【 夏とお茶と洗濯機 】
◆0YQuWhnkDM





22 名前:No.06 夏とお茶と洗濯機 1/4 ◇0YQuWhnkDM[] 投稿日:07/06/23(土) 19:20:50 ID:nTui5tB3
「お姉ちゃんおなかすいた」
「……何で私に言うの」
「今日お母さん友達と飲んでくるって。お兄ちゃんに頼むのやだ」
「まあ兄さんに頼まない方がいいのは同意だけど。あんた自分で作ろうとするくらい」
「私作れないもん、作って」
 マリは当然のような顔をしている。調理実習くらいやったでしょうが! もう十七だろ!
「ナツキ、俺の分も」
「アンタもかッ兄さん」
「まあまあいいじゃん。いや持つべきは料理の出来る妹」
 不運にも年の近い兄妹に挟まれた私は、どうも虐げられているんでないかと最近思う。

 妹って、譲るもの? おかしい、マリは譲らない。
 わがままを言っても許されるもの? おかしい、私はわがままを聞いてもらったことがない!
 妹の立場でも譲り、なのに自分の妹にも譲り……どうよ?おかしいよね?
 そりゃあ二人のことは好きだし、兄妹仲はいいと思う。
 でも、すっきりしない。すっきりしない、気分。不満。そうだ不満だ。このままじゃいかん。
 家庭内での地位向上をはからなければ!

「私は現在の自分の立場について異義を申し立てーるっ!」
「……どうした」
 まずは居間でのんびりテレビを見ていた兄から攻めてみることにした。
 びしりと指を突き付けて不満を並べ立てその後「丁度よかった、お茶くれる?」
「あ、うん。緑茶? 紅茶? 冷たいの?じゃないわぁー!」
「……どうした?」
 ついいつもの調子で甲斐甲斐しくお茶を淹れてしまうところだったじゃないか! まったくこの人油断ならない。
「そうやって人を便利に使うのはどうかと思います! 私は家政婦じゃないんだっ」
 どうだ言ってやった!と見ると、兄がなんともいえない微妙な顔をしてこちらを見ていた。
 うーん、言い方がきつかったかな? いや、でも今日は退かない……ぞ。
「お前がそんな風に考えてたなんて……兄は悲しい」


23 名前:No.06 夏とお茶と洗濯機 2/4 ◇0YQuWhnkDM[] 投稿日:07/06/23(土) 19:21:16 ID:nTui5tB3
 急に神妙な顔をした兄に面喰うと、ますます調子を上げて切々と語りかけて来る。
「ナツキが淹れてくれるお茶だから旨いんだよ! 家にいる時しか飲めないんだぞ? 貴重だろ?」
 そこまで言われるとこちらとしても悪い気分もしないし、なんとなく何も言えなくなってしまう。
 結局とっておきの茶葉でお茶を淹れてあげて、
「俺はいい妹を持った!」
 なんて礼を言われて上機嫌になり、しばらくして……うまいことやりこめられたことに気付く。
 私が褒められたりおだてられたりすることに弱いと熟知した上でのこの行動。
 ううっ、技の長男。

「お姉ちゃん」
「おっとぉ! 聞かない! 聞かないからねー!」
 せめてマリからいつも投げかけられる理不尽な要求くらいは避けたい! 今度こそは……。
 馬鹿みたいに見えるとは知りつつ耳を塞いでその場を逃げ出す。
 まあ狭い家だから逃げても意味はないんだけど、大事なのは気合と意思表示だ。多分。
「ねえ、洗濯機壊した」
 そんなことを考えててもさっさと追い掛けてきてなんて爆弾を落とすんだこの妹はァ!
 一瞬で思考があちこちへ飛んで、パニックになりかける。
「……壊れた、じゃなくて?」
 つとめて冷静にしようと、事態を聞くより先に核心から遠いところを訊いてみる。
「うん、壊した。ごめん」
 素直と言えば聞こえはいいけどあんた余りにも平然と……。
「もー! あんたは……うもー!!」
 だめだ、冷静で居られるかこれが! 洗濯機!
 たまらず駆け出すと洗面所へ向う。近付くにつれて不吉な震動音が耳を震わせ、身体もその恐ろしい予感に震わせ、
「あ! お姉ちゃ」
 マリには珍しく焦った声だなと思った次の瞬間、白い泡を吐き出す洗濯機を映した視界が回転し。
 痛い! と思う前に何もわからなくなった。

