【 兄の手紙 】
◆InwGZIAUcs




73 名前:兄の手紙1/4 ◆InwGZIAUcs [] 投稿日:2007/06/24(日) 23:46:27.97 ID:meLIeKnz0
――俺は当時、京から百里ほども離れたこの小さな村に住んでいた。

 自給自足で滅多に旅人も訪れない森に囲まれた村……十里離れた隣村とかろうじて交流がある程度だ。
 そして俺は、その村に住む少年だった。名を竜介(たつすけ)という。
 母親は俺を産むと同時に死んでしまったらしい。父親はそれがショックで病になって死んだとか……。
 だが、親代わりに面倒を見てくれる夫婦がいた。彼らが俺の親代わりだった。
 その夫婦の娘、俺にしてみれば妹のような幼馴染の蛍(ほたる)ともよく遊んだ。
だから俺は顔も知らない両親の死に悲しむ事はない。我が子のように面倒を見ていてくれる蛍の親に、
申し訳ない気もしたから……。
 しかし今思えば、時折蛍の両親は俺達を見て悲しそうに申し訳なさそうに微笑む事があったし、
村長もどこか哀れみのような眼差しを向けていたと思う。俺は何も知らなさすぎたんだ。
 平和な日々は、見せかけに過ぎなかった。

 それは俺が十五才になった日のこと。
 村長の家に呼び出された俺は、少し緊張しながら正座で畳の上に座っていた。
 目の前には今年で六十を迎える村長、彼は「お前も元服を迎えた……嫁を迎える時期な」と呟いた。
 この村では幼い頃から縁組みする相手を決めている。それは血を濃くしない為の掟であった。
 血の繋がっていない俺と蛍は結ばれるのだ。
 幼い頃から共にする蛍にそれを告げる事は恥であり黙ってはいるが、彼女はとても美しい娘で、
綺麗な深い黒色の瞳と長い髪、雪のように白い肌をしている。方向音痴だったり、
どこかボウッとしている所があるが、とても献身的な子だ。俺は果報者だった。
 俺は固唾を呑み、村長に「必ずや元気な子をなし、村の発展に一層努めたいと存じます」と言った。
 村長は満足そうに頷くと祝言を挙げる手はずの話をし始めた。

 それから数日後。祝言を挙げた俺と蛍の新しい生活が始まった。
 元気な子が生まれてくるように祈りをこめ、お互い照れながらも初夜を過ごす。仕事にも一層励んだ。
 そんな蛍が身籠もったのは、それから間もなくのことだった。
 俺と蛍は大いに喜んだ。
 なんとも落ち着かない十月十日(とつきとおか)を超え、いよいよ俺たちの子が生まれる事になる。
 そしてそれが悲劇の始まりだった。

74 名前:2/4[] 投稿日:2007/06/24(日) 23:47:14.03 ID:meLIeKnz0

 夜の帳が降りた頃、最初に響いたは助産師の婆様の声だった。
「狐じゃ! 狐憑きが生まれおった!」
 俺は岩で頭を殴られたような錯覚を覚え、思わず固まってしまった。
 しかし次の瞬間には逃げ出していた。俺は、蛍を見捨てて、子供を見捨てて逃げ出していた。
 捕まれば最後、狐を産んだ夫婦は殺されてしまう掟なのだ。それが怖かった。
 村中をただただ走り続ける俺。しかし誰かの手に捕まり、裏へと連れて行かれた。
 それは蛍の父親だった。彼は言った。
「……隣の村へ逃げろ。後で蛍も追わせるから! ……これを路銀にしなさい」
 彼は俺に家宝である一本の宝刀を手渡すと、背中を押して俺を森の中へと放り出した。
 俺は叫び……泣いた。

