【 世話の焼ける妹 】
ID:LRBhDv+i0




108 名前:選考対象外No.01 世話の焼ける妹 1/5 ID:LRBhDv+i0[] 投稿日:07/06/25(月) 00:16:45 ID:f3hEuFl4
ザーザーと打ち付ける様な雨が降っている六月の最初の日曜日の午後。
祝日がない六月の中で貴重な休日だというのに、俺は湿った部屋の中にいた。
服が身体に張り付くような感触が気持ち悪い。
就職も決まって、後は残りの大学生活を遊び倒すだけだというのに、
エアコンもないしみったれた部屋の中にいるのは理由がある。
俺の妹が大学に行かなくなってしまったのだ。
断っておくが、学校に行かなくなったからといって、引き篭もりになったわけではない。
俺の妹はそんな暗くってばっちいものではなく、もっと伸びやかでサッパリとしている。

いや、言い直そう、伸びやかでサッパリし過ぎている。

晴れた日なんて大概の場合は、一人で散歩に行く。
それが一時間や精々二時間程度外をぶらつく位ならば、まだ理解出来るけど、
うちの妹の場合は「いいともの増刊号」が始まった時ぐらいから日が暮れるまで、
そうしているのだから、イカレテいる。

だいたいそんな長時間、散歩する理由がわからない。

それで、妹の奴が散歩から家に帰って来た時に一度だけ、
「どうしてそんなに長い間、散歩すんだ?」って聴いたことら、
あいつ言うに事欠いて、「良くわかんな〜い」って真顔で応えやがった。
だったら、家で大人しくしていろっつーの!
話が通じるならば、まだ家の中にいるだけ、引き篭もりの方がマシだと思う。
俺の妹はヒッキーというよりは、ヒッピー。既存の価値観にまったく囚われないんだ。
それが身体がエロいことに並ぶ妹の良い所でもあるのだが、今回はそれが少し災いした。


109 名前:選考対象外No.01 世話の焼ける妹 2/5 ID:LRBhDv+i0[] 投稿日:07/06/25(月) 00:17:07 ID:f3hEuFl4
大学というのは、義務教育の時やその延長の様な高校生の時とは違って自由がある。
既に卒業間近の俺がそう言うのだから間違いない。
例えば、学食が不味いから昼休みにファミレスに行って、授業に出るのがかったるくなって、
漫喫に行って徹夜したって、ただの欠席1としかカウントされない。
高校生の時みたいにいちいち仮病を使わなくたって、好きに休める。
その後のテストで良い点を取れば、そんなの簡単に帳消しに出来たりもする。
ようするに、大学って所は自分で責任を取れる範囲ならばなにしたって自由な場所なのだ。

その自由は妹にとって少しばかり早過ぎたった。
いくらどんな理由で欠席してもいいからって、一週間のうち三日も学校に
行かないのはかなり問題である。

高校生の時から、学校をサボろうとする兆候はあったが、
当時の担任の必死の説得の甲斐もあって、どうにかちゃんと学校を卒業出来た。

だが、大学にそんな熱心に生徒を指導する先生は存在しない。
いるのは淡々と授業を進めて、自分の仕事が終わった後に行くバーの
コンパニオンをどうやって口説くか考えているジジイだけだ。
誰も妹が授業に出ないことを咎めたりしない。

妹が大学に行かなくなり始めたのは、ちょうど先月のGWが終わった頃からだ。
逆算すると、そろそろ前期の出席日数が足らなくなる。
ここらで抜本的にサボり癖をやらなきゃ妹は確実に留年してしまう。


110 名前:選考対象外No.01 世話の焼ける妹 3/5 ID:LRBhDv+i0[] 投稿日:07/06/25(月) 00:17:23 ID:f3hEuFl4
振り返ってみれば、俺はなにかと妹の世話を焼いてばかりいる。

妹が中学生の頃に友達と渋谷に買い物に行って道に迷った時も、
俺がわざわざ現地まで迎えに行った。
電車代が往復で2000円はしたっけ、あの頃にはそれっぽちの金も大金だ。

極めつけは妹が幼稚園の頃におねしょをした時も、親に言うのは恥ずかろう、と思って、
俺がおねしょをした身代わりになってやったことだ。
その時、俺は確か小学校3年くらいで、親にこっ酷く叱られた。
そういえば俺はその見返りに妹となにか約束をした気がする。
今はまったく覚えていないが、覚えてないくらいだからきっと大したことではないだろう。

