【 理想の妹研究会 】
◆jhPQKqb8fo




70 名前:No.20 理想の妹研究会 1/4 ◇jhPQKqb8fo[] 投稿日:07/06/24(日) 23:12:54 ID:aLGQ9ld0
 明るい照明が、白いカーペットの床を照らしている。
 壁の色調は呼応するように淡く、落ち着きを優先して作られていることをうかがわせていた。
 そこは広間だった。
 本来は中心に集まっているだろうテーブルはほとんどが壁際に寄せられ、今は一つだけが部屋の真ん中に置かれている。
その上にはピザやチキンなどの軽食が並べられ、暖かな雰囲気を漂わせていた。
 「んで、ユウ。カズはまだ来ねぇのか?」
 テーブルのそばに置かれた椅子にもたれた男が漏らす。柄の入ったシャツにチノパン、サンダルとラフな格好をしているが、
今はその腕と足は組まれ、主の不満を代弁していた。
 「さっき電話あったばっかだしもうちょいかかるんじゃねーか? てかお前も手伝えよ、ケン」
 同じくそばに置かれた椅子の上で、ユウと呼ばれた男が返す。こちらは白地のシャツにスラックスとフォーマルな服装だったが、
足元は靴下だった。もっとも、椅子の上に立っている以上当然といえるだろう。手には白の横断幕が抱えられていた。
 「俺はんなもん付けようとも思わねぇからな、手伝う気も起きん。料理だけで十分じゃねーか」
 ケンは椅子を傾け、器用に後ろ足だけでバランスを取りながらつまらなさそうに答えた。
 「相変わらず冷めてんなー。一年に一回の集会だぞ。もっと盛り上がろうぜ? わざわざ公民館の広間も借りたんだしよ……。
俺の好きな言葉第二位は『お祭り騒ぎ』だぞ? ちなみに一位は『義妹』だ」
 「そうかそうか、あいにく俺の第二位は『平穏』なんでな。一位はお前と同じだが。頭に『金髪ショート』が付けば完璧だな」
 「何! 『黒髪ロング』だろ普通! ちくしょう、お前の中の日本人はどこに行っちまったんだ、この西洋かぶれめ! 進駐軍にチョコせがんで轢かれてろ!」
 「古ぃよ馬鹿。いいからとっとと幕ぶらさげろ」
 「ったく、覚えてろよ……。よっ、と」
 ぶつぶつ呟きながらもユウは作業を続ける。と、その時、ドアが開かれ、のんびりとした声とともに男が入ってきた。
 「やー、お待たせー。待ったー? ごめんねー」
 眼鏡をかけた恰幅のいい男だ。彼もまたユウと同じような服装をしているが、さらにネクタイを付け、背広を着込み、鞄を持っている。
今から出勤しますよとでもいうような格好だった。手に何か箱をぶら下げている。ケンが答える。
 「そう思うならちっとは急げ、カズ。てかなんだ、その重装備は」
 「あはは、サキに行き先がばれると色々厄介だからねー。カモフラージュだよー」
 「サキちゃんか。しばらく会ってねーな。元気か?」
 「うん、元気元気。この前も僕の秘蔵コレクションの一部を見つけられてね、大変だったよ。『お兄ちゃん、こんなの買うな!』とか言われてねー。
いやぁ、まいったまいった。結局捨てられちゃった」
 サキちゃん、相変わらずだな。ユウは苦笑いする。
 カズはのんびりと部屋を見回していた。時折見づらそうに目を細めている。

71 名前:No.20 理想の妹研究会 2/4 ◇jhPQKqb8fo[] 投稿日:07/06/24(日) 23:13:11 ID:aLGQ9ld0
 「なんだ、また目悪くなったのか?」
 「うん、ちょっとね。キツいけど予備の眼鏡にしようかな。……わ」
 眼鏡を変えた途端、カズの焦点が合う。椅子の上で四苦八苦するユウを見て、細い目を見開く。
 「ユウも久しぶりー。何やってんの?」
 「おお、久しぶり。いや、横断幕つけようと思ってよ。ほら、ちょうど今年は節目だしな。……よし、出来た」
 ユウが椅子を下り、手を腰に当てて見上げる。「おー」というカズの小さな声。ケンも頬杖を付きながら、ちらりとそれを見た。
 白い横断幕。隅に会合の回数、逆側にメンバー三人の名前が書かれ、中心に大きくこう書かれていた。
 「理想の妹研究会」と。

