【 妹志向 】
◆BLOSSdBcO.




18 名前:No.05 妹志向 1/4 ◇BLOSSdBcO.[] 投稿日:07/06/23(土) 14:35:42 ID:nTui5tB3
 諸君、俺は妹が好きだ。大好きだ。
 妹の為なら死ねる。
 妹の頼みならば全世界を敵に回しても怖くない。
 「マナカナのどっちが好き?」と聞かれたら「妹の方」と即答出来る。
 小野妹子という名前に萌えて、実は男だと分かっても「アリかな」と呟く。
 それくらい俺は妹を愛している。
 ――ただ、運命という神様の設計図は悪意に満ちていて、これほど妹を溺愛する俺には妹がいない。
 現実は残酷で、いるのは『妹』と半文字違いの『姉』だけだ。可愛げの欠片も無い凶暴なのが。
 何故だ? 答えろ神様。返答次第では、誰かの妹を奪い取るのもやぶさかではないぞ!
「五月蝿いよ馬鹿」
 後頭部、正確に言うのなら頚椎の付け根あたりの人体急所を強烈な衝撃が襲い、天に拳をかざして叫んでいた
俺は、危うく本当に神様とご対面するところだった。
「アンタが変態なのはどうでも良いけど、私まで近所の人に生暖かい目で見られるのは御免だよ」
 一瞬ホワイトアウトした頭を床に付けて股の間から後ろを見ると、薄いキャミソールに黒いパンティーという
セクスィーな格好で、ムチムチとした柔らかそうな生足を掲げた姉がいた。
 まったく、恥じらいというものが俺の知性ほども無いガサツな女だ。
 ……ちなみに知性に例えたのは謙遜だぞ。
「姉よ。俺は妹が欲しい」
 可愛い弟に手を、否、足をあげた事は近所の公園の池よりも広い心で許してやり、相談を持ちかけた。
「父と母に子作りに励むよう頼め」
 もっともだ。だが、両親は共に五十近い。今から子供を作るのは無理があるだろう。
「義理の妹を手に入れる手段は無いか?」
「父か母に離婚して他の人と再婚するよう頼め」
 なるほど。しかし、両親は共に五十近い。子連れの再婚相手を探すのは難しいだろう。
「いっそ妹型ロボットでも良い」
「恋人を作って妹を演じてもらう、という手段は考えられないのか?」
「実現不可能な事を考えて紛れるほど、ぬるい欲望ではないのだ!」
「……妹型ロボットは実現可能だと」
 呆れたような、むしろ蔑んだような溜息を付いた姉は、胸元から煙草とライターを取り出し火を点けた。
デーカップだとか自慢してた胸の谷間に収納していたのだろう。

19 名前:No.05 妹志向 2/4 ◇BLOSSdBcO.[] 投稿日:07/06/23(土) 14:36:00 ID:nTui5tB3
 肩にかかる程度の短い髪をかきあげながら、唇を窄めて煙を吐き出す気だるげな表情。いわゆる『大人の色気』
というものに溢れた仕草ではあるが、俺の愚息は反応しない。だって妹じゃないんだもん。
「ああ、いもうと……妹が欲しいよぅ……」
 ずっと維持していた姿勢が首の筋肉の限界と共に崩れ、自然と俺の姿勢は土下座に似た情けないものとなる。
今の心情を表すのに適切すぎて涙が出る。
「――なぁ、弟」
「なんだい、妹モドキ」
 尾てい骨を蹴られた。地味に痛い。体がフルフルする。
 フルフルフルフル……
「私にアンタと同い年の妹が出来たら、それはアンタの妹になるのかね?」
 ……ピタリ。
 姉の言葉に震えが止まった。そして再び、今度は痛みではなく激情が体を震わせる。
 同い年の、妹?
「姉、いや、お姉さま。双子でも姉妹があるのだから、同い年の兄妹がいても何らおかしくはありますあぃ!」
「噛むな。詰め寄るな。顔が近い。落ち着け」
 掴みかからんばかりの勢いで姉に抱きつこうとするも、強引にアイアンクローで引き剥がされた。
 まさかこの姉が、俺の為に妹を調達してくれるとは! 今までさんざんガサツだ乱暴だと馬鹿にしてゴメンよ。
「お姉さんを紹介してくれ」と言ってきた友人に、「姉は加齢臭のする男にしか濡れないから諦めろ」なんて
言いふらしてゴメンよ。
「して、どうやって妹を作るのだ。もしかして百合でタチでネコな妹か?」
「アンタは私をそんな風に見てたのか! 私が結婚する、とか考えられないのか」
 だって、こんな煙草の灰を空き缶に落とす姿が様になっている女を嫁にしたがる男はいないだろ。まして妹が
いるなら、他の女に興味なんて湧かないだろうし。
「結婚出来るのか?」
「ムカつく聞き方ね。『出来ない』んじゃなくて『しない』のよ、私は」
 ステレオタイプな言い訳をしたくなるほど切実な問題らしい。姉は忌々しげに煙草を揉み消した。

