【 春の窓辺 】
◆I.sec9CNws




38 名前:No.11 春の窓辺 1/5 ◇I.sec9CNws[] 投稿日:07/07/01(日) 18:04:39 ID:PHB/wm34
 子供のころ、いつかは自分も大人になるんだ、よくそんなことを思っていた。
 しかし今の自分を見るとどうだろう。
形ばかりのモラトリアムにすがり、どこかではこのまま続けばいいと思っている。
無知で無力で、そのくせ自尊心と自意識ばかり強い自分。
いままでどこか見下してしまっていた他の人たちが普通にしていることも何一つできぬままに、ここまで来てしまった。
孤島に取り残されながらも、くだらない自尊心が邪魔をして声をあげることもできない、
そんな僕に好き好んで関わろうとする人は当然のことながら誰もいなかった。

 入社して早くも一年が過ぎた。
 昼休みの時間を持て余し、近くの全国チェーンのコーヒーショップで大して吸いたくもないタバコに火をつけた。
入学式の帰りだろうか、余所行きの衣装に身を包んだ親子連れが何組もぞろぞろと駅のほうへ歩いていく。
最近のランドセルは赤と黒だけではないようだ。彩り鮮やかな点々がはしゃいでいた。
二階席からは穏やかに流れる街の時間をうかがい知ることができたが、
恨めしく、またうらやましく思った。
そんな風景を見ているうちに、ふと、小学生のころの出来事が蘇ってきた。
あれはたしか三年生の時だったと思う。国語の時間のことだった。
 

39 名前:No.11 春の窓辺 2/5 ◇I.sec9CNws[] 投稿日:07/07/01(日) 18:05:11 ID:PHB/wm34
 「今日は手紙の書き方についてです。おうちの人へ手紙を書いてみましょう」
 僕は文章を書くのが苦手だった。
作文や手紙など自由に書けといわれると何も出てこなくなってしまうのだ。
増してや毎日顔を合わせている家族に手紙なんて気恥ずかしくて書けなかった。
それを隠すように、こんなことくだらなくてやってられない、といった顔をしながらまわりをうかがった。
他のみんなはすらすらと書いている。
僕だけが何も書けずに間抜けな「ポーズ」を保ったままだったのだ。
そんな様子を察したのだろう、赴任一年目の新米の担任の先生は言った。
 「そんなに難しく考えることはないわ。あなたのお父さんお母さんにありがとうを伝えればいいのよ。」
僕は縦書きの薄い青のレターセットに、ただ、ありがとう、とだけ書いた。
 手紙は提出した後、先生がチェックをしてから自宅に送られることになっていたが、
当然、僕のは認められず「宿題」ということになった。
 それから数日間僕は少しづつ書いていった。何度も書き直し、便箋の青から所々白が覗いている。
なんとか言葉をつなぎ、父へ、母へ、精一杯感謝を綴った。
ようやく書き終えた手紙ではあったが、自分の恥かしい部分をさらすようで
誰にも見られたくないと思い捨ててしまった。そして結局、提出しないまま忘れ去った。

 そんなことを思い出すうちに、あることを気付かされた。
 自分をさらけ出せないことの、恥ずかしさ、惨めさ、それをわかっていながら、
それでも何もできない自分の価値の無さに気付かされた。
 小学生の頃から何も成長してはいなかったのだ。
そしてその変わらない部分こそがどうしょうもない僕の本質なんだと思い知った。
 僕はタバコをもみ消し、コーヒーショップを出た。

