【 赤いポストの妖精 】
◆InwGZIAUcs




81 名前:選考対象外No.01 赤いポストの妖精1/6 ◇InwGZIAUcs[] 投稿日:07/07/02(月) 09:28:04 ID:StGAhfwe
 青色絵の具にたっぷりと水を含ませて、サッと一塗りしたような青い空。明るく大きな白い雲も、
その空にとても良く栄えている。まさに夏。絶好なラブレター日和だと健太は思う。
 高鳴る鼓動。汗ばむ両手。その手の平にはこざっぱりとした空と同じ色の封筒が握られている。
 そしてその中には、健太がその心中に秘めた想いを丁寧に綴ったラブレターが入っていた。
 彼曰く、「メールは論外だし、女の子に向き合って伝えるのはとても苦手。だったら、
真心込めた手紙が良いよな?」らしい。
 そんな健太は、いよいよ赤いポストの前にやってきた。
 住宅街の中、少し人目につきにくく、自宅から遠い場所にあるポストをわざわざ選んだのは、
知り合いに見られる可能性を少しでも下げるためであり、自分の勇気を道中奮い立たせるためでもあった。
 深呼吸を一つ。あとは、手に持った封筒を投函するだけ……。
「んーきょうも良いお天気さんですね」
 突然耳元で聞こえた声に健太は持っていた封筒を落っことしそうになるが、風にさらわれる寸前でナイスキャッチ。
 しかし誰もいない。健太は「誰かいるの?」と小声で呟き、聞き耳をたてるウサギよろしく身を竦ませた。
「……はれ? 私の声が聞こえるの?」
 今度は声の元を捉えた。それは健太にとって意外な方向、真っ正面から聞こえてきた。
 ソレいた。赤いポストの上に。変なのが。
「はー……びっくりです」
 ソレは、海外の童話にでてくる小人のような格好をしていた。
 赤を基調としたワンピースに、同じく長い赤毛を後ろで大きく三つ編みを決め込んだ小さな少女。その少女は今、
そのつぶらな瞳をパチクリさせて、健太を見つめている。健太も少女を見つめている。
 時間が止まった。

 健太は時々この世とは少しずれた世界で生きているモノを見てしまう事がある。彼は、
世間一般で言う霊感体質なのだ。しかしそんな彼でも、こんなにもはっきりくっきりとソレを見たのは初めてだった。
「はあ、妖精さんですか……」
「そうなの。えと、健太君ね! 私のことは、ポスメイルトって呼んで?」
 ニコニコ笑ってポストの端に座って足をブラブラさせるポスメイルトと、
相も変わらずその非日常的な情景に呆然としている健太……しかし、彼は意外と順応するのが早かった。
「呼びにくいからポス子でいいかな?」
 半眼で告げる健太に、ポスメイルト改めポス子はいやいやと首を振った。綺麗に編み込まれた三つ編みが、

82 名前:選考対象外No.01 赤いポストの妖精2/6 ◇InwGZIAUcs[] 投稿日:07/07/02(月) 09:28:26 ID:StGAhfwe
ひょこひょこと左右に揺れる。それはなんとなく可愛らしい仕草であったが、健太はポス子の頭を片手で止めて、
先程から気になっていた事を聞いてみた。
「で、ポス子はここで何をしてるんだい?」
「へ? ここでですか? ……よ、よくぞ聞いてくれました! 私はですね、ここで出された手紙に私の力をそっと
加えているんです。優しい手紙はより優しく。悲しい手紙は少しでも癒えるように。憎しみの手紙にはその憎しみを
宥(なだ)めるように。そんな力を手紙に宿すんです。それが、私、ポストの妖精ポスメイルトなのです」
 一気に捲し立てたポス子はえっへんと薄い胸を張り、腰に手をやっている。
 健太はその言葉に何か期待が大きく膨らんでいくのを感じた。
「それ、た、例えばラブレターだったらどうなる……?」
「もちろん! 愛情がとびっきり伝わりますよ!」
「そ、そうか……そっか」
「皆さんはお気づきでないかも知れませんが、お手紙にはとても強い想い力が存在しているのです。
手紙で伝えたい意志が強ければ強いほど一字一句に力が宿り、その相手にその思いは伝わっていくのです。
ポストの精霊をしといて何ですが、本当は自分で渡すのが一番想いが伝わりやすいのですよ?」 
 饒舌に喋るポス子に聞き入ること数分、なるほどと、二度三度頷いた健太は早速投函する決心をした。
いくら想いが伝いやすいからといって本人に直接渡す事など、顔からだけでなく体全体から火を吹きかねない。
「じゃあこの手紙頼みます」
「あひゃ、これは恋文さんだね」
 ひゃーと小さな顔をこれまた同じく小さな掌でポス子は覆うと、任せなさいとやはり薄い胸を叩く。
「久しぶりに人とお話できたので、私は大変嬉しいのです。たくさん力を添えておきますね!」
 健太は苦い笑みを浮かべながら、ポス子の好意に甘えることにした。
「うん、た、頼んだ!」


