【 時限解呪 】
◆D8MoDpzBRE




41 名前:No.12 【時限解呪】 1/4 ◇D8MoDpzBRE[] 投稿日:07/06/24(日) 15:19:11 ID:aLGQ9ld0
 月明かりだけを頼りに、屋根伝いに走った。
 石畳の通りを眼下に見下ろしながら、暗闇の中を跳躍した。要所要所で、靴の裏に俺の持ちうる魔力を根こ
そぎ動員する必要があった。
 飛跳術はどちらかと言えば初歩的な魔法の一つだが、俺の場合、大通りの向かい側にある家の屋根に飛び
移るのがやっとという有様だった。さらに厳密に言えば、飛んでいるのとも違う。地面を蹴る瞬間だけ、足の裏
に魔力を集中して跳躍距離を稼いでいるだけだ。魔力の使い方としては、最も初歩である。
 妹と違って、俺は魔法は昔から苦手だった。だが俺が喧嘩を売りに行く相手は、この界隈で随一の魔道士と
来ている。
――Time 0:30:00 left. (残り−三十分)
 左手に持った緋色のテディベアから、青白い文字がポップアップした。微かな光が闇夜に浮かび、背景のレン
ガ造りの民家をうっすらと照明する。
 時限封呪。あの糞野郎が得意な魔術の一パターンだ。提示された時間が経過したとき、その呪いは完成する。
その後は、術者を殺そうがいかなる解呪の法を試みようが、決してその呪いが解けることはない。
 畜生! 俺は心の中で激しく毒づきながら、とにかく先を急いだ。大聖堂の屋根に張られたステンドグラスを勢
いで蹴破り、原色のガラス片が月明かりに照らされて仄かに輝いた。
「大聖堂の天窓をぶち破るなんて、罰当たりだよ。ジュスト兄様」
 緋色のテディベアが言葉を発した。口元は笑っているように見えたが、元々そういうデザインのためである。
「うるさい、黙ってろ。それとも一生その格好のまま過ごすか? リゼットちゃんよ」
「やだ。黙ってる」
 クマの形をした人形が発語を停止した。こうすると、見た目はただの人形だ。
 やがて郊外に近づくにつれて建物もまばらになり、街角のランプもまばらになっていく。これ以上屋根伝いに
走っても距離を稼ぐことにはならないため、俺は着地して陸路を選んだ。
――Time 0:20:00 left. (残り−二十分)
 忌々しいカウントダウンの灯りが闇を染めた。これを見ると、否が応でも気が焦る。
 やるしかない。自分にそう言い聞かせながら、夜道を駆け抜けた。

 魔道士フェンリルは、指折りのろくでなしとして知られている。十代の少女ばかりを狙って誘拐し、近親者に身
代金を要求することもあれば、単に慰み者にした挙げ句放逐することもあった。れっきとした賞金首だが、変身
の魔法を自在に操る奴の素顔を知るものはおらず、奴の捕獲には誰もが手を焼いていた。
 あの日、妹のリゼットがフェンリルに連れ去られなかったのは、全く幸運としか言いようがない。忘れもしない、

42 名前:No.12 【時限解呪】 2/4 ◇D8MoDpzBRE[] 投稿日:07/06/24(日) 15:19:27 ID:aLGQ9ld0
一週間前のことである。
 夜、たまたま自宅の庭先で夕涼みをしていたときだった。塀の向こう側から、リゼットの悲鳴が聞こえたのだ。
 慌てて門を飛び出すと、石畳の歩道の上には、抜け殻のように中身を失ったリゼットの着衣と、緋色のテディ
ベアが転がっていた。テディベアは、亡き両親がリゼットにプレゼントした忘れ形見である。
 次いで目に入ったのは、小柄な男がその人形に手を伸ばしているところだった。
 瞬時に異変を察知した。俺はすぐさまその男に殴りかかったが、その男は人形を諦めて、顔を手で覆いなが
ら逃げ出した。逃がすものか。何とか追いついて捕まえてやろうと奴の肩に手を伸ばした瞬間、魔力の壁のよ
うなものに押し返された。結界を張られたのだ。そして、そのまま奴は逃げ去った。
「フェンリルよ、外道魔道士フェンリル」
 テディベアが喋った。リゼットの声で。そして次の瞬間、テディベアの頭頂部付近から、青白い数字のような光
がポップアップした。
――Time 7days left. (残り−七日)
 これが噂に聞く、魔道士フェンリルの時限封呪か。恐らく、リゼットの心身はこの小さな人形の中に封じ込めら
れたのだろう。与えられた時間内に術者自らが呪いを解くか、術者を死に至らしめるしか解呪の方法はない。
 奴の顔は覚えた。慌てて手で顔を隠そうとしていたことからも、あれが奴の素顔なのだろう。油断して、つい変
身することを忘れたのか。必ず見つけ出して、ぶっ殺してやる。
 奴の似顔絵と、莫大な金を情報筋に手渡して待つこと七日。ようやく奴の居所に関する手掛かりが得られた。
真偽の程は分からなかったが、とにかくそれに賭けるしかない。残り一時間を切っていた。

