【 かけがえのないもの 】
◆HIwambGeWE




66 名前:No.19 かけがえのないもの 1/4 ◇HIwambGeWE[] 投稿日:07/06/24(日) 22:59:13 ID:aLGQ9ld0
 ずっと、大切に思ってきたのだと、思わされていた。
 気づかなければ、思い出さなければよかった。

 ヒューマノイドロボット、つまり人間の姿形を模して作られたロボットは一般の大衆にも手の届く存在となり、
また、彼らは人間と全く区別がつかない程精巧になった。外面的にも、内面的にも。既にその存在は人間社会に完全に溶け込んでいる。
 俺が彼女と共に買ったのは、兄妹という関係と、たくさんの思い出。
 あまり知られてはいないが、記憶を依頼者の思うように操作するというビジネスがある。同時に、ヒューマノイドロボットにも
自分にとって都合のいい記憶を埋め込むことが出来る。
 俺はそうやって今の自分と彼女の関係を、つまりは兄妹という関係を作り上げたのだ。
 思い出したきっかけは何だったか、あまり覚えてはいないが、些細なことだったように思う。俺と彼女の記憶は断片的なもの
ばかりだったし、ところどころ違和感を覚えることが多かった。それに、そのような手術を受けた記憶は確かに残っている。
 だから、思い出の中で笑う妹の姿も、泣き顔も、怒った顔も全部作られた紛い物で。彼女と俺の思い出は全部偽物で。その中で
少しずつ少しずつ時間をかけて積み重ねてきた二人の距離も関係も、全てただのまやかしだ。
 ……でも、じゃあ、今の俺のこの想いも。妹への気持ちも、全てそうなのだろうか。俺は確かに彼女を愛しているのに、
思い出が崩れたら、“今の”俺の気持ちは、彼女への愛の根拠にはなり得ないのだろうか。
 まだ、少しよく分からない。俺は、気持ちの整理がつけられずにいた。

67 名前:No.19 かけがえのないもの 2/4 ◇HIwambGeWE[] 投稿日:07/06/24(日) 22:59:28 ID:aLGQ9ld0
「あっ、お兄ちゃん。おはよう」
「あ、ああ。……おはよう、サヤカ」
 朝、階下に降りるといつものようにサヤカが朝食を作っていた。そんな見慣れたはずの光景も、最近は何となく苦しく感じる。
「……? どーしたの、お兄ちゃん? 何だか元気ないよ?」
「いや、別に何でもな――うぅわっ!」
 気付くと目の前にサヤカの顔があった。額と額を合わせて、……唇と唇が触れ合いそうなほど近くに。
「んー、熱はないみたい……って、なんで赤くなってるの?」
「えっ、あ、いや、これはその」
 サヤカは少し首を傾げてこちらを覗き込んでくる。悔しいがサヤカは可愛い。妹とはいえあんな風に不意をつかれたら――
「変なお兄ちゃん。こんなの昔からよくやってるじゃない」
「――っ」
 そうだ。こんなことは昔からよくやっている。同じような場面は、記憶の中にいくつも見つけられる。でも、俺はサヤカに
言葉を返すことが出来なかった。だってそれは、その思い出は……。
「あっ、お前、目玉焼き焦げてるんじゃないか?」
「へっ? ……あーっ、そうだったぁっ!」
 話題の切り替えは上手くいったようで、サヤカはすっかり意識を目玉焼きのほうへと移して、そのまま朝食の準備を続けた。
ちなみに真っ黒に焦げた目玉焼きは、さりげなく、かつ大胆に俺の皿の上へと盛り付けられることになった。
 ……そんなちゃっかりしたところや間の抜けたところを“相変わらずだ”と思うのも、全部作られた思い出に添っているのかと
考えて、また少し胸が苦しくなった。

68 名前:No.19 かけがえのないもの 3/4 ◇HIwambGeWE[] 投稿日:07/06/24(日) 22:59:46 ID:aLGQ9ld0
 どうして妹だったんだろう。最近は、そんなことをよく考える。サヤカとの思い出を植え込む際に、都合の悪い記憶は
消してしまったのだろう。サヤカを買おうと考えるに至った経緯も思い出すことはできなかった。
 異性のヒューマノイドロボットを自身のパートナーとして購入する例はそう珍しくない。その際に、何らかの特徴や性格、関係を
付加させることもままあるらしい。それは個人の嗜好によって、例えば召使いだったり、教師だったり生徒だったり、上官なんていうのも
あるようだ。
 その中で、俺はなぜ記憶を弄ってまで“妹”という関係を選んだのだろう。“妹”に何を求めたんだろうか。
 ……恐らく。俺は、新しく関係を一から築き上げるのが怖かったんじゃないかと思う。愛される自信がなかったのだ。自分が、
誰かから好意を向けられるに足る存在だと信じることが出来なかった。だから、自分が相手にとって唯一の存在であるという確証が
欲しかったのではないか。その為のツールとして、兄妹という関係を選んだ。
 召使いにしても何にしても、本質的な部分では同じなのではないだろうか。その場合は「立場」によって、俺の場合は「思い出」に
よって、サヤカを縛り付けた。サヤカにとっての自分を、“兄”という唯一の、特別の存在にしたのだ。それを、サヤカの相手が
自分でなければならない理由として用いた。
 積み重ねてきた思い出という名の呪縛で、兄への憧憬という形で、俺への想いを押し付けた。
 その上で、召使いや幼馴染、あるいは「幼い頃に結婚の約束をした」などでなく妹を選んだのは、恐らくは自分より立場の弱いもの、
守るべきもの、というのに魅力を感じたからなのだろう。
 ……では、そうして植え付けたサヤカの気持ちは、本物だといえるのだろうか。
 俺はサヤカを愛している。サヤカが俺のことを慕ってくれているのも確かだ。でも、その気持ちは作られたもの。ロボットに
心があるか、というのは一昔前に流行った議論だが、今ではロボットにも心はあるという考えが一般的になっている。
 サヤカの心は、どうなっているのだろう。無理やりに思い出を植え付けられ、俺への想いを強制されたサヤカの心は。
 いつもと変わらない、“昔”から変わらない笑顔を向けられるたびにそんな思考がよぎって、俺は最近、素直に笑えない。
 でも、それでも俺はサヤカの“お兄ちゃん”だから、サヤカを想うその気持ちは本物だと信じたいから、明日はちゃんと
笑えるようにしよう。思い出みたいにはいかなくても、いつかは本物の兄妹になれるかもしれないから。

69 名前:No.19 かけがえのないもの 4/4 ◇HIwambGeWE[] 投稿日:07/06/24(日) 23:00:02 ID:aLGQ9ld0
 最近、お兄ちゃんの様子がおかしい。なんとなく笑顔がぎこちないように思う。何か悩みでもあるのだろうか。
 大切な私のお兄ちゃん。私の、たった一人の、唯一人の大切な人。
 いつも笑顔で優しくて、私の自慢のお兄ちゃん。かけがえのない人。
 お兄ちゃんがいないと生きていけない。お兄ちゃんさえいれば何も要らない。
 ――そんな私をおいて、事故で死んだお兄ちゃん。
 あ、もしかしたら自分がアンドロイドなのだと気付いてしまったのかもしれない。
 このままどうしても違和感が続くようだったら、データを初期化するか一度廃棄するかしたほうがいいかもしれない。
 記憶のデータさえあれば同じものが作れるって言っていたし。
 多少お金はかかるけど、仕方ないよね。
 だって。誰にもお兄ちゃんの代わりなんて、出来ないんだから。





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