【 俺の妹の場合 】
◆dT4VPNA4o6




86 名前:俺の妹の場合1/3 ◆dT4VPNA4o6 [] 投稿日:2007/06/24(日) 23:57:31.72 ID:0LvYIOJ00
 ドンドン! ガチャ。
「出かけるからね。晩御飯いらない、玄関開けとくから、行ってきます」
 休日の午前中に惰眠をむさぼる俺に妹はそれだけ早口で告げると立ち去った。別に急いでいるわけではない、彼女にとっては
これが普通なのだ。むしろ、俺に声をかけていったこと自体が珍しい。
 のろのろと布団から脱出しながら俺は階下で玄関が閉まる音を聞いた。
 世間、特に範囲を限定するなら、二次元においては妹なる存在は何か男にとって特別な存在のように見られることがあるが、
あんな視点は俺には存在しない。
 いや、確かに特別なのかもしれない。少なくとも世の中の女が全部あんなだったら、俺は間違いなく世の中に絶望して出家する。
 無論俺の妹のことだ。
 
 両親が長期の海外旅行に出かけて居る現在、この家には俺と妹しか居ない。これが結構苦痛である。
 決して、いがみ合ってるわけではない、それ以前の問題だ。互いに同居人という以上の感想を持ち合わせていない。先ほどの様に
用事だけをなるべく簡潔に相手に伝えて終わりである。必要以上にコミュニケーションを取ろうとしない。妹から俺に対しては、
特にそれが顕著だ。と思う。まあ、俺も不必要には話をしないが。
 
 別に、こう言う状況になる決定的な何かがあったわけではない。小学校の頃までは会話もしたし、一緒に遊ぶこともあった。
 中学になる頃から、距離は開き始めた。年子なので価値観の比較対照が近い事が、余計に影響したか。第二次成長期の
少女にとって、俺は避けるべき対象に写ったのだろう。まあ、当然だが。
 同じ環境で育ち、習い事に至るまでほぼ同じにもかかわらず、俺は、ソロバン、習字、水泳、ことごとく途中で脱落した。一方
妹は全てで収めるべき成績をきっちり収めそれぞれ終了した。
 俺が進学公立校をスベリ、辛うじて私立に入学した一年後、妹は俺の落ちた公立高校に見事入学し、俺が五流私立に入学した翌年、
彼女は国立に入学した。そして先月、留年し就職活動を続ける俺は、親から妹が一流デパート内定したと聞かされ嫌味を言われた。
 これに加えて、ネトウヨ、二次オタ、と来れば同世代の女が声をかけるはずが無い。まあ、つまりそう言うことだ。

 俺に言い分があるとすれば、小学生の頃から持ち合わせていた妹の癇癪が中学になる頃に顕著に現れ始め、ちょっとしたことげへそを曲げ
空気を絶大に悪化させた。あるいはそのままケンカになる事もしばしばだった。しかも男兄の俺が全力で相手して暴力で負けそうになるのだから、
俺が腫れ物に触るような感じになったのも一応の理由はある。
 ……誰に言い訳をしてるんだ俺は。
 遅い朝食を取りながら俺は一人で勝手に思いをめぐらし、自ら飯をまずくした。

87 名前:俺の妹の場合2/3 ◆dT4VPNA4o6 [] 投稿日:2007/06/24(日) 23:58:14.53 ID:0LvYIOJ00
深夜、十一時を回った頃、ようやく妹が帰ってきた。軽く酒が入っているようだった。遅くなるようなら連絡しろと嗜めようかと思ったが、
うざがられるだけなのでやめて置いた。
 両親が旅行に出かけてから、もともと不定期だった帰りの時間が益々酷くなった。一応家族の一員としては心配なことは心配だが、
迎えに行ってやると言っても、断られるのが落ちだ。それも迷惑そうに。
 何かあったら責任を追及されるのは俺なのだが……。

 次の日、昼過ぎに起きると妹はもう居なかった。居間の机に置手紙があり、
『今日は帰りません』
 とだけあった。何処に泊まるとか、連絡先とか一切なしである。それを告げる必要も俺には無いと言うことだろう。

