2 名前:No.01 今も思っている 1/4 ◇SoZw6RpjQs[] 投稿日:07/06/23(土) 11:41:33 ID:nTui5tB3
妹が欲しい。
ずっとそう思ってた。
まだ小学生になる前に一度母さんに頼んだ事がある。
「ボク、妹がほしい」
そう言った俺に母さんは優しく微笑んだのを覚えてる。
それから半年後、母さんはその時と同じ優しい微笑みで俺に言った。
「リュウくん、ずっと欲しいって言ってた妹、もうすぐ生まれるよ。
リュウくん、もうすぐお兄ちゃんになるのよ」
それからというもの、俺は毎日母さんに「いつ生まれるの?」と聞いて困らせてた。
思えば幸せな日々だった、俺は毎日生まれてくる妹に会うのが楽しみで、早くお兄ち
ゃんになりたくて、妹が生まれてくるその日が待ち遠しくて仕方なかった。
毎日毎日、生まれてくる妹を想像してクレヨンで絵を描き、生まれてくる妹の名前を
考えて父さん一緒にとあーでもない、こーでもないと頭をひねり、母さんのお腹の中に
居る妹に話しかけながらその日が待ち遠しかった。
そうして、母さんに「いつ生まれるの? いつ生まれるの?」と聞きながら妹と初め
て会える日が近づき、そしてやってきた。
運命の日が。
3 名前:No.01 今も思っている 2/4 ◇SoZw6RpjQs[] 投稿日:07/06/23(土) 11:42:07 ID:nTui5tB3
忘れもしない八月の三日。
セミの鳴き声がうるさかったのをよく覚えている。
病院の廊下でイスに腰掛けて、俺は父さんと二人で生まれてくる妹を待った。
弱めの冷房が入った病院の廊下、落ち着きなくハンカチで汗を拭う父さん。
幼かった俺はてっきり父さんは暑いから汗をかいているとばかり思っていた。
「おとうさん、もうすぐさやかが生まれてくるんだね」
さやか、俺と父さんが二人で一生懸命考えて決めた妹の名前。
「そうだな……」
隣に座った俺の手を父さんが痛いほど強く、ギュッと握る。
ふと覗き込んだ父さんの横顔は俺のために無理やり作った笑みだった。
それから何時間経ったのだろう?
幼い俺には待ってる時間が長すぎて、いつの間にか眠っていた。
あんなにうるさかったセミの声は聞こえなくなっていて、寝てる間に夜になっていた
ことに気がついた。
「リュウタ、起きたかい?」
隣に居た父さんが俺が起きたことに気付いて優しい声をかける、寂しそうな顔で……
「うん」
俺は眠い目をこすりながら起き上がると大切な事を思い出した。
「そうだ! さやかは? 生まれたの?」
俺の弾んだ声に父さんは顔を伏せ、イスから立ち上がった。
「おとう……さん?」
「リュウタ、お母さんのところに行こうか」
俺は不思議に思いつつも父さんに手を引かれて母さんの病室へ行った。
その間一回も父さんは俺の方を見なかった、顔を見られるのを恐れるように。
4 名前:No.01 今も思っている 3/4 ◇SoZw6RpjQs[] 投稿日:07/06/23(土) 11:42:24 ID:nTui5tB3
病室には母さんが一人きりで待っていた、医者の先生も、看護士さんも、そして、さ
やかも居なかった。
ベッドに一人きりの母さん、その頬は真っ赤に腫れていた。
「おかあさん?」
幼いながらに「泣いてるの?」とは聞けなかった。
母さんは何も言わずに俺を抱きしめた。
震えてた、母さんは震えていた。
父さんも拳を握り締めて震えていた。
二人とも泣いているんだ、どうして泣いているんだろう、何が悲しいんだろう、さや
かが生まれて二人とも嬉しいはずなのに、何でそんなに悲しそうに泣いているんだろう。
俺は何も理解できなかった、幼すぎて何が起こっているのか、その空気の意味を。
長い長い静寂の後、やがて母さんが搾り出すような涙声で俺につぶやいた。
「ごめんね、リュウくん」
どうして謝るの? そんな簡単な言葉も出せずに俺はポカンとしていた。
「ごめんね、さやかに……会わせてあげられなくて、ごめんね」
ああ、そうなのか、さやかには会えないんだ。
それから俺は泣いた、どれだけ泣いてもなくならない涙、それを全部出し切るように
泣いた。
産声をあげることできなかったさやかの分まで……
5 名前:No.01 今も思っている 4/4 ◇SoZw6RpjQs[] 投稿日:07/06/23(土) 11:42:40 ID:nTui5tB3
それからもずっと妹は欲しかった。
ずっとさやかに会いたかった。
でも、もう母さんには二度と「妹が欲しい」とは言わなかった、いや、言えなかった。
街で幼い兄妹を見るたびに、幼かった自分と会う事ができなかった妹を重ね合わせて
しまう。
妹が欲しい。
ずっとそう思ってた。
今も思っている。
会うことが出来なかった妹の事を。
今も思っている。
さやかに会いたいと。
終