休止だ。もうやってらんねえ。

92 名前:選考対象外No.3 秋の探索 2/5 ◇59gFFi0qMc[] 投稿日:07/07/03(火) 00:48:14 ID:VAA7y4G1
 煙草を二本たて続けに吸ってから、膝に手をついて立ち上がった。見上げる秋空がぐん
と色を濃くしているのに気づいた。腕時計を見るともう五時だ。起伏が激しい林道を、ヘ
ッドライトだけで走るのはちょっと怖い。
「そろそろ行こうか」
 だるい上半身を左右にひねり、うめき声をひとつあげた。
 ハンドルに引っ掛けたヘルメットを手に取る拍子に、何気なく谷側を覗き込む。すると、
何個かの紫色が潅木にぶら下がるのが見えた。幾分薄暗い中で鮮やかに浮かぶその色に、
俺の意識レベルは急上昇する。谷の傾斜もきつくない。このくらいなら挑戦する価値はあ
るだろう。
 おっかなびっくりで、俺は五メートルほど降りて潅木の根元へと辿り着いた。もう二メ
ートルほど下れば谷底で、そこは笹藪と潅木が生い茂っている。
 だが、笹なんて登山家のお茶代わりにしかならない。それより目前のアケビだ。
 ツルが巻きつくこの木に、何個かぶら下がっている。ひとつひとつ中身をのぞきこんだ
が、どれも中身が無い。
 俺は木をまたぐようにして斜面で座り込み、首を折るようにうなだれた。
「ひょっとして、このあたりのアケビは皮だけの品種じゃないのか?」
 枯れ葉と土にまみれた手で、坊主頭をかきむしった。
 ため息をひとつつき、空を仰いだ。一段と色が深まり、あたりがうっすらと闇のベール
に包まれつつある。
 その様子に俺は、何かに追われるような怖さを感じ、生唾を飲み込んだ。
「やばいな、とっととキャンプ場へ行かないと」
 突然、すぐ下からざわめきが聞こえた。最初は風かなと思ったが、やたらとメリハリの
あるざわめきだ。
 音のする方向を見ると、笹藪を分断するような獣道に、うごめいている場所がある。
 そこは、俺から五メートルほどしか離れていない。
 一段、俺の心臓が大きく鼓動した。
 こんな間近では逃げても逆に追いかけられる。動物次第だが、対峙するしかない。

93 名前:選考対象外No.3 秋の探索 3/5 ◇59gFFi0qMc[] 投稿日:07/07/03(火) 00:48:28 ID:VAA7y4G1
 息をこらし、少しずつ、少しずつ腰を上げる。静かにポケットからアーミーナイフをつ
まみ出し、刃を起こした。こんな物、大型動物に何の役にも立たないだろうが、何もない
よりはましだ。
 今来るか、もう来るかと息をこらしていると、やがてそのざわめきが同じ場所から移動
しないこと、うごめきが妙に狭い範囲であることに気づいた。
「動物にしても、結構小さくねえか?」
 熊かイノシシじゃなければ、なんとかなるだろう。
 俺はおそるおそる腰を上げ、ナイフを畳んでポケットへ突っ込んだ。ゆっくりと残りの
斜面を降り、笹薮に腰まで埋める。
 途端に、一段と大きなざわめきが起こり、それに反応した俺は全身を固めた。相手は俺
がいることを察知して警戒しているようだ。
 この動物が何なのか、ぜひ見たい。足音にびびるようならたいした奴ではない、どうせ
肝っ玉の小さな奴だろう。
 俺の好奇心が、恐怖心を完全に制圧した。
 ざわめきの中心まで笹薮をかき分けて進むと、”ギャッ”と、余り聞きなれない鳴き声。
両手で声のあたりをさらにかきわけていくと、茶色い犬のような動物が横たわっている。
犬にしては顔つきが細い。
「キツネ……か?」
 N県山中に、キツネなんているのか。北海道くらいだと思っていた。
 そのキツネは子供らしく体格の割に前足がやたらと太い。
 子供なりに警戒しているのか、顔だけ起こして鼻の頭に皺を寄せ、敵意の白い歯を剥き
出しにしている。子ギツネの後足には錆びついたトラバサミが食いついている。住所と名
前の書かれた札がぶらさがっていることから、誰かが猟期が終わってからも回収し忘れた
ものらしい。
「気の毒にな」
 俺は、脅かさないようゆっくり、ゆっくりとそのトラバサミを開いてみた。すると意外
にも、その獰猛な口は簡単に子ギツネの足を開放した。
 瞬間、子ギツネはジャンプをするように数メートル飛びずさり、獣道の中ほどで立ち止
まった。そして俺をじっと睨みつける。