 郊外の寂れた洋館に足を踏み入れた。どこかに地下室があるはずだ、という情報までは手に入れていた。地
上からは魔力的な反応がしないらしい。
――Time 0:10:00 left. (残り−十分)
 時間がない。なさ過ぎて焦る。
 暗闇の中、地下室へ通じる階段を探していたのでは到底間に合わないだろう。隠し扉のようになっていたらど
うするというのだ。俺は、右の拳にありったけの魔力を込めた。
「いたたたたっ」
 リゼットの声がする。いつの間にか左手にも力が入っていたようで、きつく握りしめられたテディベアが悲鳴を
上げていた。
「ごめんな、ちょっと我慢してろ」
 渾身の力で右手を地面に振り下ろす。床が鈍くきしみ、ひび割れた。感触あり。

43 名前:No.12 【時限解呪】 3/4 ◇D8MoDpzBRE[] 投稿日:07/06/24(日) 15:19:43 ID:aLGQ9ld0
 俺の右腕は床を貫いて、右手は地下室とおぼしき空間に辿り着いていた。
「ようし、もう一丁」
「いたっ、痛いよ、お兄様」
 ごめん、と心の中で呟きながら、今度は目一杯の力を込めて床をめくり上げた。たちまち地盤の一部が崩れ
て瓦礫と粉塵をまき散らしながら、地下室への入り口が開いた。
 たどり着いた場所は、地下牢だった。何人もの少女たちが、半裸にされて鉄格子の向こう側にいる。
「お兄様、可哀想だから彼女たちを見ては駄目よ。先を急ぎましょ」
「分かってる……後で必ず助けに来るからな」
 俺は、駆け足で地下牢から奥の部屋へと続く扉を蹴破った。
――Time 0:05:00 left. (残り−五分)
 一番豪勢な造りをした木製の扉を粉砕した先に、フェンリルはいた。広い洋間だった。ロココ調に統一された
室内を、大量に焚かれたランプが明るく照らし出している。
 完全に油断していたのだろう。奴は裸で、寝具の中に数人の女たちをはべらせていた。
 悲鳴と共に、女たちが部屋の外へと散っていく。
「お兄様……可哀想だから見ては駄目」
 分かってるとだけ肯いて、俺は刀を抜き、問答無用でフェンリルに襲いかかった。
「くそぉっ! エターナルフォー……ぶはっ!」
 奴が呪文を詠唱するのを待たず、刀を振り下ろす。中途半端に伸びた奴の髪の毛数本が宙を舞った。奴も
必死で逃げまどう。
 魔法を詠唱するために必要な時間さえ与えなければ、いかに強力な魔道士と言えど無力だ。俺は、接近格
闘戦で奴にとどめを刺すことにした。
――Time 0:03:00 left. (残り−三分)
 もう一太刀、振り下ろそうと構える。これが止めだ。
「今、『勝った』と思っただろ」
 フェンリルが不敵な表情を浮かべて言い放った。次の瞬間、目の前に猛スピードの光弾が迫っていた。
 身をよじってかわした。背後で轟音と共に、部屋の壁に風穴が開いた。粉塵が舞い踊る。
「馬鹿な、呪文を詠唱せずにこれだけの魔法が使えるなど……」
 絶望感に襲われる。こんな奴に、勝てるわけがない。
「お兄様、これは魔弾よ。純粋な魔力を固めて放出しているだけだから、呪文を唱える必要がないの。お兄様
が身体の一部に魔力を集めているのと、原理は一緒。ただ、扱っている魔力の絶対量が遙かに違うだけ」

44 名前:No.12 【時限解呪】 4/4 ◇D8MoDpzBRE[] 投稿日:07/06/24(日) 15:19:59 ID:aLGQ9ld0
「そういうことだ。死ね」
 フェンリルが、第二、第三の魔弾を繰り出した。一つは眉間の先をかすめ、もう一つは左脇腹の肉をえぐった。
――Time 0:01:00 left. (残り−一分)
 万事休す。
「フェンリル、取引に応じてくれ」
「馬鹿めが。残された選択枝は、ここで死ぬことだけだ! アヒャヒャ」
 出血が止まらない脇腹を抑えながら、俺はただ乱射される魔弾をかいくぐった。いずれ俺は殺され、リゼット
は永久に元の姿に戻らない。最悪のシナリオが浮かんだ。くそったれめ。
「諦めないで」
 左脇腹の血で汚れたテディベアが、叫んだ。
 同時に、全身が不思議な感触に包まれた。俺の身体の中に、魔力が湧いてきている。
「血の繋がった者同士は、血を通じて魔力を互いに与え合うことが出来るって聞いたことがあるわ。流血を通じ
て、私の魔力をお兄様に送り込むことができるみたい」
――Time 0:00:10 left. Count down mode start. (残り−十秒。カウントダウン開始)
「これで最後だ、馬鹿兄妹め」
 9,8,7……
「刀に全ての魔力を込めて! お兄様」
 6,5,4……
 一際どでかい魔弾が、俺の正面に打ち込まれた。みなぎる魔力で輝く刀を、全身全霊をかけて振り下ろした。
 3,2,1……
 …………
 轟音の後に訪れた静寂。洋間は完全に破壊され、瓦礫の山となっていた。
 血に汚れたテディベアは、言葉を発しない――
「お兄様」
 背後から声がした。振り向こうとして頭を抑えられた。久し振りに見る、白くて細い指先があった。
「まだいいよ、って言ってない……どうやら呪いが解けても、お洋服までは返してくれないのね」
「どういうことだ?」
 なおも訝る俺に、リゼットは小声で呟いた。それは嬉しそうでも、恥ずかしそうでもあった。
「可哀想だから、見ちゃ駄目なのよ」
                                                 [fin]




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