【 うたかたの妹89' 】
◆O8W1moEW.I




76 名前:No.21 うたかたの妹89' 1/5 ◇O8W1moEW.I[] 投稿日:07/07/02(月) 00:04:28 ID:zS1gatZH
妹! 妹! 妹! 妹! 妹! 妹!
俺の部屋は見渡す限りの妹尽くしだ。壁には妹キャラのポスター、ベッドには妹抱き枕、PCでは妹系エロゲー、プレイヤー
からはおにいちゃんCD、棚には妹モノのアニメのDVD、部屋の隅には親父からもらった南こうせつの『妹』のレコード――
この部屋は俺の妹への愛で溢れかえっている。ああ、妹は最高だ。惜しむらくは俺に三次元の妹がいないことであろう。
実際に妹がいる男は、妹萌えは到底理解できないものだという通説を巷で耳にすることがある。実にもったいない話だ……
俺なら妹がまだ性知識がつく前にやれるだけのことを施し、二次性徴がはじまれば性徴過程を逐一ノートに書き込み、くま
さんパンツを愛用させ、寄り付く男がいれば徹底的に排除するだろう! という話を夕食の席で母さんに話した。
母さんは頭を抱え、あかねは生まれてこなくて正解だったかもしれないわね、と呟いた。
……あかねっていったい誰ですか?

母さんの話によると、俺には生まれてこなかった妹がいたそうだ。名前はあかね。
1989年七月七日、母さんのお腹から出てきてすぐに、おぎゃーとも言わずに妹は死産したらしい。母さんも親父も、生きて
いる妹の姿は見ていないそうだ。その当時俺はまだ一歳だったから、もちろんそのことに関してはなにも覚えていなかった
。母さんも俺にいつか話そうと思っていたが、時間が経てば経つほど言い出すタイミングが無くなったのだと言う。
……驚いた。俺にも十ヶ月間だけ、たしかに妹が存在していたんだ。それならば……アレが使えるかもしれない。俺は冷やし中華を一気に流し込んで、ごちそうさま! と叫んで部屋に戻った。

なんとも都合のいい事に、俺は先日不思議な妖精さんと契約していたのだ。そいつは願い事をなんでも三つ叶えてくれるという。すでに願い事は二つ叶え、残るはあと一つだった。そいつと俺がどうやって出会い、俺がどんな願いを叶えたのかはこの際割愛する。
「妖精さん、最後の願い事が決まった!」
妖精さんは俺のタバコをプカプカとふかしながら、部屋に駆け込んできた俺を見つめる。副流煙で妹たちが汚れる……
「も、もう決まったのか? べ、別にもっと一緒にいたいとかそんなんじゃないが……なんだその……もう少しゆっくり決めても、いいと思うぞ」
「年上の女に用はないんだよ! 妖精さん、妹を蘇えらせてくれ!」
妖精さんはなんでも願いを叶えてくれたが、一つだけできないことがあった。それは、全く新しい命を作り出すことだった
。俺も、何度も何度も土下座して、妹がどうしても欲しいんだと懇願したのだが、それだけは無理だ。だが新しい命を作る
なら一つだけ方法がある。わ、私と……とかなんとか言われ、まあとにかくこれまでは妹は諦めてきたわけだ。
だが、一度死んだ者の命を呼び覚ますことはできるらしい。ただし、それが存在できる期間は三日間。とりあえずすぐにや
ってもらった。三つの願いを果たしたので、妖精さんは砂のように消えていった。


77 名前:No.21 うたかたの妹89' 2/5 ◇O8W1moEW.I[] 投稿日:07/07/02(月) 00:04:47 ID:zS1gatZH
白いもやが部屋の中央に集まりだし、ゆっくりとそれが人の形になっていく。間違いない、これが俺の妹……ああ、今すぐ
抱きしめてしまいたい。その時、どこからともなくノリノリのBGMが流れ、いつの間にか部屋の電球が赤や青のけばけばし
い光を放つ丸いライトに変わった。
そして妹がこの世で最初に口にした言葉は、おぎゃーでもはじめましてお兄ちゃんでもなく、「フィーバー!」だった。

