【 最初に言っておく、私に妹はいない 】
◆DppZDahiPc




10 名前:No.03 最初に言っておく、私に妹はいない 1/4 ◇DppZDahiPc[] 投稿日:07/06/23(土) 11:44:40 ID:nTui5tB3
 私には兄弟がいる。
 名前は相川昴。
 母さんの好きな歌から取ってつけたという名前、当然私の名前もその歌詞から取ってつけられた。
 相川銀河。
 正直、女の子の名前ではないと思う。
 だがこの名前に、引っ込み思案な私は多少助けてもらっている。
 引っ込み思案。内気。気弱。根暗。
 それがおおよそのクラスメイトたちが私へ抱いているイメージで、私自身の評価もそうだ。
 人に話しかけることが得意ではない私だが、それでもクラスメイトたちに名前を覚えてもらっているのは一重に名前のおかげ。
 高校に入ってから友達になった剣崎つばめの言い方で言えばこうだ。
『覚えたくないのに、見た目とのギャップで一発で覚えてしまう名前』
 なんかイマイチ喜べない言い方であるが、納得はできる。私だって、銀河が女の子の名前だとは思えない。
 だから中学生の頃までは名前は覚えられてるけど、地味な生徒というポジションに居た。
 だが、私服オーケーの高校に入学して以来、私は違う意味で名前を知られるようになった。
「おっ、相川じゃん」
 廊下ですれ違った見覚えのない上級生が、私に声をかけてきて。
「なんだよ、パッド入れてるのかよ。ハハハ、ばっかでー」
 いきなり胸を揉んできた。
 私は悲鳴を上げる前に、またか……と思った。
「はは、柔らけー、最近のパッドは高性能だな」
「……あの、私銀河です。相川昴じゃなくて、相川銀河」
「ブラジャーまで付けてるなんて――へ?」
「あの、手を離していただけないでしょうか?」
 私がそういうと上級生は慌てて手を離し、必死に弁解してきた。
 この人に非はない。私はなかったことにしますといって彼を赦すと、昴の待つ屋上まで向かった。
 私が人から名前を覚えられている理由、それは……
 昴が女装癖を持っているから。

11 名前:No.03 最初に言っておく、私に妹はいない 2/4 ◇DppZDahiPc[] 投稿日:07/06/23(土) 11:44:57 ID:nTui5tB3
 何故、昴が女装するようになったのか、私は知らないし知りたくもなかったが。
 昴の同級生の人たちに訊かされた話によると、
『小学校のころ、京都に修学旅行に行ったときに目覚めちまったみたいなんだよなぁ。ほら、舞妓さんのコスプレしてたろ』
 ということらしい。
 中学生の間は、友達の前で女物を着るものの、私たち家族の前では一度もしなかった。
 私たち家族が知ったのは、昴が私服オーケーの私立高校へ進学すると決め、入学した後だった。
 高校の入学式に昴はセーラー服を着て行った。
 それが実によく似合っていた。
 持ってけセーラー服と言いたくなるくらい似合っていた。
 けれど、やはり両親は昴のその行為に激怒し、一晩中に渡る激論の末。
 両親が折れた。
『だってあの子、女もののパンツ穿いてたのよ』
 筋金入りの変態を前にしては、両親の愛という奴も通じないらしい。
 同性愛に目覚めたわけでなく、単純に趣味としての女装ならば認める――そういった感じだろう。
 うちの両親はおおらか過ぎるように思える。
 私はその夜、昴に呼びつけられ説明された。
『僕はべつに女の子になりたかったとか、そういうことじゃなく、単純にファッションとして女物を着ているだけなんだ』
 私はスカートをめくって昴が本当に女ものを穿いてるか確認した、前面に描かれたクマが立体的だったことだけは覚えている。
 筋金入りの女装趣味男子である昴は私服校ということを生かして、毎日のように洋服を取り替えた。
 昴が、女の私より洋服を持っていることが多少ショックだった。
 それに高校に入学した頃気づいた、女装した昴が、私にそっくりだということ。
 だから先程のように、見知らぬ人々から話しかけられることは結構ある。
 中には先程の人のように、胸やお尻、体育会系の人になると……訴えれるような場所まで触られることもあった。
 だが、それでも不思議とその人たちへの怒りは沸かなかった。
 それは当然だ。
 私がこんな目に遭うのは昴の女装癖のせいなのだから。
 私は屋上に着くと、のんびり寝転がっていた昴の腹に、ペットボトルを投げつけた。
「うぎゃっ!」
 妙な声をあげた昴に、私は多少気が晴れ、昴の隣に座った。

