【 ハイライト 】
◆ZOAkRlRj7s




6 名前:No.02 ハイライト 1/4 ◇ZOAkRlRj7s[] 投稿日:07/06/23(土) 11:43:14 ID:nTui5tB3
 きっとアイツは僕に心を開く事は無いだろうし、僕もまたアイツに心を開いたりしないだろう。

そんな事を、本気で考えていた時期があった。
それは、アイツと兄妹になってから4年と半年の間、つまり、僕が高校生としての最後の夏休みを迎えていた頃だ。
こんな表現をすると、僕らの間には喧嘩が絶えなかった、という風にも聞こえるかもしれない。
でも、決してそうではなかった。むしろ、僕らはお互いに、常に笑顔で向き合っていた。

        …少し、言い換える必要がある。

僕らはきっと、笑顔でしか向き合えなかったのだ。
笑顔でさえいれば、余計な揉め事も起きないだろう。
それに、表向きは仲良く見えるのだから、親に心配を掛けさせる必要も無い。
そういった認識を僕らは共有していた。
それで、お互いに決して 踏 み 込 ま な い、という暗黙のルールが出来上がった。
その甲斐があって、両親が僕らの仲について何一つ心配していなかっただろうし、また僕らの周りの人間も皆そうだったと思う。
少なくとも、僕らの関係について何か口を挟まれた事は無かった。
つまり、僕らの関係の異常さに気付いていたのは、僕ら自身だけだった、ということだ。

でもいつかは。
いつかは、お互いの壁を壊さなくてはならない。
そういう考えもまた、僕らは共通の認識として、持っていた。
今は楽でも、この演技が演技である事が露呈する日が、きっとやってくる。
そうなれば、両親は、僕らが余りに大きな問題を抱えていることに、気付いてしまう。
最悪、僕らを思って、なんてことを言って離(わか)れるかもしれない。
そうなれば、一番つらいのは僕らだ。
親の再婚で、すでに心に負担を抱えている僕は、これ以上傷つけられたくはない。

だから、僕達は理解しあっている振りだけではなく、本当に理解しあう必要があった。


7 名前:No.02 ハイライト 2/4 ◇ZOAkRlRj7s[] 投稿日:07/06/23(土) 11:43:31 ID:nTui5tB3
暑い。
こんなに暑いのに、宿題をちゃんと休みの内に終わらせる連中は、自分の部屋にクーラーを持つような、ブルジョアどもに違いない。
ああ、いやだいやだ。何もかも、嫌になるや。こういうジメジメした暑さは、嫌なことまで、思いかえさせやがる。
        −そうだ、もう、4年以上、たってしまったな……
俺には妹がいる。いや、出来た、と言うべきか。義理の母親と父親の間の子だ。
この父親が、息子の俺から見てもどうしようもない奴で、俺が三歳の頃、浮気相手に子供を身篭らせた。
それが、ずっと後になって俺の実母にバレてしまい、元々家庭内別居状態だった俺の両親は、俺が中学に上がる直前に離婚した。
親権は、経済的理由から父親が持つことになり、母親とは、離婚のあとから一度も会っていない。
父親はしばらく独り身だったけど、突然、例の浮気相手と結婚した。
今のところは、夫婦はすこぶる仲が良いようだ。あくまで勘だけど、また浮気でもしそうな気がする。
まあ、夫婦はどうでもいい。問題は隣の部屋にいる、腹違いの妹だ。
俺達はお互いに、何かを打ち明けたり、自分の事を積極的に話そうとしたことが一切無い。
生理的に、本能的に。俺達は拒否しあっている。
きっと、ぼくらは同じケガをしているから、相手のケガを見て、自分のその酷さまで知ってしまうのが怖いのだ。
でも、それをそのまま態度に示せば、よく分からないけど、良くない気がした。
だから、普通に仲のよい兄妹を、俺達は演じきってきた。
しかし、段々不安が積もってきた。演技である事がバレたら、一体どうなってしまうのか。
お互い拒絶し合っているなんてあの夫婦が知れば、今のところ平和な日常が、また壊れるかもしれない。それが、怖い。
だから、早い内にアイツを受け入れられるようにしておくべきだったのに、ズルズルここまできてしまった。
そうやって得たものは、自分達の演技力に対する自信だけだ。解決したものは一つも無い。
仰いでいた下敷きを、ちゃぶ台の上のノートに戻す。
どうせ、受験勉強も宿題もやる気が起きないのだ。チャレンジだけでも、する価値はあるんじゃないか。