 どうも妹は、俺が思っていた以上に俺を他人のように扱っていることをこの数週間で思い知った。今更とは言え、
中々悲しいものが有るのも事実だ。
 どうでも良いと思われていると言うのは、ある意味では嫌われてるよりも厄介である。まあ、波風が立たないのは
いい事だが。もしかしたらお互い独立したら一生顔を合わさないかもしれない。
 彼女はこれからもそれなりに順調に生活を続けるだろう。恋愛は、今の所俺にはそんな情報は来ないが、俺よりは成就する
可能性は高い。彼女の気性を相手の男が上手く御することが出来れば、まあまあ普通の家庭を作るだろう。
 一生、独身、女なし、低賃金がほぼ確定済みな俺は、益々彼女との接点を無くして行く。いや、まあ、別に構わないのだが、
そうすると俺はいったい彼女から何と認識されていくのだろうか。
 俺からすればあの女は、妹であってそれ以外のなんでもない。形容詞は沢山付くが。
 では、彼女からすれば、俺はいったい何なのだろう? 兄か?
 最早、そんな認識をされていないのかもしれないと思った。何者でもない、ただ一緒に暮らしている、いや同じ家に住んでいる人。
そこに形容詞は無い。代名詞も無い。変人とか、バカなとか、そういった感想すら存在しない。ただの他人A。
 ここまで自虐して気分が悪くなった俺は昼食を食わなかった。

 夜中の十時ごろ、帰らないはずの妹からメールが入った。
『十時半にJRに着くので迎えに来てください』
 とあった。
 ありえないメールに首を捻りながらも、迎えに来いと言うなら仕方が無い。支度をして俺は家を出た。
 定刻通り、妹は駅に来た。帰るぞと促すと、黙って頷いてそのまま着いて来た。
 黙っているのはいつもの事だ。だが、俺以外には快活な彼女にしては異常なほど落胆しているように見えた。迎えに来いと言うのも妙ではある。

88 名前:俺の妹の場合3/3 ◆dT4VPNA4o6 [] 投稿日:2007/06/24(日) 23:59:05.45 ID:0LvYIOJ00
「……何かあったのか?」
 たまらず話しかけた瞬間、しまった、と俺は心中で舌打ちした。こんなことを聞いても変な目で見られるだけだ。何とか
取り繕うと言葉を捜す俺に、
「男ってさ、好きな人って、結構変わったり、する?」
 意外な質問に俺は驚いた。日ごろの仏頂面をこの時ばかりは感謝する。
「さあ……つーか俺に聞くか? そんな事」
「うん、それもそうね」
「で、答えは」
 彼女は暫らく考えた後、
「愚痴になるからやめとく」
「愚痴聞くくらいしか、出来ん」
「……わかった、じゃあそうする」 
 それから家に帰るまで、壮絶な愚痴を聞かされる羽目になった。それはもう代わって貰えるなら
大統領でも殴ってみせらあってくらい。だが不思議とそれがストレスになることは無かった。

 帰宅と同時にその愚痴が終わると、会話も無くなった。妹は風呂場に直行した。
 まあ、こんなもんである。それでもある程度の自己満足を覚えた俺は居間でテレビを眺めることにした。
 十数分後風呂から上がった妹は、しばらく俺を眺めていたが、やがて踵を返して部屋に戻ろうとした。俺はその背に、
「おやすみ」
 久しぶりに妹に投げかけた挨拶だった。
 数瞬の後(俺には悠久の時間を感じたが)
「おやすみ、兄さん」
 そう言って、彼女は部屋に戻った。
 不思議な満足感を感じながら、俺も自室に戻った。

 翌朝、妹はいつものごとく居なかった。居間には置手紙。
『晩には帰ります。夕食欲しいです』
 俺は鼻を鳴らし、買い物に出かけることにした。妹は料理が出来ない。
 俺は自分でも良く分からない感情に、おそらく、変な顔をしながら精々腕を振るうことを決めた。
 俺の妹のために。            【終わり】




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