12 名前:No.03 最初に言っておく、私に妹はいない 3/4 ◇DppZDahiPc[] 投稿日:07/06/23(土) 11:45:14 ID:nTui5tB3
「また胸触られた」
 私がそういったら。昴はくすくす笑って妙なこと言った。
「だって銀河は素敵だから」
「……なにそれ? 私は昴と勘違いされて胸揉まれたのよ」
「うん、だからそれは銀河が魅力的だからだよ。美人だし、髪綺麗だし、おっぱい大きいし。
僕が好きなグラビアアイドルよりも大きいよ。あ、そうだ一回見せ――」
 昴の口に買ってきたコッペパンを突っ込んで黙らせた。
 昴の顔/私の顔で卑猥なトークをされるのはごめんだ。
 少しの間、昴はもきゅもきゅとコッペパンを食べ、オレンジジュースをごくごく飲んだ。
 私はその横でおにぎりと緑茶を口に運んだ。
 学校に来てまで家族で一緒にご飯を食べているのは、私と昴くらいのものだろう。
 いつもなら私のクラスメイトであるつばめや、白石虎子もいるのだが、二人ともはしかにかかって休んでいる。
「でもね」
 コッペパンを食べ終わると、どこか遠い目をして昴が言った。
「銀河は素敵な女の子だと思うよ」
「またそんなこと言って」
 昴は苦笑する私に構わず、話を続けた。
「だって、僕は銀河に憧れて、銀河みたいに綺麗になりたくて。だから銀河と同じ姿をしてみることにしたんだ」
 昴の言葉に、私は困った。
 冗談か、本気か読めなかったから。
 昴の目が私を捉える。
 黒目がちな大きな瞳、長い睫、形のいい唇には口紅が塗られている。
「ねえ、銀河はキスしたことある?」
「……な、なんでそんなこと」
 昴はふっと笑うと、私の髪に触れ、唇に触れた。
「だと思った、だって唇が無防備すぎるもん。……そうだ」
 昴は枕代わりにしていたポーチから、口紅を取り出すと、微笑んだ。
「動かないでね」
「え、ちょ……」
 これって間接キス……なんて、言う暇もなかった。

13 名前:No.03 最初に言っておく、私に妹はいない 4/4 ◇DppZDahiPc[] 投稿日:07/06/23(土) 11:45:31 ID:nTui5tB3
 昴は慣れた手つきで私の唇に紅を引くと、手鏡を差し出した。
 それを覗き込むと、より昴に似た私が映っていた。
「銀河は女の子なんだから、ちゃんとお化粧くらいしないと。折角可愛いのにもったいないよ」
 ……でも、昴とは違う。
 私の睫は昴ほど長くないし、髪の毛だってちゃんと手入れしてないからぼさぼさだ。
 私は昴とは違う。
 ……そう考えると、泣きたくなった。
「銀河」
 昴の手が、まるで私の考えを理解しているように私の頭を撫でた。
「銀河は僕のこと、綺麗だって思う?」
「……うん」
 昴はにっこり笑うと、嬉しそうに頬を掻いた。
「ならさ、お化粧のお勉強しよう。お洋服の選び方とかも」
「……そうしたら、私も昴みたいになれるかな」
「なれるよ。だって銀河は僕が……好きになっちゃうくらい、綺麗なんだし」
 そういって昴は私の肩を掴むと――

 ――紅を重ねた。
 混乱する私を前に、昴は呟くように言った。
「思わず、こうしたくなるくらい、魅力的だ」
 私は昴のその途切れ途切れの言葉に、少しだけ困惑の雲を拭ってもらえたような気がした。
 私は私そっくりな僕のおでこにおでこをこつんと重ね。
「じゃあ、教えてもらおうかな『お姉ちゃん』」
 たっぷりの皮肉を込めてそう呼んだ。







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