 夜の帳が降りた今、ここは健太の自宅である。
「なあ婆ちゃん、九十九神ってなんにでも宿るもんなのかな?」
 九十九神。それは物に宿る精霊や妖怪の事であり、
健太にとって今日見たポス子はそれ以外に説明のつかない存在であった。
「宿る。なんだい? また変なもんでも見たのか?」
「まあね……」

83 名前:選考対象外No.01 赤いポストの妖精3/6 ◇InwGZIAUcs[] 投稿日:07/07/02(月) 09:28:50 ID:StGAhfwe
「退散させる札いるか?」
「ん、いや、十中八九大丈夫だよ」
 更けていく夜に躍る心は止められず、しばらく健太は不眠症になったという。


 空は今日も綺麗な水色をしていた。
 雲一つ無い、真っ青な晴天はどこまでいっても広がっているような錯覚を健太に覚えさせる。
 健太とポス子が出会ってから一週間が過ぎた今日、彼は再びポス子のいるポストに訪れていた。
「お、ポス子、元気かい?」
「あ、健太君。うん、元気だよ〜。で、今日はどうしたんだい?」
 と言いつつも、ポス子はふぃーと手を団扇代わりにしてパタパタさせていた。
「うん、おかげ様で手紙返ってきたんだよ! そんでまたその返事を出しに来た」
「良かったね! でも何でまた返事も手紙なの? 想いが伝わったならメールでも電話でもいいんじゃない?」
「いやーまだ両思いってわけじゃないしさ、ポス子が暇かなと思って。こんな寂れた場所中々手紙出しに来る人も
居ないだろうから、また一仕事して頂きたくて来たの」
 少し意地悪な笑みを浮かべる健太に、ポス子は頬を膨らませた。
「ブーブー! これでも結構力添えるの大変なんですよ?」
「まあまあそれは冗談として、ポス子の力が借りたいんよ」
 健太は悪態つくポス子の頭を優しく撫でてやる。
「な? 頼む」
「わ、わ! ち、ちょっと止めるです……もう! 髪が乱れちゃった」
 そう言って慌てて赤毛を直すポス子。しかしその顔は何故か赤く茹で上がっていた。
「しょうがないからさっさと手紙を投函して下さいな!」
 真っ赤な顔を必死に隠しながら、ポス子はそう言い放った。


 それからも定期的に健太はポス子の元を訪れるようになった。手紙を出しに行く時は当然のこと、
暇な時さえあれば彼女にちょっかいをかけに行いく。
 ポス子との会話は楽しかったし、今までに無い話も聞けた。ポス子もポス子で健太とのを楽しんでいたようだ。
 が、そんなある日異変は起きた。

84 名前:選考対象外No.01 赤いポストの妖精4/6 ◇InwGZIAUcs[] 投稿日:07/07/02(月) 09:29:20 ID:StGAhfwe


 その日は曇りだった。薄い雲に覆われた市街地では、天気陽報を信じて傘を持ち歩く人がちらほらと見受けられる。
「お前、少し疲れてないか?」
「へ? うん、まあ少し怠いかも……」
 遊びにきた健太は、ぐでーと赤いポストの上で横になるポス子を心配した。
「そういう状態は偶になるのか? 休めば治るのか?」
「うーん……今までこんな事は無かったかなあ……どうしたんだろう……」
 健太は少し思い当たる節があった。
「ひょっとして、俺の手紙が負担になっていたのか?」
「……わからない。今までこんなに力を込めて手紙の効果を引き出してた事なんて無かったから……」
 ポス子は自覚していなかった。滅多に手紙が出されない自分のポスト。そのポストに手紙を出しに来る健太が
嬉しくて、ついつい調子に乗り自分でも気付かないほど、多くの力を彼の出す手紙に注いでいたのだ。
 そして健太は確信する。手紙を出した後のポス子は、いつも気だるそうにしていた事、
そして今まで手紙の相手が好感触だったのは、本当にポス子の力のおかげであった事を。
 しかし息も絶え絶えになったポス子を目の前にした今、健太にとってそれはどうでも良いことだった。
「ちょっと待ってろ!」
 健太は家に向って走り出した。物知りな彼のお婆ちゃんを目指して。雨が少しずつ降り始めていた。

