【 ブラック・ヒストリー 】
◆tGCLvTU/yA




57 :No.56 ブラック・ヒストリー ◇tGCLvTU/yA:07/06/17 23:09:53 ID:s3iEwa6p
 絶対魔術黙示録。
 ジャピニカ自由帳という太字を思いっきりマジックで塗りつぶした後に、その七文字は威風堂々とカラフルな光を放っていた。
 おかしい。姉さんの机から持っていくべきものはつい先日行方不明になった爪切りだったはずだ。だけどそれ以上の物手に入れ
ちゃいました、みたいな笑顔で自室に戻ってきている俺は傍から見たら気持ち悪くてしょうがないだろう。
「絶対魔術黙示録、か……一体どんな内容なんだ」
 いや、もう何もかもがおかしい。笑いを必死に堪えてわけのわからないことを呟いている俺も、本人ですら開くことが億劫な暗
黒時代を綴ったであろうノートが、あの非の打ち所のない姉さんの机から見つかったことも。
 とにかくだ。ここまできたらもう俺はこの黙示録の秘密に迫るしかない。こほんと咳払いを一つ、そして一ページ目に手をつけた。
 まず目に付いたのは破壊の呪文・エンドオブワールド。宇宙の法則を乱し、あらゆる生態系を崩壊させて、世界を終焉へと導く。
 我、望むのは世界の終焉。大地も宇宙すらも越えて発現せよ――崩壊の惨劇!(詠唱)
 思わずノートを破いてしまいたい衝動に駆られた。これはない。宇宙の法則ってどこの暗黒魔王だ。
 そして何よりもこの詠唱がありえない。(詠唱)が特にありえない。一番崩壊してるのは日本語なのもありえない。
 だが、確かに惨劇は起きている。エンドオブワールドの前に俺がエンドオブストマックを引き起こしそうだ。深呼吸を置いて、二ページ目。
 次に載っていたのは再生の呪文・ヒーリング・オブ・ジ・アース。破壊の呪文と対になる全てを再生させる呪文。全てを癒す。
 我、望むのは世界の再生。優しい風に祈りを込めて、逞しい大地に思いを馳せて、吹き返せ――生命の息吹!(詠唱)
 生命の息吹かどうかわからないが、この詠唱のおかげで確かに俺は色々と噴出した。思いでもなんでも勝手に馳せろよ。
 再生どころか、俺にとってはエンドオブアース以上の破壊力をこの呪文は持っていた。まずい、本当にヒーリング・オブ・ジ・ストマック
を使わないと、俺の腹筋が終焉へと導かれそうだ。
 結論から言うと、この絶対魔術黙示録はあらゆる意味で危険すぎる。特に俺の腹筋はその被害をモロに受けていた。そしてこのノートが
姉さんに見つかってしまった日には二次災害は免れない。さっさと秘密裏に処分を――
「あら、大樹。懐かしい物読んでますね」
 破壊呪文よりも再生呪文よりも恐ろしい呪文が、ドアの向こうから聞こえてきた。
 ギギギ、とまるで壊れかけた人形みたいにぎこちない動作で首を九十度曲げて、声の主を見やる。黙示録の著者が、そこにはいた。
 だが、焦る必要はない。切り札はこちらにあるのだ。この恥ずかしい記憶をネタにいくらでも強請れば――
「うふふ、本当に懐かしい。大樹に貸したノートがこんなになって返ってきた時はびっくりしましたよ?」
 強請って――あれ? 貸したノート? じゃあこの姉貴のノートの割には汚い文字だと思ってたのは気のせいじゃなかった?
「でも、今のお仕事に反映されてるんでしょうね。大樹は今でもこういうファンタジー小説みたいなものを書いてるのかしら?」
 俺が書いてるのは時代劇小説で、剣でざくざく斬りあったとしても、絶対にこんな呪文の出る作品は書いた記憶はない。
「あれ? 大樹、顔が真っ赤ですよ?」
 ページをパラパラと捲って一通り呪文一覧を見て、息を吐く。幼い頃の俺よ、どうせなら全部忘れる呪文も用意しといてくれ。



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