 やっぱりこういう役回りなんだなあ。
 マリは「真理」。いつも自分にとってのそれを追求していって欲しいと。

24 名前:No.06 夏とお茶と洗濯機 3/4 ◇0YQuWhnkDM[] 投稿日:07/06/23(土) 19:21:33 ID:nTui5tB3
 兄さんは「智」……サトル。叡智を身につけ、人生のうちに己に出来ることを悟れと。
 ナツキ。夏にうまれたから、夏喜。この酷い落差。二人目で気が緩むにも程がある。
 顔だって、ふたりは割ときれいな母親似なのに私は濃い父親似。
 髪も。パーマもブリーチもなかなか出来ない真っ黒な剛毛がコンプレックスの私。
 ふたりはさらさらした猫っ毛できれいな栗色の……身体的特徴は虚しくなるからやめよう。
 性格も……マイペースなふたりに振り回されるお調子者で世話焼きの私。
 私がやらなかったらきっと誰かがやるだろうし、それで何の問題もないんだ。
 でもやっぱりたまには「ごめんね」とか「ありがとう」って……「大変だね」って言って欲しい。だって頑張ってるんだもの。
 泣きたくなってきた。なんでか周りは真っ暗だし、気分も鬱々とするわ。
 なんて思った側から泣き声が聞こえるんだ。いや、泣きたいのはこっちだってば。知らないよ。
 ……浸らせろってば。どうしていつまでたってもグスグスいってるのさ。
 性分は仕方がない。いつの間にか私は泣き声の主を捜していた。だって気になるじゃない。
 それに、誰が泣いてるか私は知ってるはず。
 ああ、ほら。小さいマリが見える。あの日とおなじ。
「何泣いてるの」
 ……ん? あの日?
「お、おにいちゃ、が、ねえちゃのこと、おねえちゃ、じゃないて」
 ん?
「ばかまり。まりがお姉ちゃんって思うならお姉ちゃんだよ」
 ……んん?
「ほんと? おとうさ、みた、にどっか、いったりしない?」
「するわけないでしょ! 家族になったんだからずっと姉ちゃんは姉ちゃんだよ!」
 …………あ、忘れてた。

「お姉ちゃあああん」
 ぱっと意識がクリアになる。後頭部がずきずき痛い。
 天井と酷い顔をしたマリが見える。あんたなんて顔を……折角の美人が。
「はいはい、どこにもいかないから」
 まだ夢と現実が混乱していて、思わず小さいマリにしたように頭を撫でた。
 マリは言葉もなく私の手を握って本格的に泣きはじめた。そうだ、こうなると止まらないんだった。泣き虫まり。

25 名前:No.06 夏とお茶と洗濯機 4/4 ◇0YQuWhnkDM[] 投稿日:07/06/23(土) 19:21:50 ID:nTui5tB3
 駄目だ、可愛い。どんなわがままを言われても最後には甘やかしてしまう。結局私の負けだ。
「今度から洗濯機使う前に母さんか私に使い方聞きにおいで」
 うん、力押し……もとい、力の二女。

 その内にマリは泣き疲れて私の隣で寝てしまった。起きようとしても手ががっちり掴まえられていてどうにも。
「お、気がついたか。マリが心配して大変だったぞ。もうちょっと寝とけ」
 洗濯機の後片付けをしないと、と思いつつ動けないでいると兄が和室に入ってきた。
「片付けしといた。粉洗剤を液体の投入口に入れた挙句パニックになって洗剤ぶちまけたみたいだ。もう泡だらけ」
 まさか片付けを兄が。驚くと同時に、ポーカーフェイスのまま洗剤の箱を逆さまにするマリが浮かんで吹出した。
「ねえ兄さん、昔マリに私のことお姉ちゃんじゃないって言ったことあるでしょ? なんで?」
「……なんだ、思い出したのか。まああの時は俺も子供だった」
 事も無げに言うと、兄はマリの逆側に座る。
「しかしお前俺を散々なじった挙句、このことはなかったことにしてあげる! って言って、本当に忘れてたよな」
 そんなこともあったっけ。都合のいいつくりの自分の脳味噌に感心する。
「お前が来るまで、俺たちほとんど遊んだりしなかったんだよ。六つ離れてるだろ?どう接したらいいかわからなかった。
 俺たちが今仲良く出来てるのはお前のおかげなんだよ、ナツキ。お前は……」
 突然のことにどぎまぎしている私を見ると、一旦言葉を切った兄が照れくさそうに笑う。
「夏の日に家にもたらされた、まさに喜びってこと」
 似ていないのは当然。余りに家族でいることが自然だから、母も優しくて大好きだから、いつの間にか忘れていた。忘れたかった。
 涙が出てきた。違うよ、兄さんの言葉に感動したとかじゃなくて、だから撫でられると照れるって!
「うう、あのさ、なんであんなこと言ったか聞いてないんだけど」
 お姉ちゃんじゃないなんて。今の話からすると、想像がつかないんだけど。
「バカお前」
 ……なんでそこで赤くなるのかな。
「未来の嫁を妹として見られる男がいるか」
「やった、お兄ちゃんでかした。これで本当にずっとお姉ちゃんだ」
 あんたいつから起きてたの!? じゃなくて、じゃなくて、ちょっと待てぇえー!!
 相変らず私はマイペースな兄妹に振り回され続けるようだ。嫌じゃない、ここが私の居場所。
 ……だけどちょっと考える時間を! 時間をちょうだいいいい!!




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