妹は十七歳だった。平成元年の七夕生まれなんだから、生きていれば十七歳。よし、ここまではいい。妹は眉毛が極太だっ
た。まあ、俺も両親も濃い方だし、ここらへんは遺伝なのかもしれない。……うーむ、おかしい。どうも思ってたような感情
が湧きあがらない。目の前に妹がいるなんて、この場で歓喜の声をあげてもおかしくないような事態なのだが。なんとい
うか、胸の奥から湧き上がる熱い男の気持ち、萌えが生まれてこないのだ。これがいわゆる、妹持ちには妹萌えが分からな
い現象……いや、これはそういう問題じゃないだろう。目の前にいる女の姿をもう一度よく観察してみる。
ヘアスタイルは、黒髪で前髪だけくるんとカーブしており、それ以外は長いストレートで後ろに流している。唇は血のように紅い。
服は体にピッタリすぎるほどにフィットしており、やけにテカテカしている。なぜか彼女は台の上に乗っており、手に持っているのは羽根のついた扇子だ。俺のテレビで得た知識が確かならば、これは紛れも無く……
バブル!
ワンレン、ボディコン、ディスコ、お立ち台、円高――この妹、あまりにバブリーすぎた。

「おにいちゃんとはじめて会えたから、七月五日は兄妹記念日……あはは、なんか下手くそだねー。メンゴメンゴ許してチョンマゲ!」
お立ち台から降りたあかねは、いきなり死語を使い出した。顔自体は俺に似ず整っていて、化粧や髪型をどうにかすれば可愛い
かもしれないと思った。だが今の妹では、かもし出す雰囲気があまりに古臭くて萌えるに萌えられなかった。
「なああかね、もう少し今風の洋服着ないか……?」
「え、どうして? これ今すごくナウいのよ? 絶対イケイケなんだから!ま、シティボーイとは無縁なおにいちゃんには
、あたしのアーバンライフ志向は分からないでしょうけどね。ねえそれより今日せっかくの花金よ?今夜は夜の街にア
バンチュールに繰り出しましょうよ。おにいちゃん、あたしのあっしー君になって!」
……何を言っているのか分からない。
意訳すると、せっかくの金曜なんだからオトナの火遊びをしに車で街に行こう、らしい。俺が免許を持っていないことを告
げると、じゃあタクシーを呼びましょうと言ったので慌てて止めた。冗談じゃない。働く意欲の無い俺にタクシー代なんて
払えるはずがない。どうも金銭感覚がずれているようだ。しぶしぶ、あかねも電車で行くことを承諾してくれた。
それにしても、駅にいる女の子たちを見れば一瞬で自分の間違いに気付いてくれるだろうと期待したのだが、あかねは「お
っくれってるー」の一言で、自分の正当性を主張するばかりであった。お前が十七年遅れてるんだよ、とは言えなかった。

78 名前:No.21 うたかたの妹89' 3/5 ◇O8W1moEW.I[] 投稿日:07/07/02(月) 00:05:01 ID:zS1gatZH
「うっそー、おいしー!」
時計坂駅で降りると、駅前の喫茶「ABCB」で軽食を取ることになった。喫茶店なんて入るのはこれがはじめてかもしれない
。普段は友達と出かけても、ファミレスか牛丼屋だし。あかねはティラミスとナタデココを美味そうに頬張っていた。
「こうしてるとあたしたちってアベックみたいだね」
残念、そこはせめてカップルと言ってほしかった。
「ねえおにいちゃん、せっかくだからポケベルの番号交換しない?」
ポケベル……そういえば、俺が小学校低学年の頃に親父がそんなの持ってたっけ。たしかカタカナしか出ない、十数文字しか打てないメールの出来損ないみたいなやつ。
「ポケベルは持って無いけど、ほら、今の時代はこういう携帯電話を使ってやり取りしてるんだ」
「携帯電話ならあたしも持ってるわ!」
と言うと、家を出てからずっと肩にかけていた妙にでかいショルダーバッグをテーブルの上にドカンと置いた。
よくよく見ると、バッグだと思っていたそれには受話器らしきものが付いていた。それは電話以外の何物でもなかった。
「ケータイでかっ!」