94 名前:選考対象外No.3 秋の探索 4/5 ◇59gFFi0qMc[] 投稿日:07/07/03(火) 00:48:42 ID:VAA7y4G1
 それだけ派手にジャンプするなら、怪我もたいしたことないだろう。もう少し見ていた
いが、俺はこれから斜面を登って、バイクでキャンプ場まで行かなければいけないのだ。
 なんだか名残惜しいが、仕方が無い。
「気をつけて帰れよ」
 俺は子ギツネに背中を見せた。
 全身を枯れ葉と泥だらけにして斜面を登り、キャンプ場までバイクで走りきった。シー
ズンオフなだけに広場は誰ひとりいない。
 俺はすぐさま小さなテントを立てて寝袋へ潜りこんだ。照明代わりに買ってきた、百円
ショップのLEDライトが何とも辛気臭い。でもカンデラは高いから手が出ないし。
 チキンラーメンを生で一袋食うと、少し腹が落ち着いた。ついでに紙パック焼酎へスト
ローを刺し、一息で吸い込んだ。

 テントの生地が明るい。いつの間にか朝になったようだ。
 焼酎が効いたのか、気絶したかのように記憶が無い。
 頭を何度か振りながら、寝袋から体を抜いた。オシッコをしようとテントから下半身を
出そうとするが、何か罰が悪い気がした。公衆トイレがあったのを思い出し、靴を履こう
と地面へ視線を落とした。
 靴のそばに、大人の手の平よりも更に大きなのが数枚落ちている。
「なんだこれ」
 めくってみると、そこにはくるみやどんぐりが幾つかと、得体の知れないキノコが数本
転がっている。
 そして。
「アケビじゃねえか!」
 ツルつきの紫色が二個もある。割れ目からは、バナナにごま塩を埋め込んだような果肉
が顔をのぞかせている。泥やゴミもついていないようだ。
 俺は早速一口含んでみた。
「……種がまた食い難いな。でも、まあ甘いし」
 何に似ているとも言いにくい、まさにアケビの味としか言い様がない。
 そんなアケビに感動しつつ、俺は少し不思議な物を見つけた。

95 名前:選考対象外No.3 秋の探索 5/5 ◇59gFFi0qMc[] 投稿日:07/07/03(火) 00:48:57 ID:VAA7y4G1
 一枚の葉っぱに、動物の足跡がハンコのようにつけられたものがあるのだ。
 顔をあげ、付近を眺めるがキツネどころか何もいない。だが、キャンプ場の端っこに赤
い物がある。よく見るとそれは鳥居で、左右に並んだ狛犬がキツネだ。お稲荷さんか?
 足跡がついた葉っぱを左手で拾い上げ、じっと見つめた。
「これ、ひょっとして昨日助けた子ギツネの手紙か?」
 まさかな。だが、本当にそうだったら可愛いじゃねえか。
 額に右手の甲をつけて、俺は苦笑した。

 当初はキャンプ場の周囲をアケビ探索するつもりだった。が、もう目的は達成した。
「撤収だ撤収」
 手早く荷物をまとめ、バイクに縛り付けた。明るく赤や黄色の色とりどりに映える山を
ひた走り、昨日迷った林道入り口から国道へ出た。
 するとそこには、昨日の女性がまた立っている。今日の表情は何とも柔らかで、昨日と
はまるで別人のようだ。横に小さな女の子を連れている。ベージュのワンピースがよく似
合う、可愛い子だ。
 女性が俺へ会釈をし、同時に女の子が「こんにちわ」と、俺に微笑みかけた。
 反射的に片手を挙げて応じながらも、俺はその子の足元に目が止まった。
 スカートからのぞく足には、真っ白な包帯が巻かれているのだ。

 俺は自分の頬がゆるむのを感じながら、俺は下宿へとバイクを走らせた。

 缶



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