【 Heaven's Letter 】
◆LBPyCcG946




24 名前:No.07 Heaven's Letter 1/2 ◇LBPyCcG946[] 投稿日:07/07/01(日) 12:42:13 ID:+Xl9deu1
 6歳になったばかりの娘が、手紙の書き方を教えてくれと頼んできた。
「誰に送るんだい?」
 そう聞くと恥ずかしそうに、「内緒」とだけ呟いた。私は手紙とペンを用意して渡し、「手紙の最初は『○○さん、お元気ですか? ○○は元気です』から始めるといい。あとは言いたい事をそのまま書くんだ」
 と教えた。
「ありがと!」
 その満面の笑みを見ると、自然に口元が緩んでくる。
 娘が一生懸命に手紙を書きだした。たまにちらりと覗きこもうとすると、すぐに私の視線に気づいて必死に隠す。
「どうして見せてくれないんだい?」
「内緒の手紙なの!」
 と言った割りには、時々、分からない字の書き方を聞いてくる。その度に小さなメモ用紙にその文字を書いてやり渡した。手紙の内容に関して聞こうかとも思ったが、きっと答えてはくれないだろうから、それはやめておいた。
 私は娘の背中を見ながら、1年前に起きた事を思い出していた。
 あの日、家族でドライブに行った。たまの休みで、娘とも妻とも普段会話してない分、最初は気まずい雰囲気だったが、私は内心で高揚を抑えきれずにいた。「いつも帰ってきたらすぐ寝ちゃいますからね」という妻の皮肉にも、言い返す気さえ起きなかった。
 湖のほとりにある美術館へ行き、ドライブインで昼食を食べて、水族館でイルカのショーを見た。娘にイルカのぬいぐるみを買ってやると、娘はそれをぎゅっと抱きしめて喜んでいた。
 事はその帰り道で起こった。対向車線を走るトラックの、挙動がおかしいと気づいた時には既に手遅れだった。トラックは助手席に突っ込み、すぐに衝撃は伝わり、私は意識を失った。
 それからの事はほとんど覚えていない。怪我の具合や、いつ病院を出たのかすらも。ただ突如として突きつけられた事実に戸惑っていただけだった。でも不思議と涙は出なかった。それがもどかしくもあった。
 娘の方はというと、何が起きたのかわからない様子だった。まだ小さいから、わからなくても無理は無い。
 葬式は他人事のように進行し、ひと段落ついてから急激に悲しみがこみ上げてきた。妻ともう会えない。喧嘩する事も出来ない。一緒にどこかに出かける事も。愛し合う事も。
 「おかあさんと話したい」と言う娘に対して、私は「遠くへ出かけてしまって、もう会えないんだよ」と誤魔化しを答える事しか出来なかった。情けない父親だと思う。私の思い出はいつもここで終わる。後に残るのは空虚な記憶だけだからだ。

25 名前:No.07 Heaven's Letter 2/2 ◇LBPyCcG946[] 投稿日:07/07/01(日) 12:42:31 ID:+Xl9deu1
 ふと娘を見ると、手紙を書き疲れたのか、机に突っ伏す形で寝てしまっていた。私は娘をお姫様だっこでベッドへと運んだ。
 机には娘の書いた手紙が置いてある。娘が寝ている事を確認し、こっそりと手紙を読み始めた。大きくてぐちゃぐちゃの字だったが、1つ1つ解読していった。

 おかあさんへ
  おかあさん げんきですか? まいは げんきです
  おとうさんは げんきじゃありません おかあさんが いないからです
  おかあさんと あえなくなってから 1ねんもたちました
  まいも ほんとうはさびしいです おかあさんに あいたいです

 半分くらいまで読んで、嗚咽が止まらなくなっていた。涙が頬を伝わり、手紙に水溜りが出来ていく。溢れ出て来る感情を抑留しながら、下唇を噛み締めて最後まで手紙を読んだ。
 次の日、娘が「中身は見ないで」という言葉と共に手紙を渡してきた。
 「届け先は?」
 と聞くと、少し迷ってから、
 「……おかあさん」
 と答えた。
 「ああ、神様に頼んでみよう」
 1年が経ち、娘も、死という概念を理解してもいい頃だ。いや、私が知らないだけで、もっと前から分かっていたのかもしれない。熱くなる目頭を押さえながら、私は神に祈った。「どうかこの手紙を、妻に届けてください」と。

 墓石と墓石の間に、爽やかな風が吹き抜けた。一人しかいない家は、私には広すぎる。だけれども、あの人と、娘の思い出が詰まった場所を、私は捨てたくない。空いてしまった助手席をなるべく見ないように、明日もお墓参りに来よう。
 そして、天国にいる二人に手紙を出そう。




BACK−明日へのDistance◆DppZDahiPc  |  indexへ  |  NEXT−当たり前のこと◆2tqSUgQkhM