 「カンパーイ!!!」
 椅子に座った三人がシャンパンの入ったグラスを突き合わせた。キン、と涼やかな音が響く。テーブルには料理に加え、
先程カズが持ってきたケーキが置かれている。上に載ったチョコにはホワイトチョコで「実妹上等」と書かれていた。
 「さて、早速だが定例報告と行くか。誰から行く?」
 ユウが言うと、カズが手を上げた。
 「じゃー僕から。人工知能の開発はまだ出来そうにないね。かなり研究はされてるんだけど、プログラミングされた言葉で返すのが精一杯って感じ。
プログラミングの容量を増やせばそれだけ会話も出来るようになるけど……僕らの望む妹像からはかけ離れてるというしかない」
 ケンがひらひらと手を振る。
 「俺んとこも似たような感じだな。人工皮膜とか人工心臓弁とかの細かい分は進んでるんだが、それで体一体作れるかってーと話は別だ。
そもそもそんなもん作った所で人工死体が出来上がるだけだしな。やっぱ心がねーと。W大人間科学部卒としてはそのへんどうよ? ユウ」
 「わかんね。研究ればするほど遠くなっていく感じだ」
 沈黙が場を包んだ。ケンがシャパンを注ぎながら言う。
 「ま、そんなすぐロボ妹ができりゃあ苦労しねぇわな。じっくり行こうぜ」
 「……そうだな」
 ユウも頷く。と、カズが暗い顔をしているのに気付いた。
 「どうした? カズ」
 「……ねえ二人とも。やっぱり無理じゃないのかな。ロボットの妹なんか」
 「なっ……!」
 思わず立ち上がるユウ。椅子が激しく吹っ飛んだ。
 「何言ってんだ! それが俺たちの夢じゃないか!」
 「夢が叶うとは限らない!」

72 名前:No.20 理想の妹研究会 3/4 ◇jhPQKqb8fo[] 投稿日:07/06/24(日) 23:13:27 ID:aLGQ9ld0
 叫び返すカズ。ユウは驚いて口をつぐんでしまった。その隙を突くようにカズは言う。
 「ユウだって気付いてるんだろ? 僕らの夢が不可能だって。研究しても研究しても出てくるのは同じ結果ばかり、一端さえもつかめない。
人工知能を作るなんて夢のまた夢、人間の脳だって完全に解明できない! もう無理なんだよ!」
 ユウは唇を噛み締めた。何も言い返せない。ユウも限界を感じていたからだ。人間の心を調べれば調べるほど、その存在の大きさに圧倒される。
その働きがわかっても、基盤がわからない。カズの言葉は俺の言葉だ。だが、違う。違うんだ、カズ……。うまく表せないその言葉だけが、ユウの脳裏に浮かぶ。
 カズは鞄を開け、中身を取り出した。ゲーム、本、フィギュア……。カズ自慢の「妹グッズ」だ。
 「ほら、ユウもケンも諦めようよ。二次元はいいよ。僕らの夢はここにあるんだよ……」
 力なく笑うカズ。ユウはとにかく何かを言おうと口を開いた……が、その口はすぐに閉じられることになった。カズも驚いたように口をパクパクさせている。
 テーブルが持ち上がっていた。いや、持ち上げられているのだ。ケンによって。あろうことか、小指一本で。
 ケンは危なげなくテーブルを下ろした。料理もなにもかもまったく動かすことなく。シャンパンには波紋すら浮かんでいなかった。
 「俺の開発した融合型人工筋肉……と言ってもまだプロトタイプで、公にもなってないんだが」
 見せたのがばれたらクビだ、と、ケンは笑った。
 「人間の電気信号に反応して、筋肉の百倍近くの力が出せる。いまでこそ筋肉の補助しかできねぇが、いずれは独立させることも可能だろう」
 そこで真顔に戻り、二人に言う。
 「くじける気持ちもわかる。実際夢物語だしな。だが、そんなもん解ってたことだろう? 研究会結成の時の誓いを忘れたか?」
 「……『我ら三人、進む道は違えども、共に同じ夢に進むことを誓う。死が我らを分かつまで』……」
 カズがゆっくりと答える。ケンは頷き、
 「忘れもしねえ、高校一年の自己紹介のときだ。お前は言ったよな? 『いつか完全な妹ロボットを作るのが夢です』。
周りの奇異の視線にも堪えることなく、堂々と。あれを聞いて俺たちは集まったんだ。こっ恥ずかしい誓いまで交わしてよ」
 ケンは拳を作り、カズの胸に軽く当てた。
 「夢は遠い。だが進んでいれば近づくことが出来るし、途中でくたばっても何かを残せるだろうさ。だろ? だから進むのを止めるな。
後ろ向きだろうが歩き続けようぜ。俺達全員で、ロボ妹を作ってやろうじゃねぇか」
 カズは涙ぐみながら何度も頷いた。ユウももらい泣きしそうになる。
 そうだ、俺達の夢はまだまだこれからなんだ。諦めるなら死ぬ直前にすればいい……。
 ケンは苦笑を隠そうともせず、シャンパンをあおった。
 「やれやれ、折角の隠し玉だったのによ……。もっといい所で言うつもりだったのに、思わぬ所でばれちまった」
 「いや、これ以上のタイミングはないと思うぞ?」
 ユウが言うと、カズも微笑んだ。
 「そうだねー、ボクもそう思うよ」
 「……ま、そうかもな」