現代の文化レベルを俺がどんなに力説してやっても、あかねは笑みとクエスチョンマークを浮かべるだけで聞く耳を貸そう
ともしなかった。俺の言うことが本当に理解できないのか、それともそんなにバブルが好きなのか。
そもそもこれが本当に妹なのかさえ怪しくなってきた。これはいわゆるドッキリで、妹だなんてうっそだピョーン!となに
かの拍子に言い出すかもしれなかった。だが、そんな俺の葛藤はおかまいなしに、あかねは夜の街で俺を連れまわしアバン
チュールに浸っていた。ペットショップではウーパールーパーやエリマキトカゲを探すし、細々と経営を続けていたディス
コではお得意のイケイケなダンスを披露し、三十台後半のお姉さま方からお立ち台クイーンの未来を担う逸材だと絶賛されていた。そんなことをしてる間に、もうすっかり夜の十一時を回っていた。

「楽しかったわねー」
「俺は全然楽しくなかったけどな」
正直な気持ちを伝えてやった。本物の妹だろうとなかろうと、もう我慢の限界だった。
「あ、じゃあ次はおにいちゃんが行きたいところに行こうよ! 今度はあたしがおにいちゃんに着いていくから。それとも、もうウチに帰る?」
目の前の女の子から妹を探し出すことも、もう不可能だろうと思った。もう疲れた。全部吐き出して終わりにしよう。
「住んだこともないのになにがウチだよ! 家族気取りすんな! お前なんて妹じゃない! ぜんっぜん萌えないし! そ
れどころか一緒にいるだけで恥ずかしいんだよ!未来のお立ち台クイーンだ? 冗談じゃない、もうお立ち台に未来なんて

79 名前:No.21 うたかたの妹89' 4/5 ◇O8W1moEW.I[] 投稿日:07/07/02(月) 00:05:16 ID:zS1gatZH
ないんだよ! だから普通の格好しろ! 普通のメイクしろ! 普通の喋り方しろ! Tバックなんて穿くんじゃねえ! くまさんパンツを穿けええええええ!」
「いやーん! おにいちゃんなんであたしがTバック穿いてるって知ってるのよぅ! エッチスケッチワンタッチ!」
しまった!
「ぐ、偶然見えたんだよ。そんな下の短い服着てるのが悪いんだ」
あかねはボディコンのスカート部の裾をぎゅっと握った。今さら恥ずかしくなったのか、しばらくうつむいたままだった。泣いていると気付いたのは、かすかに嗚咽が聞こえてきたからだ。
そんなに見られたくなかったのか、Tバック……と思ったらどうやら違うらしい。
「――ごめん、おにいちゃんに嫌な思いさせちゃって……あたし、あの日からずっとおにいちゃんに会いたかったの。その
夢がやっと叶った。ありがとう。おにいちゃん……プッツンさせちゃってゴメンね。ばいばい」
そう言うと、あかねは踵を返して繁華街のネオンの中へ走り去ってしまった。さすがに言い過ぎたかもしれない。やっぱり、
本当に俺の妹だったんだろうか。どうしてあんなにバブリーだったのか、今となっては知る由も無い。

