【 クマタロー兄さん 】
◆/SAbxfpahw




49 名前:No.14 クマタロー兄さん 1/4 ◇/SAbxfpahw[] 投稿日:07/06/24(日) 17:59:58 ID:aLGQ9ld0
 家の玄関のドアがこんなにも軽かったなんて。はい、絶好調。
「クマタローただいま!!」
「おかえり」
私だけに聞こえる返事。
ハイヒールも綺麗に脱げた。はい、絶好調。
今日ほどすばらしい日ってあったかな? いや、ないね。今日は最高の日だよ、ね? クマタロー
そのまま私は、ベットに鎮座している自分の倍はあろうかと思える熊のぬいぐるみに抱きついた。
「ん゙ん゙ん゙」
クマタローの腹に顔をうずめながら、声にならない声をあげる私。
えっ、なぜそんなにテンションが高いかって? 全くクマタローは聞きたがり屋さんなんだから。
いいわ、教えてしんぜようクマ伯爵よ。
なんと、今日は初めてボーナスを貰ったのだぁ。ん、ねえ、ちゃんときいてる? クマタロー。
「うん」
クマタローの頭を後ろから手で押し無理矢理頷かせる。
うむ、それでよろしい。では、ボーナスも出たことだし何か買ってあげよう。なんでも言ってみたまえクマ伯爵
「では、彼氏をお一つ」
ううん……それはお金では買えないかな。ていうか、いけない、これは私の願望だった。
「ハハハハ……」

 その時携帯電話が鳴った。携帯をバックから出し、画面を見ると大きく兄さんの文字。はい、テンション急降下。雷、大雨警報発令。
兄さんが私を呼ぶ時はいつも決まっている、お金が底をついた時だ。ちぇ、初めてのボーナスだっていうのにな。
女からお金をせびろうなんて人間のゴミだよねえ。ねっ、クマタロー。
ああ、出たくないなあ。居留守しちゃおうかな。
「出たほうがいいよ」
うん……クマタローが言うなら仕方がないな、出るか。

50 名前:No.14 クマタロー兄さん 2/4 ◇/SAbxfpahw[] 投稿日:07/06/24(日) 18:00:13 ID:aLGQ9ld0
『もしもし、兄さんどうしたのこんな時間に』
『おう悪いな』
『別にいいけど…』
『今からちょっと会えないか』
『えっ、今日? 今から? まだ帰ってきたばっかりで服も着替えてないのに、電話じゃダメなの?』
『直接会って話がしたい』
『……分かった』
『場所は――』

 私は軽く化粧を直すと彼に指定されたファミレスへと向かう。今回こそガツンと一発言ってやる。
私の決意は固く、聞きなれたヒールの音がいつもより大きく聞こえた。
「元気そうでなりよりだ」
「なに呑気なこと言ってんのよ。またスロで負けたの?」
「いやね、今回は違うのよ。女にちょいとばかしね」
「妹からお金を巻き上げて恥ずかしくないの」
「お前は黙って“これ”だけくれてりゃいいんだよ」
親指と人指し指で円を作りながら、したり顔で言いやがって、ホント言動一つ一つがムカつく。
「だからさ、兄貴が困ってんだよ。黙って金貸せよ」
突如声を荒げる兄さん、やっぱり男だけあって凄まれると恐い。
でも今日こそ言わなきゃ、ここでおめおめと引き下がるわけにはいかない。この永久機関から抜けださなくちゃ。
私は肺いっぱいに息を吸い込みおもいっきり声をだした。
「今日こそは言わしてもらうけど」
「あっ? 急になんだよ」
突然の大声に彼はたじろいだようだった。
「私、兄さんの貯金通帳じゃないから」
「だから、なに」
「もう兄さんにあげるお金なんてないわ。それじゃさよなら。後、一生電話して来ないで」
「ちょ待てよ、おい!」
彼も私がここまで反発するとは予想してなかったのだろう。立ち尽くしたまま後を追ってくることはなかった。

51 名前:No.14 クマタロー兄さん 3/4 ◇/SAbxfpahw[] 投稿日:07/06/24(日) 18:00:29 ID:aLGQ9ld0
 こんなに玄関のドアが重かったなんて。
まるで押して開くタイプの扉かと思って押してたら、実は横に開くタイプでしたっていうくらい開かない。
ふう、やっと開いた。あれ、このハイヒール吸盤ついてたっけ? なんか脱ぐだけでひと苦労だわ。
部屋の中に入るとクマタローと目が合った。
そういえばクマタローって、高校入学祝いに兄さんが買ってくれたんだっけ。
最初あまりの大きさにビックリ。ぬいぐるみが玄関で詰まってパニクってる兄さんを見て爆笑したのもいい思い出。
困った挙げ句、付属の説明書を見たらバラバラになるのが分かって、それでやっと家に入れるのに成功したんだよね。懐かしいなあ。
あの時は本当に嬉しかった。
バカみたいに毎日クマタローと添い寝した。
就職の為引っ越す時にコイツも連れていくと言ったら、
母さんに「いい年してみっともない」と言われたけど無視して持ってきた。
それくらい彼から貰ったクマタローが好き。
でもそんな優しかった兄さんは、いつからあんな風になってしまったのだろう。
私の好きだった兄さんはどこに行ってしまったの。
何故だろう、止めどなく目から涙が溢れだしてきた。なんで……どうして……

52 名前:No.14 クマタロー兄さん 4/4 ◇/SAbxfpahw[] 投稿日:07/06/24(日) 18:00:46 ID:aLGQ9ld0
「お願いだから泣くのをやめて。君の泣くところなんて見たくないよ」
クマタロー……やさしいね。
「僕が君の兄さんだったら良かったのに」
その通りだね、クマタローが変わりに私の兄さんになればいいのに。
ううん、もうクマタローが新しい兄さんなの。じゃ、もう古い兄さん、いやクマタローには帰ってもらおうかな。
私の頭の中に。


『クマタローもう戻りなさい』
『クマタロー? あ、あとさっきはゴメンな。まさかお前から電話してくるとは夢にも思わなかったよ』
『そんな事はもういいから、早く帰って来なさい』
『……お前の言っている意味がよく分からんが、とにかくタクシー拾ってすぐ行く。金ちゃんと用意しといてくれよ』

 私は帰ってきたクマタローを袋に入れやすいようにバラバラにし、押し入れにしまった。
しかし、女一人じゃしんどかったな。兄さんもずっと見てないで手伝ってくれれば良かったのに。
「ハハハハハ」
兄さんは何故だか笑っていた。多分、昔玄関に詰まった時の事を思い出したのかな。気が付くと私もつられて笑っていた。
それからというもの、兄さんは毎日家に居て私の帰りを待ってくれている。もちろん、相談にものってくれるすごくいい兄になった。

 今日も玄関のドアが軽いなあ。やっぱり兄さんが家に居てくれてるからかな。はい、超絶好調。
「兄さんただいま!!」
「おかえり」
私にだけ聞こえる返事が響いた。

―――完




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