73 名前:No.20 理想の妹研究会 4/4 ◇jhPQKqb8fo[] 投稿日:07/06/24(日) 23:13:44 ID:aLGQ9ld0
 一転して和やかな空気が流れる。と、ケンが扉の方を見た。眉がひそめられている。
 「……なんか聞こえてこねーか? 地響きのような」
 ユウも気付く。そういえば、足音のようなものが聞こえてくるような……。
 「イヤな予感」
 カズも言う。その時、大きな音を立ててドアが開かれ、体格のいい老婦人が足音荒く入ってきた。年の頃は五、六十代。上品な着物に身を包んでいる。
老婦人はカズの前に立つと、勢いよく指を突きつけた。
 「ちょっとお兄ちゃん! また訳わかんないことして! さっさと帰るわよ! ってか仕事行きなさい!」
 カズは目を白黒させながら、額をハンカチで拭く。白髪交じりの髪が揺れた。
 「わわわ、サキ、どうしてここがー?」
 「部屋にメモが残ってたのよ! まったく、またロボットの妹とか何とか言ってるの? 白内障まで患ってるくせに、歳をわきまえろ歳を!」
 「あはは、サキも歳の割には話し方が若々しへぶぅ」
 老婦人の鉄拳がカズの顔面にめり込んだ。
 「とにかく行くわよ!」
 老婦人はカズの手を引っぱって出口に向かう。
 サキちゃん、相変わらずだな……。ユウはおとなしく見送ることにした。ケンも静観の構えである。もう何十年も繰り返されてきた光景だからだ。
カズは出て行く前に、こちらに親指を立てて見せた。ユウとケンも返す。
 「やれやれ、カズも行っちまったし、俺も帰るかね。そろそろ会社に戻らねーと、株主どもにつるし上げられちまう」
 しわの刻まれた顔を笑いの形にして、ケンが言った。
 「社長も大変だな」
 「ああ、昔は社長になっても首が飛ぶことがあるなんて思わなかったぜ。固執する気はねーけど、現場の一番近くで開発に携われるのは確かだしな。また来年会おうぜ」
 ユウの肩を一度叩くと、ケンも出て行った。
 「……てか、この料理どーすんだ」
 一人だけになったユウは部屋を見回し、苦笑した。白い髭におおわれたあごを一撫でする。
 ま、今日はいい話もできたしいいとするか。
 ケンの話と成果を思い出し、笑みを浮かべる。思えば今までもカズや俺がくじけかけた時はケンが戻してくれた。そうやって長い間自分達はやってきたのだ。
今更何を恐れることもあるまい。俺だって伊達に半生を心の研究に費やしてきたわけではない。いつか必ず出来るだろう。俺達の人生をかけた夢、ロボ妹が。
 「さて、片付けないとな」
 ユウはふと天井を見上げた。横断幕がある。年に一回の集会の節目を示すものとして、彼が用意したものだ。そこにはこう書かれていた。

                     「第五十回 理想の妹研究会 カズ ユウ ケン」            <了> 



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