――なんだかもやもやする。どうせあと二日であかねは自然にこの世界から消えるんだから、あまり心配することはないは
ずだけれど、胸のつかえがとれない。これも全て妖精さんが蘇えらせたりなんてしたからだ。
「ちくしょー! 妖精の馬鹿やろー!」
その時、飲み屋ののれんをくぐって妖精さんが現れた。
「お、お前ともう会えないのが辛くて、ヤケ酒飲んでたわけじゃないぞ。その……今だって嬉しくてしょうがないから……泣いてるわけじゃ……」
妖精界には、一度契約を果たした者には二度と会いに行ってはいけないという掟があるそうだ。この後、あかねのことを聞
き出すまでに紆余曲折あったがそれは割愛する。妖精さんが言うにはこういうことらしい。あかねは1989年七月七日に僅か
な時間だけ生を受け、すぐに死ぬことが運命付けられていた。本来はこの時間に生きているはずがない人間、バブル崩壊後
の世界にいてはいけない人間だ。体をどんなに成長させても、心は絶対に89年から先の未来を理解することが出来ない。それがあかねの運命。
「という話を彼女を呼び出す前にちゃんとしたのだがな。全くお前ときたら、妹に会えると分かった途端私の話なんか――お、おい、どこへ行く!」
俺はいてもたってもいられなくなって、夢中で駆け出していた。あかねは俺をからかってなんていなかった。変わった女
の子でもなければ、理解できないフリをしていたわけでもなかった。俺は最低かもしれない。自分の欲のために人の、そ
れも肉親の運命を勝手に弄んで、挙句の果てに傷つけて。もう一度会わなきゃ。萌えの対象なんかじゃなくて、兄貴として、あかねになにかしてあげられることがきっとある。残りの二日間を家族四人で過ごそう、綺麗な景色だって見せてやりたい。

80 名前:No.21 うたかたの妹89' 5/5 ◇O8W1moEW.I[] 投稿日:07/07/02(月) 00:05:33 ID:zS1gatZH
「あかね!」
見つけた! 大通りを挟んで向こう側に、あかねがいた。
「おにいちゃん!」
俺はあかねを見つけるやいなや、大通りを渡ろうとした。
その結果、ボクは死にましぇーんと言う間もなく横から来たトラックに激突した。

昔の夢を見た。記憶に残っていることさえ不思議な、でもかすかに見覚えのある昔々の光景。
俺は母さんに抱っこされて、母さんの大きく膨らんだお腹に耳を当てていた。夢の中の俺は、どんなに表現したいことがあ
っても、まだ「あー」だとか「うー」以外の言葉を紡ぐことが出来なかった。
「ねえ智史、あなたの妹の名前、あかねって言うのよ。あ・か・ね」
母さんが、口をゆっくり動かす。それを俺は真似る。はじめは上手く言えなかった。それでも何度も繰り返して、なんとか
たどたどしいながらも、それを言葉にすることが出来るようになった。きっとこれが、はじめて俺が口にした言葉だ。最初の会話の相手は、母さんのお腹の中で一生懸命生きようとしていた命だった。
『あの日からずっとおにいちゃんに会いたかったの』

俺は病室で目を覚ました。それを見た母さんと親父が抱き合って喜んでいた。その場所にあかねの姿は無い。あれから
三日経っていた。俺の出血は酷いものだったらしい。すぐに輸血をしないと出血多量で死に至るところまで達していた。
でも、俺の血液型はボンベイタイプという本当に珍しい型で、同種の血液は救急車の中にも病院にも置いていなかったそうだ。
「お前と一緒に救急車に乗ってくれた女の子が偶然にも同じボンベイタイプでな、彼女が血を提供してくれたおかげでお前
はなんとか一命を取り留めたんだ。昨日まで、俺と母さんとその子、三人でずっとお前の様子を見ていたんだがな、今朝突然いなくなっちまった。今度会ったらお礼言っとけよ」
それを聞いた途端、急に自分の体中の血管が熱くなったような錯覚に襲われた。この体は、あかねに生かされた体なんだ。
「ずっと昔に会ったことがあるような不思議な女の子だったわ。でもね、私、なんだか会えてよかったと感じるの」
家族団らん……とはいかなかったけれど、たしかにこの二日間、俺たち家族は四人一緒だった。いや、たぶんこれからもずっとだ。俺にあかねの血が流れている限り、俺もあかねも未来を紡いでいけるような気がした。

夜になって、胸ポケットにポケベルが入っていることに気付いた。あかねの置き手紙ならぬ、置きポケベルだった。
『イツモ ソバニ イルヨ』                 
                       <end>




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