20 名前:No.05 妹志向 3/4 ◇BLOSSdBcO.[] 投稿日:07/06/23(土) 14:36:14 ID:nTui5tB3
 しかし、だとしたらどうやって妹を作るのだ。
「なぁに、簡単よ。ちょっと耳を貸しなさい」
「ちゃんと洗って返せよ」
 脊髄反射で軽口を叩くも、俺は大人しく姉の口元に耳を近づけた。ってか、この部屋に二人しかいないのに
何で内緒話をする必要がある。
 そう思った直後、暖かく湿った空気が耳の中を艶かしく撫で回した。背中から脇にかけてムズ痒い痺れが駆け
抜けるが、ここで嬌声を漏らそうものなら『妹絶対主義』の名を汚す。両手で口を押さえて我慢、我慢。
「つまり、アンタが――――」
 我慢はすぐに必要無くなった。何故ならば、姉の語る言葉を聞くうちに、全身が感動で痺れてしまったから。
「――――って事よ。分かった?」
「分かった。姉よ、貴女は天才だ。俺はこの恩を一生忘れないだろう」
 姉の手を握り締め、真剣な目でそう告げる。俺は本当に嬉しかった。まさか、こんな方法があったとは。
「では、善は急げという格言に倣って早速行ってくる。姉よ、ありがとう」
「えっ? アンタ、本気?」
 財布やら何やらを鞄に詰め込み始めた俺に、姉は何故か慌てた様子。
「本気だ。次に会うのは、しばらく先になるだろう。でわっ!」
「ちょ、ちょっと!」
 まだ何か叫んでいる姉を尻目に、俺は住み慣れた我が家を飛び出した。向かう先は、もちろん妹の待つ楽園、
天国、理想郷。
 ああ、俺は素晴らしい姉を持った。妹にはアルタイルからベガくらい遠く及ばないが。
 俺は高らかな笑い声をあげつつ、街を疾走する。もはや近所の目など気にもならない。
 もう少し、あと少しで妹と出会えるのだ! 夢にまで、たまに起きていても幻に見た妹と!

21 名前:No.05 妹志向 4/4 ◇BLOSSdBcO.[] 投稿日:07/06/23(土) 14:36:32 ID:nTui5tB3


 私は、弟という生き物を甘く見ていたらしい。
 私の冗談交じりの提案から三ヶ月、ずっと音沙汰の無かった弟が帰ってきた。
「どうだ姉よ。素晴らしい妹だろう?」
 そう嬉しそうな顔で自慢げに語る弟と裏腹に、私は取り返しのつかない後悔に涙した。
「おぅっ! 何も泣く事はあるまい。嬉し泣きは俺だけで十分だぞ」
 そう可愛らしい顔で、はにかんだような照れ笑いで、シリコンの胸を揺らして言う弟に、私の涙は溢れ続ける。
 ――私の弟は、私の冗談で、私の妹になってしまった。
「やはり妹は良い。妹は最高だ。そして妹と一つになれた俺の気分も最高だっ!」
 神よ。どうして私にはこんな弟しかいなかったのだ。
 本物の妹がいたら、弟もここまで暴走しなかっただろうに。
 人生の儚さと、さらに遠ざかったであろう婚期に、私の涙は留まる事を知らなかった。
                                                         <缶>




BACK−猟奇的な妹者◆NCqjSepyTo  |  indexへ  |  NEXT−夏とお茶と洗濯機◆0YQuWhnkDM