「婆ちゃん! 九十九神に効くお札ってないか!」
 途中で雨に打たれた体を拭いもせず、健太は居間へ上がっていった。
「おやおや騒がしい子だねえ……何があったんだい?」
 かいつまんで説明する健太に、お婆ちゃんはこう告げた。
「お前……本当にその手紙の相手が好きなのかい? ……いや、今はそれは置いておこう。九十九神は、
大事にされた物が魂を持って現世に現れるもの。その存在を心から望む人がいれば彼ら九十九神は、
いつまでも共に歩める存在だ。逆に、用が無くなって忘れ去られてしまえば、その存在は儚く消えていく。
つまり、お前が消えて欲しくないと思っている気持を、その九十九神が受け取りやすい形で伝えれば良い」
 健太のお婆ちゃんは、それだけ言うと、「しっし」と手を振った。
 健太は立ちつくした。
(俺の気持? 俺は、俺は……)

85 名前:選考対象外No.01 赤いポストの妖精5/6 ◇InwGZIAUcs[] 投稿日:07/07/02(月) 09:29:39 ID:StGAhfwe
 気付いていた。気付かないふりをしていた。こんな訳の分らない、他の誰にも見えない小人のような少女を
好きになり始めていた事を。いつの間にか、ポス子への気持を忘れるために、
手紙の相手を必死に好きになろうとしていた事を!
 好きになってどうする? ポストを家まで運んで一緒に暮らすのか? といった様々な理由が、
彼の気持を塞(せ)き止めていた。しかし、その気持の奔流を遮断していた堤防も、今崩れ去った。
(どうでもいい。好きなものは好きだ。好きなんだ!)
 健太は、降りしきる雨の中を再び走りだした。

 ポス子は、どこからか出した小さな傘をさしながら健太を待っていた。
 急に飛び出していった健太はどこへ行ったのだろうか? 帰ってしまったのだろうか? 雨のせいか、
彼女の心の中はとても凍えていた。
 体に宿る精気は今極端に低く、体中が麻痺してきた。このまま消えてしまうのだろうかと思うと、
健太に会えなくなるという寂しさや恐怖で心の底から震えてしまう。
「ポス子!」
 そんな事を考えていると、いつの間にか目の前に健太がいた。
「これ!」
 健太は濡れないように胸に押さえつけていたおいた手紙をポス子に差し出す。
『本当は自分で渡すのが一番想いが伝わりやすいのですよ?』
 これは健太が初めてポス子に出会った時に教えて貰ったことだ。今、彼はそれをやり遂げた。
 ポス子はそれを受け取ると、目を見開いた。

――ポス子様へ。 俺はお前が好きだ! だから治れ! 以上! 健太

 どれくらいの時間がたっただろう。
 雨のおかげで健太の体からは、火こそでなかったものの、顔が真っ赤茹で上がっている。
 そして同じく、顔を茹で上げているのがポス子だった。そして、雨の音にかき消されていた時間が動き出す。
「わ、私も! 健太君が……好き……かもです」
 小さくなっていく呟き。二人は小さなキスをしていた。

 気付いた時、空に晴れ間が差し込んでいた。虹も雲の隙間に掛け始めている。

86 名前:選考対象外No.01 赤いポストの妖精6/6 ◇InwGZIAUcs[] 投稿日:07/07/02(月) 09:29:57 ID:StGAhfwe
しばらく、それを見上げる少年と赤いポストが寄り添っていた。


 数日後。ここは健太の家。
「なあ婆ちゃん……九十九神って――」
「あーあー聞きとうない聞きとうない。モノノケの嫁なんかいらんわ!」
「……あいよ」
 婆ちゃんはサッと立ち上がると、本棚にあった分厚い本を取り出した。
「……これは独り言じゃが、強い霊力を持った妖怪は人に姿を変える事ができるとな……」
 そう言って本を元に戻すと、「フン」と鼻を鳴らしどこかへ行ってしまった。
「はは、素直じゃないなあ」
 健太は思った。今、ポス子の力の源は健太の気持ち。だとすれば、
ポストの精である彼女が人に変れる日は遠くないんじゃないかな? と。


 オワタ



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