なんつたって俺が妹の為にした例をいちいち挙げていけばキリがない。
妹がこれまで無事に生きられたのは、間違いなく俺の努力の賜物だ。

これからもそうしてやれればいいのだが、そういうわけにもいかない。
来年から俺は会社に行って自分の生活の為に働かなければならないし、
妹だってそろそろ自立してもらわなきゃ困る。
いつまでもあいつの面倒を俺が見れるわけがないから・・・


111 名前:選考対象外No.01 世話の焼ける妹 4/5 ID:LRBhDv+i0[] 投稿日:07/06/25(月) 00:17:43 ID:f3hEuFl4
「よし、行くか」
妹を説得する為のシミューレーションがようやく終わった。
これからあいつにガツンっと言ってやるのだ。じめじめした部屋から出て妹の部屋へ向かう。
今日は雨だからあいつは部屋の中で、ゴロゴロしている筈だ。
部屋の扉を開けると、予想通りにあいつは何をするわけでもなくねっころがっていた。
「おい、おまえ、毎日学校をサボってばかりいて、どういうつもりだ!?」
なんの前触れもなく俺は妹に問い詰める。
つまらない前置きをしたって妹はどうせ意に介さないし、下手をすれば話がそれて
そのまま本題に戻せない恐れもある。
半ば強引にまくしたてるくらいで妹を説得するにはちょうどいいのだ。
「ん〜」
良く肥えた雌牛みたいな間延びした声を発しながら、
妹は声を発した俺の方に向き直る。
「このままじゃ卒業出来ないし、マトモに就活も出来ないぞ、それでもいいのか!?」
その間も俺は妹に苦言を呈する。
「別に、あたしぃは〜」
意に介した様子はない。のほほんとした表情でこっちを見ている。
「別にじゃない!」
妹の言うことを遮って更に畳み掛ける。
「俺はな、おまえが心配で言ってるんだ、俺だっていつまでもおまえの面倒を
 見てられないんだから、そろそろおまえも大人に成れ!」
魂を振り絞る様な思いで本音をぶちまけた。
すると、妹の表情が微妙に歪み始めた。どうやら、俺の説得に効果があったらしい。
「俺の言いたいことわかってくれたか?」
俺は自分の説得の効果を測定する為に優しく妹に聞いた。
「わかった、あたしぃ〜お兄ちゃんに面倒かけない嫁になる為に、頑張る〜」
妹は相変わらずの間延びした声でそう言った。
一瞬俺はこいつがなにを言っているのか理解出来なかった。

112 名前:選考対象外No.01 世話の焼ける妹 5/5 ID:LRBhDv+i0[] 投稿日:07/06/25(月) 00:18:04 ID:f3hEuFl4
「なあ、おまえなんて言った?」
だから、もう一度聞き返してみた。
「やだな〜ちゃんと聴いていてよぉ〜、あたしぃ〜お兄ちゃんに
 面倒かけない嫁になる為にぃ、頑張る〜って言ったんだよ〜」
「オマエハイッタイナニヲイッテイルノダ」
俺は頭の奥の方が痛むのを堪えつつ、なんとか言葉を紡いだ。
出た声はロボットみたいに無機質だった。
「え〜覚えてないの?あたしぃ〜とお兄ちゃんは結婚するんだって
 私が幼稚園の頃に約束したんだよ、だから、あたしぃ〜は
 お兄ちゃんに一生面倒見てもらえるっと思って今までのほほんと生きてきたんだよ」
嘘!嘘!嘘!嘘だ!!と叫びだしたいが、出来なかった。
何故ならば、俺はその約束に覚えがある。いや、思い出したのだ。
妹がおねしょをして俺が身代わりになると決めた時に
「おまえの将来は俺と結婚するんだからな」とか確かに当時の俺は言っていた。
でも、今更それは時効、ていうか兄と妹が結婚出来るわけないだろ、馬鹿!

「でも、確かにお兄ちゃんも家庭の為に働かなきゃいけないんだし、
 いつまでもあたしぃ〜の面倒見てられないよね、よし、あたしぃ〜
 もっとがっかりする〜!」
俺が混乱している間に妹は完全な思い違いをしてしまっていた。
頭の奥の方からの痛みが更に増す。
とりあえず、そこはがっかりじゃなくて、しっかりだろ、と突っ込むことから
始めないといけない。
いずれにしても大変な作業になるので頭を少し休めることにした。

そういえば、六月はジューンブライド結婚すると幸せになる月だった。
それならば、もう面倒だから結婚するのも悪くないな、と思ってしまった。



BACK−俺の妹の場合◆dT4VPNA4o6  |  indexへ