40 名前:No.11 春の窓辺 3/5 ◇I.sec9CNws[] 投稿日:07/07/01(日) 18:05:33 ID:PHB/wm34
 その日の午後、突然電話が鳴った。実家の父からだった。母が倒れたらしい。
新幹線で片道二時間、駅からはタクシーで母が入院している病院へ直接向かった。
海沿いの国道を抜けた小高い丘の上にその病院はあった。
母は日当たりのいい個室で眠ったままだった。窓辺からは海が見える。
仕事先から父が駆けつけていた。
 脳梗塞だった。
癌を患って以来、入退院を繰り返していた母だったが、近頃は体調もいいと聞いていた。
驚きを隠せなかった。
ベッドの横の椅子に腰掛け、父は何も言わずただ母を見つめていた。
それはどんな気持ちだったか、僕にはわからなかった。
僕は会社に二、三日間休むかもしれないと会社に電話をし、父と病室に泊まった。
 
 それから母は、夜中に一度だけ目を覚まし、うわごとでなにかつぶやき、次の日の昼に亡くなった。


41 名前:No.11 春の窓辺 4/5 ◇I.sec9CNws[] 投稿日:07/07/01(日) 18:05:58 ID:PHB/wm34
 葬儀にはたくさんの人たちが訪れた。母の学生時代の友達。幼馴染。かつてのパート先の同僚。
僕の知らない母の一面に亡くなってから触れた気分だ。
と、参列者の中に見覚えのある面影を見つけた。あのときの僕の担任の先生だった。
 どこで母の死を知ったのだろう。それに十数年前の教え子の親の葬儀に来るものだろうか。
 通夜の席で、父は普段の寡黙な父とは結びつかないほど饒舌だった。
母との馴れ初め、僕が生まれた日のこと、本当にうれしそうに話していた。
そんな父をみて初めて母がもういないんだと思い、涙があふれた。
 
 告別式も終わり、母の遺品を整理していると、薄い青の封筒が出てきた。
 捨てたはずの手紙だった。
 小学生の知恵なんて浅はかなものだ。本当に見られたくなければ破いて家の外で捨てればいいものを。
どうやら家のゴミ箱に捨てたのを母が見つけていたようだった。
 中を開け、便箋を開くと、幼い字がびっしりと並んでいた。
恥ずかしくもあったが、しかし遠い自分の本当の気持ちが記された唯一のものだった。
弛まない愛情を注いでくれた母に、僕は気持ちを満足に伝えることができていただろうか。
大切な家族にありがとうを伝えるのに、なぜこんなにも不器用なんだろう。
もう取り返しのつかないことにいまさらながらに気付き、情けない自分を恨んだ。

42 名前:No.11 春の窓辺 5/5 ◇I.sec9CNws[] 投稿日:07/07/01(日) 18:06:27 ID:PHB/wm34
 封筒をなかにはもう一枚、白の無地の便箋が入っている。
 それは十数年前に書かれた母からの返事だった。
 「お手紙ありがとう。とてもうれしかったです。」
 「あなたは自分の気持ちを伝えるのが苦手だけれど私には充分伝わっています。」
 「これから出会うたくさんの人の中であなたの魅力をわかってくれる人を大切にしてください。」

 僕はずっと大きな目に見守られていたのだった。
 母は僕のすべてを理解してくれていた。
 僕は何年ぶりだろうか、声を上げて泣いた。

 そして最後にはなにやら最近書き加えられたような痕跡があった。
「お願いがあります。これを読んでいるということは私はもういなくなった後でしょう。」
「いままで私がお世話になった人たちに宛てた手紙が押入れの奥に入っています。」
「それをあなた自身の手で届けてください。」
押入れの奥には小箱があり、その中にはおよそ五十通の手紙が入っていた。
学生時代の友人へ、幼馴染へ、恩師へ、昔のパート先の同僚へ、僕の小学校の担任だったあの先生へ。
そして、父へ、僕へ。
 何もしてあげられなかった僕への母からの宿題だった。

 僕は有休を使い切り会社に二週間の休みをもらった。  
 一番最初は僕の担任だった小学校の先生に届けよう。 

 僕は何か変われるかも知れない、そんな気がしていた。
なにより最後に僕に託してくれたのが嬉しかった。
 僕への手紙はすべて届け終わった後に読もうと思う。






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