アイツの部屋のドアを叩く。返事が無い。
迷った。1分ほど、立ち尽くす。それから、もう一度ノック。やはり、返事は無い。…どうしたものか。
…ここで帰れば、次にチャレンジする気になるのは…あったとしても、ずっと先になりそうな気がする。
俺はドアを、開けることにした。



8 名前:No.02 ハイライト 3/4 ◇ZOAkRlRj7s[] 投稿日:07/06/23(土) 11:43:49 ID:nTui5tB3
ドアノブを握る。ステンレスのカツンとした硬さと、それに矛盾さえ感じるような生ぬるさが、俺の心を混乱させる。
一度強く目を瞑って、一気にドアを引き開ける。
「「あっ………」」
アイツが目の前に立っていた。その右手は、ちょうどドアノブがあった位置に、不安定に浮いている。
しばらくお互いに下をむいて、黙りこくった。
表情に出していなくても、ズレた気まずさなら、今までに幾度も遭遇したが。こんなに純粋に気まずい雰囲気は、こいつとは、初めてだ。
「…入って」
笑顔を全く見せず、彼女が言う。
俺は一瞬いつもみたいなヘラヘラした顔になりかけたが、演技をする必要を無くすため、ここに来た事を思い出し、ため息をついて、部屋に入る。
そういえば一度もこいつの部屋なんて見たことは無かったし、人前以外で二人だけで話す事はめったに無かったから、どうして良いか分からない。
そしてそれは、コイツも同じだと思う。
俺は勇気を振り絞り、ポケットに手を突っ込んだ。
そして、秘密、を取り出す。
「おにいちゃん、これ…」
「うん、タバコだよ」
「どうして、こんなもの、私に見せるの?」
「こんなものしか、俺には無いから、君に見せなきゃいけない物は」
言いたい事がきれいに口から出ない。うまく伝わっただろうか
「………」
アイツはスクールバッグをあさる。いつもアイツが学校に持っていくものだ。
そして、余りに予想外な物を俺に差し出した。
「私も、ハイライト」
「…意外だな。いつから吸ってるの?」
「最近になってね。これくらい強いと、吸った後、もうどうにでもなれって、思えるもの。それと、意外なのはお兄ちゃんもなんだけど」
「まあ、不良の間逆みたいな人間に見えるだろうしね」
「病んでるわね、お兄ちゃんも、私も」
「初めて演技じゃない微笑みを俺に見せたな。」

「あら、おにいちゃんだって笑ってるじゃない」

9 名前:No.02 ハイライト 4/4 ◇ZOAkRlRj7s[] 投稿日:07/06/23(土) 11:44:04 ID:nTui5tB3
それから僕達は、自転車で川沿いの公園に行った。別に人が来ないような所ならどこでもよかったのだが。
全速力で走ったから、15分くらいで着いたと思う。
そこのベンチに腰を掛け、遠目から見れば喧嘩に見えるくらい激しく物を言い合い、ハイライトを何本も吸った。
話し始めてから二時間くらいして、日が完全に暮れた。

帰る直前、アイツと僕は、キスをした。

ほのかに、ハイライト独特の、ラム酒の香りがする。そんなキスだった。
恋愛感情を持ち合ったからじゃない。
傷を癒しあう上での、一つの手段だった。
それでも、あのキスは、他のどの女としたキスよりも、強く頭に残っている。

あれからもう10年経った。いま、アイツには子供が1人と、教師をやってる夫がいる。
アイツは知らないうちに、タバコは吸わなくなっていた。
父は意外なことに、まだ義母と仲良くやっている。
母さんにはやっぱりまだ会ってない。
僕は、商社で働いてる。いまだ独身。
ハイライトはまだ、辞められない。

                            完




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