 四苦八苦しながらも、夜明けには隣村に辿り着くことができた。
 初めて訪れた隣村は聞いていた以上に規模が大きく、意外と快く受け入れられた。
その年が豊作ということもあるだろうが、持ってきた宝刀も役に立った。
 しかし、いつまで待っても蛍はこなかった……。
 俺が逃げ出してから数日後、蛍の両親から一通の手紙が届いた。
 その中には、俺の人生をひっくり返すような事が書いてあった。
『竜介よ、蛍は西の村へ逃げた。いずれ迎えに行ってやって欲しい。そしてコレをお前が読んでいる頃には、
私と妻はこの世にはいれないだろう……それよりお前に話しておきたいことがある。この先を読みたくなければ、
読まなくても良い。真実は常に残酷なものだから……』
 俺はここで手紙を読むのを止めた。
 まず気になるのは西の村に逃げた蛍。彼女を今すぐ探し出すことは極めて不可能に近かった。
 今いる村は、俺の故郷の東側に位置し、蛍の尋ねただろう村は西に位置している。
ここからの距離にして二十里以上あるだろう……。さらに、西は更に森が乱雑としており、
村の位置が分らない。蛍も、無事に着けたかどうか……。おそらくは……。
 俺は蛍の安否の可能性を巡らせ、とりあえず手紙の先を読むことにした。
『……まず、お前も蛍も俺と妻の息子だ。お前達は、双子として産まれてきた。しかし、私たち夫婦は縁組みで
定められた二人ではなかった。掟を破って私たちは子をなしてしまったのだ。村長は罰として、私たちの子供、
つまりお前達に子供を作らせ、他の掟を破ろうとする者達への見せしめにすると言った。村では秘事だが、

75 名前:兄の手紙3/4 ◆InwGZIAUcs [] 投稿日:2007/06/24(日) 23:47:56.26 ID:meLIeKnz0
兄妹で子をなすと必ず狐憑きが産まれるらしい。私たちに残された選択肢は二つ。子供達を殺すか。子供達に子を
作らせてから、掟に従いその狐子もろとも殺すか。私たちは後者を選んだ……以上が真実だ。……ごめんなさい。
そしてさようなら愛しの我が子達』
 手紙を読んだ俺は泣いていた。
 同時に鳩尾(みぞおち)の底から湧いてくるのは怒りだった。
 どうしようもない怒り、運命を呪い、村を呪い、復讐を胸に誓った。
 それから俺は、その怒りをぶつけるように武術を習い始めた。人や、動物を殺すことを仕事にした。

 逃げたあの日、あの春の日から五度目の春が訪れた。
 その間にも蛍は訪れず、何度か西の村を目指したが見つけることは出来なかった。

 準備は整った俺はもう一度故郷の村に訪れた。復讐を果たすために……。
 俺を見つけた村人達は、束になって桑や粗悪な刀を振り回し俺を殺そうとした。
 俺はその凶刃を頑丈な鎧が弾き、時には逃れ、逆に強靱な刀を突き立てる。
 烏合の衆を全て蹴散らし、俺は村長を殺した。
 
 長々と書いたが、事情を分って頂けただろうか?
 今、この手紙読んでいるあなたがいる場所、ここがその村のなれはてだ。
 読んでいるのが偶々立ち寄った旅人なら、もし蛍らしき人物を見かけることがあれば、
東の村で竜介が待っていると伝えて欲しい。
 もし、読んだのが蛍なら東隣の村まで来て欲しい。
 あの夜逃げてしまった俺はお前に謝りたい。命を獲られても仕方ないと思っている。
 会いたい――



 深い黒色の長い髪、雪のように白い肌の美しい女性が竜介の手紙を広げていた。
 しかし今、その瞳は揺れ今にも滴がこぼれ落ちそうだ。
「たっくん……やっと、やっと会えるね……」
 その場所は彼女の家。正確には、昔住んでいた彼女の家だ。

76 名前:兄の手紙4/4 ◆InwGZIAUcs [] 投稿日:2007/06/24(日) 23:48:37.66 ID:meLIeKnz0

 そして彼女は墓で埋め尽くされた村を後にし、東を目指し歩き始めた。


 終わり



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